01 蒼星覚醒式
朝日が皇都アルザードの金色の尖塔を照らし始める頃、俺は目を覚ました。今日は俺の十四歳の誕生日。それは同時に、「蒼星覚醒式」の日でもあった。
「蒼星覚醒式」とは、全ての皇族が十四歳を迎えた際に行う儀式で、その目的は、各自が秘めたる能力を覚醒させることだ。
「アキト様、お目覚めですか?」
寝室のドアをノックする音と共に、長年俺に仕えてきた執事のセバスチャンの声が聞こえた。
「ああ、起きてる」
俺は窓に向かって歩き、カーテンを開けた。王宮の庭園が見渡せる。赤や白のバラが咲き誇り、その向こうには王都の美しい景色が広がっている。
窓辺に立ち、深呼吸をした。小さな頃、この窓から父上と庭を眺めたことを思い出す。
「アキト、見てごらん。あの庭のすべては、いつか我々の守るべき国の象徴なのだよ」
父上は俺を肩に乗せ、国の歴史を語ってくれた。あの頃の父上の声は温かく、誇り高かった。俺はいつも、あの声に認められたいと思っていた。
「アキト様、今日の準備は整っております。特別な日ですから」
セバスチャンの言葉に戻されて、俺は小さく頷いた。そう、今日は特別な日だ。これまで俺は、才能に恵まれた兄たちの影で生きてきた。第一王子レイヴンは武芸に秀で、第二王子ジュリアスは政治的才覚に長けている。彼らと比べれば、俺はいつも「普通」だった。
だが、今日こそ変われるチャンスだ。「蒼星覚醒式」で素晴らしいスキルが目覚めれば、父上も俺を認めてくれるかもしれない。母上も誇りに思ってくれるはずだ。
執事が用意してくれた儀式用の衣装に袖を通しながら、先週のことを思い出した。
—
「アキト、明日の剣術の練習は休みにしよう」
訓練場でレイヴンが突然言ってきた。彼は「聖剣」の使い手として既に名を馳せていた。その彼が、なぜ?
「どうして?お前、いつも俺より熱心じゃないか」
レイヴンは周囲を見回し、声を落とした。「覚醒式の前に少し教えたいことがある。明日、東の塔で待ってる」
翌日、東の塔の一室で、レイヴンは俺に小さな水晶を渡した。
「これは?」
「練習用のスキルオーブだ。儀式本番では緊張するからな。感覚をつかんでおけ」
レイヴンが、俺のために...?信じられなかった。彼はいつも完璧を求め、俺の失敗には厳しかった。だが、そんな彼が俺の覚醒式を気にかけてくれていたなんて。
「...ありがとう」
レイヴンは照れくさそうに肩をすくめた。「当然だ。お前は俺の弟だからな。恥ずかしい真似はさせられない」
その言葉には、彼なりの優しさがあった。
—
そして数日前、ジュリアスが俺の部屋を訪ねてきた時のこと。
「アキト、覚醒式の心構えはできているか?」
彼は政治の天才と言われ、いつも冷静沈着だった。だが、その日の彼は珍しく落ち着きがなかった。
「できてるよ。...たぶんね」
ジュリアスは椅子に座り、珍しく個人的な話をしてきた。
「私の覚醒式の時は、緊張で足が震えていたよ」彼は苦笑した。「お前にアドバイスするとすれば...自分を信じることだ」
「自分を...?」
「そう。スキルはあくまで力の一つに過ぎない。大切なのは、それをどう使うかだ」
彼の言葉は意外だった。王国では、スキルこそが全て。それがジュリアスの信条だと思っていた。
「父上は...俺のスキルに期待しているだろうか」
ジュリアスは少し考え、静かに答えた。「父上は厳しい人だ。だが、お前のことは見ている。それだけは確かだよ」
その言葉に、少しだけ勇気をもらった気がした。
—
さらに昨夜、寝る前に母が訪ねてきた。
「アキト、緊張しているの?」母は優しく俺の髪を撫でた。
「ちょっとね...」
母は柔らかく微笑んだ。「私が十四の時も、怖くて眠れなかったわ」
「母上は、何のスキルだったの?」
