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第7話 身バレ

「おぉ......」


 ベース女子のバンド、Water horseの3曲目【雲の上】を聞き終わって、パチパチと拍手を送る。他にもちらほら。


「ありがとうございましたー!!」


 パチパチという拍手の中、ライブハウスが暗転する。Water horseの影が撤収したのを見て、ADさんがライブハウスの明かりをつける。ライブハウス内がざわざわと騒がしくなり始め、俺みたいなソロでライブ来てる人は肩身が狭くなってきた......

 今回は対バンだったので3組目くらいでオレンジジュースを貰って(もちろん有料)椅子に座ってライブの余韻に浸る。

 いや〜いいライブでした。特に最後のWater horseが良かったですね! ベース女子ブーストありきだろうけど......パンフレットとかないかな。


「おにーさん」


 時刻は22時頃。対バンライブも終わり、そろそろ帰るかと思っていたら座ってた椅子の向こう側にベース女子がついた。


「やぁ。ライブ良かったよ! マジで」

「ホントスか!? よかったー! 偶然ナンパから助けて、偶然入ったライブハウスで会って、しかも偶然私のバンドの出演日なんて、運命かも知れないッスね〜!」

「そうかもね〜」

「澪」

「ぐえっ」


 ベース女子の話を聞きながら氷で薄まったオレンジジュースを飲んでいると、ベース女子の首根っこが掴まれて持ち上げられた。


「秋!」

「男とサボってんじゃねーよ。ウチの澪がすみません、なんかされてませんか」

「いえいえ、大丈夫ですよ......そういえば君の名前聞いてないな」

「あっ! そういえば......」


 お互い名前を聞いていなかった事に今更気付く。しかし......


「この後お方付けとかですか? まだ客残ってるから大丈夫だと思ったんですが......帰った方がいいですかね?」

「あーまぁ......ウチの澪と知り合いですか?」

「今日初めて会いましたよ。ナンパから助けて貰ったんです」

「そうですか......あー......」


 秋と呼ばれた姫カットのギター女子が言い淀む。これは帰れって言いたいけど言い辛い感じか? なら俺から言うか......


