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これから『そうして続く物語』

 魔王が死んで三年以上も立てば皆、勇者の顔も忘れる。誰も見ていなければなおさらだ。それに人相だって、変わっている。

 俺の家は、勇者の顔を知らない子ども達が怖がる、幽霊屋敷のように呼ばれていた。


 そんな事も、もうどうでもよかった。俺は俺のすべき事を成して、もうしばらく経つ。

 後何年生きればいいのかも分からない。ただ、迷惑をかけずに死にたい。それだけが全てだった。


 それでも、戦争が始まると聞いて、俺は情報を集めてしまっている。

 もうすぐ、やっと死ねるというのに、まさかたった三年で、争いが起こってしまうなんて、想像もしたくない、それこそ、知らずに死にたかった。


 どうやら、戦争は魔族と人類の戦争ではなく、反平和思想の魔族人類軍と、それ以外の戦争となるようだった。

 要は魔王と俺に呪いをかけた魔族の魔術師のような、戦いを望む魔族と、またそれに感化された魔族に属するようになってしまった人間の混合軍らしい。戦いに飢えた傭兵が多いと聞いた。

 王位はルーフに継承され、ミアの教えの元しっかりと魔界との関係は良好に保たれていたと聞いたし、ミアとモーガスが恋仲だという話も聞いた。

 二年は人を変えるにふさわしい時間だ。役職としてだって、レイユさんは司教から大司教になっていた。


 変わらないのは俺と、眼の前にいるフルールだけ。

「戦争、だってさ。血が流れるね」

「悔しい、話だ。魔王があれほど悔しみながら望んだ平和も、俺をするに至った戦いも、水の泡、か」

 フルールは、小さく笑った。

「世の常ってヤツなんじゃないの? でも勇者様はそろそろ死ねるから、気にしなくてもいいんじゃない?」

「どうだろうな、戦争なら元勇者パーティーの皆は駆り出されるだろう。というか、きっと自分から志願する。だから死ぬのはまだ、先かもな」

 どうしたって、争いは起こるのだと、痛感した。

 戦争とはいっても、魔界と人界の戦いという程大規模な物ではない。それでもどうしてか、悲しみが止まらなかった。

「魔王が、最後に言ったんだよ。この世を頼むって。だから、俺はこんなクソみたいな身体でも、出来るだけ伝え続けたつもりだったんだけどな」

「んー……でもさ、私には伝わった」

 フルールとの二年間は俺にとっての確かな癒やしだった気がする。

 丸でおとぎ話を、夢物語を聞かせるような、少しずつ、少しずつ眠りについて行くような、穏やかな時間だった。

「私ね、勇者ルキフを殺しに来たんだ」

 バサッと、フルールが着ていたロングコートから黒い翼が飛び出す。


――それは、紛れもなく魔族のソレだった。


「お父さんの、カタキとしてね」

 本当は最初に出会った時にもう気づいていた。赤い目、金色の髪、そうして魔族と多く相対したなら確実に分かるような、雰囲気。

「私ね、人と魔族のハーフなの。お母さんはさ、人間だったんだよ」

「魔王の子だったとは、流石に驚きだ。だったらさっさと殺すべきだったんじゃないか? 今のその姿なら分かる。俺を殺しても逃げ切れるだろうよ」

 魔王の子フルールは寂しそうに首を横に振った。

「お父さんはさ、お母さんに出会って変わったんだって。人間だって悪いものじゃないって、戦争を始めたのはお父さんのお父さんのお父さんのお父さんの……ずっと前だけれど、お父さんが戦争を止めようって言い出したんだ」

 だからこそ、彼は降伏の姿勢だったのだ。そうして、あれほどまでに死を恐れずにいた理由も、理解した。


「アイツは、天国で奥さんに会えたんだろうか」

「言うなら地獄じゃない? だって沢山の人を殺したんでしょ? 間接的に」

「それでも、それでもきっとアイツは天国にいるよ、魔族だろうとな」

 フルールは、懐から銀色に光るナイフを取り出して、俺の首元に近づけた。

「私はさ、最初はカタキを討とうと思ってたんだ。でも今は、君の為に殺してあげたい。でもこうしちゃ、きっとダメなんだよね」

 そう言って、彼女は少し古ぼけたレイユさんの帽子の裏から、薬包紙を取り出した。

「お優しいこった……」

「んー、きっと、皆優しかったんだと思うよ。レイユおじさんも、ミアねーさんも馬鹿モーガスもさ。この薬を作るの、手伝ってくれてたんだから」

 それは、始めて聞かされた話だった。アイツらは、とっくに俺の事なんて忘れてくれていると思っていたから。

「調合はレイユおじさんで、魔法の気配を消すのはミアねーさん、馬鹿モーガスは材料取り、それで私は届け役。そのついでに、私はずっと魔界の端っ子で隠れてろって言われてたからさ、お父さんの話を聞きたかったんだ」

 要は、全員が優しい人だった。

 誰もが、こんな俺を忘れずに、死を求める俺の為に、尊厳死を戒められているこの国で、俺の殺し方を考えて、実行に移してくれていたのだ。

「最初はさ、やっぱりお父さんのカタキだから憎かったの。でもお父さんが望んだんでしょ? 世を頼むってさ。なら頼まれた君は、頑張ったよ。だからそれは、私が継ぐ」

 バサリと翼をはためかせて、フルールは不敵な笑みを見せた。

「まずはキミが教えてくれた話を、本にしようと思うの」

 意外な言葉だった。そしてその次に彼女が発した言葉は、更に意外だった。

「それで、私は魔王になるよ。魔族にも統べる人が必要なんだと、思う。ずっと隠れてたけれど、キミと、お父さんの遺志は、私も、きっとこの国の王様も受け取れた。だから、この夜会は今日でおしまい」


 薬包紙が、解かれていく。

「さ、飲んで。後は、私達が繋いでいくよ」

「まさか、最後の仲間が魔族だなんてな」

 そう言いながら、薬包紙の中の綺羅びやかな薬剤を口の中に入れていく。

「んー、違うよきっと。その前に、お父さんが仲間だった。優しいお父さん、向こうで会えたら、よろしくね」

 そうだ、そういえば彼も、立場こそ違えど、志を同じくした仲間だった。

「あぁ……そうする、よ」

 少しずつ、眠くなっていく。


 最期に言いたい事は、たった一つだけだった。

 彼から受け継いで、必死に守ってきて、それでもままならない、一つの約束。

「フルール。この世を、頼む」

「ルキフ。後はこの魔王に、任せよ」

 彼女らしくない偉そうな口調で、彼女は少しひんやりした手を、俺の目の上に置いた。

 

――心地良い、夜風のような、最期だと思った。


「じゃあね、優しい勇者さん」


 その言葉を最期に、俺の意識は薄れていった。

 出来る事はした。こんな俺の為に、それもこんな俺を殺す為に、仲間達が頑張ってくれた。

 

 それが、幸せだった、

 それが、本当に、本当に、ありがたかった。

 

 魔王も、勇者も、きっとただの生き物で。

 誰もが優しくなれるなんて、絵空事かもしれない。

 それでもこの世は、優しさで繋がっていくのだと信じながら。


 俺は本当に欲しかった安らぎを、今やっと、手に入れた。

 世界は勇者を忘れる。それでもこれからも、ずっと続いていくのだ。

 だからこそ、そこにどうか、優しさが残っていますように。

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