第4話 バンド女子襲来!
いつもの朝。いつものルーティーン。いつもの珈琲にいつもの朝日。うーん、いい休日だね! なんて思ってると、ピンポーンとドアフォンの音がした。俺の家に訪ねてくるのはもっぱら宅配便かゆーちゃんくらいのものだが、宅配便が来る予定もゆーちゃんが来る時間でもない。誰だ?
『はーい』
『僕』
「……当弦くんじゃん」
意外……というか、新居初訪問じゃないか? 当弦くんはこの近くに住んでいる訳じゃないし、理由もなく旅をするタイプでもない。新居初訪問と言った通り、この家に引っ越してきてから遊びに来たことも無いしなぁ。とりあえず家の鍵を開けて、当弦くんを家に招き入れる。
「せめぇな」
「いきなり来て失礼だな? オイ」
「ごめんつい」
「煽ってんのか?」
ついとか言うなよ。本当に狭いみたいじゃん。いや、本当に狭いんだけど……自称と他称だと全然違うよね?
「で、何用かな当弦くん」
「いや、特にない。強いて言えば予定無くて暇で、僕に珍しく夜寝て朝起きたから来た」
「なんで来たって聞いたつもりなんだけど……?」
さっきも言ったが俺の家は狭いので、家主である俺はいつも配信とかしてるデスクの椅子に座って、当弦くんはベッドに座らせてる。俺は家に入れるくらい仲がいい人は相手さえ良ければベッドに座ってくれてもいいと思ってる。嫌なら座る場所が逆になる。
「朝陽さ、『趣味』の方どうよ」
「……あぁ、うん。どれの事かわかんないけど、色々楽しくやってるよ」
ド、ドキッとさせる事言いやがって……!
Vtuber全体ではないと思うが、個人的に俺は知り合いにVtube活動は知られたくないタイプ。多分、ゆーちゃんにも当弦くんにもバレてない筈……!
俺は配信に加え珈琲や料理、旅行やアニメの聖地観光等多趣味なので、趣味の方どうよ。という言葉だけだと配信の事だとかは分からないのだ。
「へぇそっか」
「うんそう」
自分の家なのになんとなく居心地が悪くなったので、キッチンに向かって珈琲のおかわりと当弦くんの分の珈琲を入れる。
「後聞きたいんだけど」
キッチンに居る俺の所にトコトコスマホ弄りながら歩いてきて、LINEのトーク画面を見せてくる。その画面の相手は俺(LINEの名前は本名とは変えているが、当弦くんが固定ハンドルで本名フルネームにしている)で、最後のメッセージは数日前の俺の『なんな変わった事ない? 』だった。
「これが?」
「いや、なんだよコレ」
何って、貞操が逆転している事についてだが? と、言いたいが、この反応を見るに当弦くんは貞操逆転現象を自覚していない。自分以外狂人ならそれ即ち自分こそが狂人である、と高校時代の友人が言っていた。受け売りか自分で考えたのか知らないが、その通りだと思う。つまりこの世界で異端(狂人)なのは俺か。っらぃょ。
「あー、それね。特に意図があって送った訳じゃないと思う」
「自分で送っといて「じゃないと思う」って何?」
「覚えてねーんだよ」
「ハッ」
鼻で笑われ、当弦くんはベッドに戻って寝転がった。深堀されたらどうしようと思ったが、そこまで気にしてないのか何か察したのか……当弦くんは勘がいいし、後者の可能性は高い。
俺の分のブラック珈琲と、甘党の当弦くん用のミルクたっぷり珈琲を持って部屋に戻る。
『当弦、数日前の朝陽のメッセージの真相聞いてきてくれないか?』
寝起きにそんなメッセージを見て僕は辟易した。昨日は勉強してて、そのまま机で寝落ちしてたらしい。窓から射し込む朝日と、上記のLINEの通知音で目が覚めた。僕は基本夜型のショートスリーパーなので、1日長くて5時間しか眠らない。平均3時間半くらい。LINEの差し出し主はあっくん。
『気になるか? どうせなんも考えてないぞ』
『お前、朝陽のチャンネル見てないのか?』
チャンネル? なんの事だ。見てないぞ。いや、朝陽のチャンネルの事は知ってるんだけど、別に配信追ってる訳ではない。精々勉強の時にBGMとして垂れ流しするくらいだ。
『見てないけど』
『朝陽のメッセージの日なんだが、メッセージ来たのは朝で、昼くらいに朝陽のチャンネルがバズってる』
『は?』
『その日の昼くらいからいきなりチャンネル登録者が十何万人とかになって、Xのフォロワーもめちゃくちゃ増えてる』
『で?』
『気になるだろ! 朝陽が「なんか変わった事ない? 」って聞いてきた日の昼にいきなりバズってるんだぞ!?』
『偶然じゃね』
『出来すぎだ。一昨日の夜から昨日の朝までうちで飲んでたのは知ってるだろ? お前も来てたし。その時に聞こうと思ったんだが……』
『そういえばなんか言ってたな。あの時はもう酔い潰れてたんだし、朝起きた時に聞きゃ良かったじゃん』
『それはそうなんだけど』
『またカッコつけたの?』
『いや、いや。アレは不可抗力。聞かなかったんじゃなくて聞けなかった』