「今日はこれくらいで失礼します」

「えー! おにーさん帰っちゃうんスか!?」

「今日会ったばっかの人に馴れ馴れしい! すみませんホント......」

「せめてLINE! LINE交換しましょ!」

「澪!!」

「まぁLINEくらいなら......」

「マジッスか!? やったー!」

「お前......」


 秋はこの時「コイツナンパから助けた癖に自分はナンパするのかよ......」と思っていた。

 ベース女子とLINEを交換した。


「あ、おにーさん名前教えてくださいよ」

「ん? あぁ、松風朝陽。君は?」

「私、漆池澪っていいます! ヨロです! こっちは灯火秋です!」

「ども......」

「漆池さんに灯火さんね。後ろの方は?」

「えっ?」


 灯火さんが後ろを向くと、そこには同い年くらいの2人の女子が立っていた。


「澪はいつものサボりとして、秋は澪を連れ戻しに行くって言ってたじゃねぇか。何ナンパしてんだよ」

「い、いや違」

「どこが違うんだ。働け」


 スパーンと漆池さんと灯火さんの頭が叩かれる。「違うのにぃ」と言いながら涙目で顔を上げる灯火さんと少しも反省した様子のない漆池さんが対照的だ。


「漆池さんはともかく、灯火さんは悪くないですよ」


 なんだか可哀想なのでフォローしておく。


「私はともかくってなんスか!?」

「同罪です。そこの男性の方、申し訳ないですが、ウチのライブハウスそろそろ店仕舞いなので、ご退店願えますか」

「はい、すみません。今帰ります」

「ちょっとー。私の朝陽サンになぁに言ってぐぇ」

「気にしないでください。お帰りはあちらです」

「は、はい」


 こ、こわ〜......くわばらくわばら。
























「ちぇっ」


 澪は渋々といった様子で地面をモップがけしてる。


「今日の打ち上げはいつもの店な」

「はーい」


 私も客が残していったドリンクのケースを片付けながら、ゴミを分別していく。


「秋」

「ん?」


 片付けをしていると、同じバンドのドラム風嵐楓(ふうらんかえで)が話しかけてくる。ちなみにさっき松風さんを退去させたのも楓だ。


「さっきの松風って人、知り合いか?」

「え? いや、私じゃなくて澪だよ。ほら、ライブ前に澪が「夕方ナンパで助けた人が来てる」的な事言ってたじゃん? あの人らしいよ。澪に聞いて」

「あのイケメンくんね〜!」


 ボーカル兼リードギターの坪坨地坂(つぼいちざか)が話に入ってくる。


「洗い物終わったのか?」

「もち。で、あのイケメンくん、松風さんって言うの?」

「まぁ私は後ろで聞いてただけだけどな。実際松風さんと話したのは澪と秋だし」

「楓もちょっと話したじゃん」

「アレを話したとは言わねーよ」

「打ち上げに連れてきたかったー!」

「うわっ!」


 澪が首を突っ込んできた。いつの間にかモップがけを終わらせてモップを元の位置に戻して、私達の座るテーブルの椅子に座っていた。


「良い訳ないだろ。ただのお客様だぞ」

「何?何の話?」


 ライブハウスのオーナーと話してた電子キーボードの倥空鵼(こうくうぬえ)が面白そうな話だと言わんばかりにニコニコ笑顔で話に参加してくる。というか顔に書いてある。


「澪がナンパした男の子の話」

「え! 澪がナンパ!? むしろそういうの嫌うタイプじゃん!」

「ナンパしたつもりはないッスよ?」

「いやナンパだろ」

「えぇ〜?」


 鵼と地坂にも松風さんの話を簡単にする。まぁ本当に簡単な話だけで、語れることもないが。


「6つ上のお兄さんかぁ〜いいなぁ〜......ねぇ澪、私にも紹介してよ!」

「嫌ッスよ! 朝陽サンは私のもんス!」

「お前のもんでもねーだろ......」
























 家に帰った俺は、眠る気になれずバルコニーで珈琲を飲んでいた。そしたら、電話がかかってきた。相手はゆーちゃん。


「もしもし」

『よぉ。最近飲みに来ないけどなんか忙しいのか?』

「ま、まぁね......」

『MyTubeのチャンネル登録者が100万人超えたからか?』

「ま、まぁね......まぁねぇ!? え!?」

『ハッハッハ。私が知らないとでも思ったか?』


 う、嘘だろ! バレてたのか......! いや、流石にチャンネル登録者100万人超えのVtuberなんだから、声でバレた......? でもゆーちゃんはMyTube見る事なさそうだと油断してた......! あぁあぁ......


「バレてましたか......」

『うん、まぁね。ちなみに当弦も知ってるぞ』

「嘘ですやん」

『嘘ちゃうねんな!』


 リア友ほぼ全員バレてんじゃねーか!!


「はぁ......それで? 何?」

『いや、チャンネル登録者100万人おめでとう』

「............いつから知ってんの」

『2ヶ月くらい前かなぁ。偶然、雑談で見付けたんだよ』


 2ヶ月前って事は......え、嘘やん。逆転前から知ってるって事!?


「ちなみにその時チャンネル登録者何人くらいだった?」

『古参ぶる訳じゃないけど100人も居なかったかなぁ』


 えーえーそうでしょーねそんぐらいの時期ですもんね! 逆転前に顔バレしてたんならなんで言ってくれないんだ......ん? いや......


「なんでその事今更言ったんだ?」

『ん〜? いやぁアハハ、気になる事あって』

「......あ、酔ってる? しかもかなり」

『あ゛ぁ゛!? 酔゛っ゛て゛な゛い゛!』

「泣きそうじゃん。声ダミ声になってんじゃん。絶対酔ってんじゃん」


 これは今まで隠してたけど酔って話しちゃった感じか。当弦くんが可哀想だ。完全に巻き込まれじゃねーか。それはそれとして今後の身の振り方考えないと......いっそ配信のネタにするか......?