「『癒しの手』よ。A-ランクだったの」母は少し照れたように笑った。「それで、あなたのお父様に見初められたのよ」
「俺も...父上に認められるようなスキルが欲しい」正直な気持ちを口にした。
母は俺をしっかりと抱きしめた。「あなたはそのままで十分素晴らしいわ。どんなスキルでも、あなたはあなた。それを忘れないで」
その言葉が温かかった。母だけは、俺の味方でいてくれると思った。
—
「アキト様、陛下がお待ちです」
セバスチャンの声で現在に戻る。深呼吸をして、俺は覚悟を決めた。
「行くぞ」
—
王宮の大広間は、国中から集まった貴族や高官で溢れていた。俺が第三王子として入場すると、形式的な拍手が起こる。
壇上に父王が座っていた。彼の厳格な表情に、幼い頃に肩車してくれた面影を探すことは難しかった。それでも、今日こそ父上に認められたいという思いは強かった。
「第三王子、燐崎アキト殿下の入場です」
俺は父上に一礼し、レイヴンとジュリアスが並ぶ位置へと進んだ。二人とも儀式用の正装に身を包み、凛々しく見えた。
レイヴンは小さく頷き、「緊張するな」と口の形だけで言った。ジュリアスも微かに微笑んだ。
母上は王妃席から優しい目で見守っていた。その視線に少し安心する。
「今日こそお前の価値が決まる日だ」父王が告げた。
その言葉には重みがあった。王国ユニバースでは、スキルがその人の価値を決める。高位のスキルを持つ者は尊敬され、低位のスキルしか持たない者は下層に追いやられる。そして約10%の人間は、スキルを持たない「無能力者」として扱われる。
大広間の中央には、巨大な青い水晶――蒼星オーブが置かれていた。光を放ち、まるで生きているかのように脈動している。
「蒼星覚醒式の由来を、皆に説明せよ」
父王の問いに、俺は落ち着いて答えた。
「はい、父上。蒼星覚醒式は、建国神話に由来します。我が王国ユニバースの初代王、アルザード・ユニバースが星の神から贈られた蒼い星の欠片が、このオーブです。星の神はこのオーブを通じて、人々に『スキル』という神聖なる力を与えました。以来千年、すべての民は十四歳になると、このオーブに触れ、自らのスキルを覚醒させる儀式を行うのです」
父王はわずかに頷いた。これが彼からの最大の賛辞に近いものだった。小さいながらも、その認めの表情に、胸が暖かくなった。
大臣が進み出て、儀式の開始を告げる。最初に、第一王子レイヴンが進み出た。彼は自信に満ちた表情でオーブに手を触れた。
青い光が彼を包み込み、オーブの上に文字が浮かび上がる。
『スキル:聖剣操作』『ランク:S+』
会場からどよめきと拍手が起こった。聖剣操作は王族に伝わる伝説のスキル。しかもS+ランク。王族の中でも数百年に一人の才能だという。
レイヴンは一礼し、俺の方を見た。その表情には誇りと、少しの期待があった。「次はお前だ」と言わんばかりに。
次に第二王子ジュリアスが進み出る。彼もまたオーブに触れると...
『スキル:精神支配』『ランク:A』
再び拍手が沸き起こる。精神支配は政治や外交に極めて有用なスキル。A ランクの能力を持つジュリアスは、将来の宰相としての地位を確実にした。
ジュリアスは俺の方を見て、小さく頷いた。先日の言葉を思い出す。「自分を信じろ」...
そして...俺の番だ。
緊張で足が震える。これまでの人生、俺は兄たちの影で生きてきた。だが、この瞬間は違う。スキルは生まれながらのもの。王族の血を引く俺にも、素晴らしいスキルがあるはずだ。
大広間が静まり返る。すべての目が俺に向けられる。
父上の厳しくも期待の眼差し、レイヴンとジュリアスの見守る視線、そして母上の優しい微笑み。家族全員が見つめる中、俺はゆっくりとオーブに手を伸ばした。
冷たい感触。そして、青い光が俺を包み込む...