『なんかあったの』
『言えない』
煮え切らんなぁ。襲ったか襲われたかしたなら、あっくんは初恋7年片思いという拗らせに拗らせまくった気持ちがやっと成って、有頂天になり、少ない友達にウザいくらい自慢するだろうからそれはない。大方一緒のベッドで寝ちゃったとか22とは思えない可愛い理由だろ(正解)。
偶然じゃね。とは言ったが、その線は薄い。今朝陽のVtubeチャンネルを覗いたら、確かにチャンネル登録者が20万人を超えている。2日3日くらいでこの伸びようは確かに異様だ。数年前だかに日本の芸人が投稿した動画を世界的ミュージャンがXで紹介したのを理由に一躍時の人となった事例はあるが、少し調べた感じそういう訳でもない。本当に、いきなり朝陽のメッセージの日からチャンネル登録者が増え、今も指数関数的に伸びている事だろう。
大手Vtuber事務所の新人ならまだ分かる。2週間でチャンネル登録者が100万人を超えた人もいるからだ。だが、朝陽は個人勢な上、新人でもない(2ヶ月を新人と言っていいのかは配信に詳しくない僕に知る由もないが)。まるで……そう、いきなりこの世界に現れたかのような伸びようだ。
『少し調べたけど確かに気になるな』
『だろ、だろ!? 私じゃ聞けないからさ、当弦聞いてきてよ』
『いいよ』
色々省略した『いいよ』だったが、本心なのでそう送った。
そして今に至る。
僕は朝陽から受け取った甘い珈琲を飲みながら思案する。
「(朝陽が配信者な事を知ってる事は出来れば隠したい。少しカマかけたけど、特に怪しい点はなかった。覚えてねーんだよは嘘っぽかったけど……やっぱなんかあるな)」
恐らくだが、タネは朝陽じゃない。朝陽発信でここまで人気になってるなら、何かしら態度に出るはず。だとすれば考えられるのは大手MyTuberが紹介してバズった等の外的要因。朝陽は不可抗力で伸びている感じだと思う。しかし、朝陽自身もそこまで不快にはなっていない……うーん。分からん。てか別に良くないか? 僕は医者志望であって科学者志望ではないので気にならないし、配信にも疎い。これ以上深堀して朝陽にリスナーバレするのが最悪。どうせ時間が経てば理由が分かるだろう。あっくんには後で『気になるなら自分で聞け』と返しておこう。
「朝陽〜暇」
「いきなり来といて……そういえばどうよ」
「なにが?」
「俺の新居」
あぁ〜そういえばこの家に朝陽が引っ越して来てから家で遊ぶのは初めてか。
「いいんじゃない? 変な匂いもしないし」
「変な匂いって?」
「時々あるんだよな〜変な匂いする家」
「新築の木の匂いとか? ここ別に新築じゃないけど」
「いや、強いて言うなら長く人の住んでない匂いかな。感覚的なもんだからそうとしか言えん。てかマジせめぇ」
「6畳のワンルームだし。一人暮らしなんてこんなもんよ」
「お前、フリーターとは言え散財するタイプじゃないし、金はあるんだから、もっと良い家住めばよかったのに」
家賃とかそんなもんは知らんが、リゾート地の海沿いアパートという高い理由と、6畳ワンルームの風呂トイレ一緒の部屋という安い理由で平均的な値段になってるだろ。まぁ僕は一人暮らしした事ないから分からないけど!
「俺にとっちゃ総合力最高な完璧のバランスの家なんだよなぁ」
「朝陽、せめぇ家好きだもんなぁ」
「と、言う訳だ。自分で聞いてくれ」
「それが無理だからお前に頼んだろ!?」
その日の夜、僕はあっくんのBARで1人で酒を飲んでいた。
「確かに気になる事はあったさ。いきなり登録者が増えた理由も気になるし。でも逆に言えばそれ以外殆ど変わってなくない?」
「......まぁ......それはそうなんだけど......」
「アイツが色々無防備なのは昔っからだし、まぁ昨日陽菜さんの言ってた「口説かれてどもってた」ってのはちょっと......いやかなり気になる......でも本人が何も言ってくれない以上、僕からは何も追求するつもりはないよ」
「そうかぁ」
むむむと考え込みながら器用に料理するあっくんを見ながら、僕もジントニックを呷る。
「あっれ〜? 男性のお客さんとは珍しいねぇ〜? てんちょー?」
「好きな席にドウゾー」
「え、無視......?」
時間は20時も過ぎた頃。夜の帳はとっくに降りて、居酒屋やBARが活発になり始めた時に現れた客。
この店は言っちゃなんだが客が居る方が珍しい程客が来ない。理由としては、狭い上に海沿いに沢山ある地酒や相模湾でとれた魚を提供する居酒屋とは違い、一見さんお断りな雰囲気のあるBARだからだ。観光目的で江ノ島に飲みに来てるなら、江ノ島本島内にある居酒屋に良い店が沢山あるし、地元民でも海沿いやすばな通りに安くて美味しいお店がある。つまるところ、態々道を外れた場所にあるBARに入る意味はないのだ。
そんな店に入り、尚且つ常連っぽい雰囲気......