「で? 酔っ払ってるのは分かったけど「酔゛っ゛て゛な゛い゛!!」......わかった、わかったよ。それはそれで気になる事って何?」

『あぁ〜......話すから店来て』

「はぁ......?」


 ちょっと......いやかな〜りダルい......でもこんなに酔っ払ったゆーちゃんを放っておけない。というお題目で普通に見たい。


 という訳でやって来ましたゆーちゃんのBAR。店内は電気が消えていて、椅子も片付けられている。恐らく2階で1人で飲んでいるのだろう。そう考えて、2階のドアを叩く。


「ゆーちゃん!」

「朝陽ぃ!いつものとこに鍵あるから入って〜!」


 確実に酔っ払ってる。二日酔いした程がない程肝臓は強いが、普通に酔っ払いはするんだよな。

 鍵を開け中に入ると、バーテン服を着たままソファーで寝そべっているゆーちゃんが目に入る。机の上にビール缶があり、片手には水のペットボトルが握られていて、眠っているように目を瞑って天井を向いている。無駄に足が長い(朝陽の方が長い)。


「起きて、ほら。来たぞ」

「ん〜......ん゛〜!」


 肩を揺すると、パチッと眼帯で閉じられた右目の反対側の左目が開く。ゆーちゃんの足を持ってぺいっと退けて、隣に座ると、横になってたゆーちゃんが座り直す。


「あ゛〜」


 水のペットボトルを机の上に置いて、ビール缶を取ろうとする......が、その手はスカり、ビール缶に指が当たって倒れる。


「あーあーもう」

「ごめぇん......」


 ゆーちゃんは眼帯をしている。

 これはファッション眼帯ではない。

 少し過去の話をしよう。高校時代、ゆーちゃんは女子柔道部に入っていた。今のように髪も染めてたし、ピアスも開けてたしなんならスプタンもしてた。スプタンは当時ハサミで切って、今はくっ付いてしまってもう切るつもりは無いらしい。痕は残っているが......まぁ今と同じ見た目こそヴィジュアル系だったが、その実柔道家としても活躍していた。それこそ全国大会にも出た事があるし、当弦くんと応援に行った事もある。事件はその全国大会で起きた。

 試合中、相手の肘が目にあたり、ゆーちゃんは痛みを訴えその場で試合を棄権。その後病院で手術をしたがお医者さんの奮戦虚しく右目から光は失われた。俺達が17歳の頃だから、もう6年前になる。当時はもう凄い荒れた。荒れに荒れまくった。片目で健常者の女子柔道部には居れず、女子柔道部はすぐに辞めてしまった。その後は喧嘩っ早い性格もあり、眼帯も付け始めヤンキー度に磨きがかかった様子のゆーちゃんは街ですぐに悪い意味で有名になった。湘南で青髪眼帯の高身長女子は? と聞かれたらモグリでもない限りゆーちゃんの名前が上がるだろう。それ程悪名が轟いていた。逆転前でアレだけ有名だったのだから、貞操観念が逆転したこの世界でゆーちゃんがどんな呼ばれ方をしているか......考えたくもない......普通に今の世(貞操観念逆転世界)だとヤバすぎるからな。高校時代だから行けたけど、大人になったらガチ片目失明眼帯のヴィジュアル系の異性とか怖くて話しかけられん......ファッション眼帯と思ってくれた方がいい、と店を出した時に言っていたな。

 とまぁ、ゆーちゃんの眼帯には理由がある。しかし逆に言えば髪染めもピアスも(今は無いが)スプタンも理由がない。ファッションらしい。

 片目生活はもう6年経つが、特に立体視が出来ないらしく、料理とかはなんとか慣れたが、今のように酔い潰れた時に缶を掴み損ねたり、ジョッキを掴み損ねたり遠近感が分からず転んでしまう事も多々ある。


「ほら、水」

「悪ぃ」


 さっきはビールを飲もうとしたらしいが、零した事を反省したようで渡したペットボトルの水を飲む。その片手にペットボトルを持ったままの体制で俺の膝に頭を乗せてくる。


「それで? 気になる事って何?」

「ん〜? ......あぁ、朝陽さぁ」

「何?」

「1月22日を境に変わったことないか?」

「!?!?!?」

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