一瞬、時間が止まったような感覚。
そして、オーブの上に文字が浮かび上がる。
『スキル:なし』
会場が凍りついた。
「な...何だと?」父王の声が、信じられないという様子で響いた。
『スキル:なし』
文字はそこに、冷酷に、明確に浮かんでいる。
俺は唖然とした。冗談だろう?王族で無スキルなんて...。
「もう一度!」父王が叫んだ。これは前代未聞だった。王族で無スキルの者など、歴史上一人もいなかった。
俺は再びオーブに触れる。同じ青い光、同じ結果。
『スキル:なし』
会場からざわめきが起こり、それはすぐに嘲笑へと変わった。
「王家の恥さらし!」 「血筋が汚れているのか?」 「王族で無スキル?冗談だろう?」
言葉の刃が俺を突き刺す。だが、何よりも痛かったのは、家族の目だった。
父王の目には、かつて見たことのない怒りと失望が浮かんでいた。「俺の子ではない...」彼は低く、だが会場全体に聞こえるような声で言った。「血筋を汚す存在だ...」
その言葉が、心を凍らせた。幼い頃、肩車をしてくれた父。厳しくも、時に優しく微笑んでくれた父。その父が、俺を否定した。
レイヴンを見た。彼は顔を背け、唇を引き結んでいた。先日、練習用のオーブをくれたあの兄は、今、俺を見ようともしない。
ジュリアスも同様だった。「自分を信じろ」と言った兄は、今、冷たい政治家の顔になっていた。
最後に母上を見た。彼女は涙を浮かべていたが...それは悲しみではなく、屈辱の涙に見えた。「あなたはそのままで素晴らしい」と言った母の言葉は、今どこへ?
怒りと悲しみと恥辱が、俺の中で渦を巻いた。理不尽だ。俺は何も悪いことをしていない。ただ生まれただけだ。そして、ただスキルがないだけだ。
父王は立ち上がり、厳粛な声で宣言した。
「燐崎アキト。お前はもはや王子ではない。王家から追放し、辺境の『呪われた迷宮』へ送る。そこで生き延びるか死ぬかは、お前次第だ」
「父上!」俺は叫んだ。心は裏切りの痛みで引き裂かれていた。「なぜですか!私はあなたの息子です!スキルだけが全てなのですか?」
「黙れ!」父王の声が響き渡る。「無スキルの者に王族としての資格はない。それが我が国の掟だ」
兄たちの顔を再び見た。レイヴンは今や露骨な嘲笑を浮かべていた。「練習用のオーブ」など、初めから俺を安心させるための罠だったのか。ジュリアスはまだ目を逸らしていたが、その唇には微かな冷笑が浮かんでいた。
母上は...ついに顔を俺から背けた。彼女の心の中で、俺はもう息子ではなくなったのだ。
王宮の護衛たちが俺に近づき、両腕を掴んだ。
「待って!これは間違いだ!」俺は必死に抵抗した。「父上!母上!俺はあなたたちの子だ!レイヴン、ジュリアス!兄さんたち!」
だが、誰も俺の叫びに応えなかった。家族という絆は、スキルという一点のみで切り捨てられたのだ。
俺は引きずられながら、この国の不条理さに怒りを覚えた。スキルだけで人の価値を決める。家族の絆よりも、血筋よりも、人格よりも。こんな国に未来はあるのか?
護衛たちは俺を王宮の地下牢へと連れていった。「明日の朝、辺境へと送られる」と告げられた。
牢の扉が閉まり、俺は膝をつく。暗闇の中、涙が頬を伝った。
なぜこんなことに...?昨日まで俺を愛してくれていた家族が、今日は俺を捨てる。スキルという一点だけで。
怒り、悲しみ、屈辱...そして、裏切られた痛み。家族への信頼が砕け散る音が、まだ耳に残っていた。
「くそっ...くそっ!」
壁を叩き、叫び、泣いた。だが、そんな俺の声は誰にも届かない。
「信じられない...信じられない!」
レイヴンとの剣術の練習、ジュリアスとの政治学の議論、母との優しい時間...すべては嘘だったのか?すべては、スキルがあることを前提とした、条件付きの愛だったのか?