「どーも初めまして。私、漆池澪って言います。おにーさん、名前なんて言うんですか?」
「......」
チラリと声の方を見れば、ショートパンツに防寒のストッキング、ジーンズジャケットを着て有名ロックバンドのロゴ入り帽子を被っている金髪のギターケースを背負った女性が視界に入る。
「いかにも」なチャラ女(逆転前で言うチャラ男)だ。
「あれ? おにーさん?」
「おい、あんま男にがっつくと嫌われるぞ」
「え〜? そんなんじゃないスよてんちょー」
漆池澪と名乗った女性は堂々と僕の横に座ってくる。10席前後の小さなBARだが客は僕1人。席なんて他にも余ってるが......まぁ、逆に遠い席選ぶのもそれはそれで不自然か。
「てんちょーこのおにーさん知り合いスか?」
「まぁな」
「紹介してくださいよ」
「だとよ」
「......初めまして、漆池さん。加西当弦です」
「冷たいッスね〜」
僕は女性に媚びるタイプの男じゃない。むしろ僕は女性が苦手だ。それでも問いかけに返したのは、あっくんの面子を潰さない為。そもそもチャラ女は僕の嫌いなタイプだ。あっくんは見た目こそチャラ女だが中身は初心な少女な事を知っているから大丈夫だが、漆池さんは僕の所感だがあっくんのようなファッションチャラ女ではなく普通のチャラ女っぽい。なので苦手だ。
「てんちょーいつもの!」
「ほらよ。今日はなんで来たんだ?」
「ライブ帰り! それで、加西さんはお幾つスか? 私16!」
「16? なのにBAR来てるんだ」
「オレンジジュース」
カラカラと氷の入ったオレンジジュースを鳴らす。
「質問には答えてくれないんスか?」
「22だよ」
「てんちょー同い年じゃん! ......あっもしかして......」
「違う。違うぞ澪。ソイツじゃない」
「え〜? 本当スか〜?」
「何の話?」
「当弦言ってやれ。私の想い人がお前じゃないと」
「あぁ......まぁ、そうだな。俺じゃない」
「あれ。てんちょー同い年に好きな人がいるって言ってたじゃないスか」
「確かにそうだが、ソイツじゃないんだよ」
「えぇ〜!? てんちょー同い年の男の子の友達何人居るんスか! 羨ましい〜!!」
話を聞くに、あっくんと漆池さんはかなり親しい。しかも店の常連と来た。話の流れ的に朝陽と知り合いじゃないのか......?僕はあまりこのBAR来ないし、知り合いじゃないのも頷けるんだが......朝陽は割と高頻度で来てる筈なんだが......
「16って事は高校生?」
「そうッス! 東京音楽大学付属高校1年、漆池澪サンとは私の事ッスよ! 趣味で友達とロックバンドやってるッス! いつも池袋のライブハウスでライブとバイトしてるんで、良かったら加西さんも遊び来て下さいよ」
「音楽かぁ」
まぁギターケースを背負ってる時点でバンド女子な事は分かっていたが......東京音楽大学付属高校1年か。ガッツリ音楽の道で食っていくのか。月並みな事しか思えないが頑張って欲しい。口には出さないが。
「加西さんは大学生スか?」
「そうだよ。医学系で六年制だから、今年卒業じゃないけどね」
「お医者さん! 凄いッスね〜!」
「僕から見たら音楽で食って行こうとしてる方が凄いよ。僕そういうのからっきしだし」
「音楽は良いッスよ〜! うち学生のインディーズバンドのプログレッシブ・ロックっていうジャンルなんスけど、ロックジャンルとしては新しいもんで、まだまだ頑張り時ッス」
ごそごそとギターケースからギターを取りだし始める。
「私のベース、清くんです!」
「あ、ベースだったんだ......」
「はい?」
「いや、ギターかと思ってた......」
「タハー! まぁ知らない人から見たらギターケースもベースケースも一緒ッスよね〜!」
「ここで弾くなよ」
「エレキなんで弾けないッスよ」
ベースケースをおいて、ベースを肩にかけながらオレンジジュースを飲んでいる。僕もおかわりを所望し飲む。
漆池さんこと澪は話上手で、3時間も話せば中々打ち解けてきた。最初はチャラ女っぽくて苦手だったが、チャラ女っていうかミーハーなだけって感じだ。
「そろそろ終電なんで私帰るッス! また補導されるのは勘弁スし」
「そ。じゃあな。帰り道気付けろよ」
「はいッス! ちなみに当弦さんは帰んないんスか?」
「まだ帰らないかな。最悪上に泊まるし」
「え゛っ......やっぱお2人そういう......?」
「「違うって」」