「許さない...許さない!」怒りが込み上げる。「いつか必ず...必ず戻ってきて、見返してやる!」
時間が経ち、疲れ果てた俺は牢の隅に座り込んだ。明日からどうなるのか。「呪われた迷宮」とは、死の別名を持つ地。そこに送られた者は、二度と戻ってこないという。
深い絶望の中、俺は眠りに落ちた...
—
「...キト...アキト...」
微かな声に、俺は目を覚ました。牢の中はまだ暗く、朝ではない。
「誰だ...?」
応答はなかった。幻聴か?いや、確かに誰かが俺の名を呼んだ。
「アキト...覚醒する時が来た...」
その声は、どこからともなく聞こえてくる。俺は立ち上がり、周囲を見回した。
「誰なんだ?姿を見せろ!」
するとそこに、微かな青い光が現れた。それは次第に強くなり、人の形を取り始める。
老人の姿だった。白い長い髭を持ち、青い光に包まれている。体は半透明で、幽霊のようだった。
「お前は...?」
「私はアルザード・ユニバース。この国の初代王だ」
俺は息を飲んだ。アルザード?千年前の伝説の王が、なぜここに?
「冗談はよせ。幽霊なんて信じないぞ」
老人は微笑んだ。「幽霊ではない。私の意識の一部だ。蒼星オーブに封じられていた...お前を待っていた」
「俺を?なぜ?」
「お前は特別な存在だ、アキト。スキルオーブに『なし』と表示されたのは、お前のスキルが通常の方法では測れないからだ」
俺の心臓が高鳴った。「どういう意味だ?」
「お前には、『無限成長』という特殊なスキルがある。そして...『呪われた迷宮』でこそ、その力は真価を発揮する」
「だったら、なぜ黙っていたんだ!」俺は叫んだ。「なぜオーブはそれを示さなかった!家族は俺を捨てた!俺の人生は台無しだ!」
アルザードの表情が悲しみに満ちた。「時が来ていなかったからだ。お前が追放され、迷宮に向かう運命にあったからこそ...」
「運命だと?冗談じゃない!」怒りが込み上げる。「家族に捨てられ、国を追われる...それが運命?俺はただ...ただ...」声が詰まった。「父上に認められたかっただけなのに...」
「アキト、怒りは理解できる。裏切られた痛みも」アルザードの声は優しかった。「だが、これは必要な試練だ。この国は腐敗している。スキルの力に溺れ、本当の強さを忘れてしまった。お前がこの国を正しい道へ導く...それが私の願いだ」
俺はまだ半信半疑だった。「それでも...俺に何ができる?無力な俺が...」
「お前は無力ではない」アルザードは俺に近づいた。「今、お前の真のスキルを覚醒させよう」
青い光が強まり、アルザードの姿が俺の体に溶け込むように近づいた。その瞬間、強烈な痛みが全身を襲った。
「うああああ!」
体の中で何かが目覚める感覚。まるで血が沸騰し、骨が砕け、新たな力が流れ込むよう。
光が消え、痛みが引いた時、俺の頭上に文字が浮かんでいた。
『固有スキル「自動レベルアップ」が発動しました』 『呪われた迷宮の加護を得ました』
「これが...俺のスキル?」
アルザードの声だけが残った。「そうだ。他の者には決して手に入らない特別なスキルだ。呪われた迷宮で、このスキルは真価を発揮する。強くなれ、アキト。そして...戻ってくるのだ」
声が消え、牢は再び静寂に包まれた。
だが、俺の中には新たな火が灯っていた。怒りは消えず、むしろ強まっていた。裏切りの痛みも鮮明だった。だが今、その感情には方向性があった。
「見ていろよ...」俺は拳を握りしめた。「必ず戻ってくる。そして証明してやる...」
俺の頭には、父の失望した顔、レイヴンの嘲笑、ジュリアスの冷淡な目、そして母の背中が焼き付いていた。
「俺はお前たちに必要とされなくても、生きていく...そして、いつか必ず...」
朝日が牢の小窓から差し込み始めた。新たな日の始まり。そして俺の、復讐の物語の始まりでもあった。
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