第3話 バズってる!?
「ん……アレ……?」
俺が目を覚ますと、そこは見知らぬ……いや知ってる部屋だった。しかし自分の家ではない。自分の家以上に狭く、カーテンで完全に陽の光が遮られた簡単な部屋。
「あぁ、俺、酔い潰れて寝たのか……」
という事は当弦くんが呼ばれたのか? 風呂も入れられて着替えられてる。こういう所は逆転前から変わらないんだな。ゆーちゃんは異性なので逆転前でも俺を風呂に入れたり着替えさせたりはしない。もちろんだが肉体関係は無いので。そういう困ったさん(俺)がいつも当弦くんに世話をされる。当弦くんは基本夜型で、俺が酔い潰れた時は一緒に店の上で厄介になる事が多い。翌日学校あったりすると帰るので、明日……というか今日は学校あるのか。俺も今日も仕事だし……
そう思って時間を確認すると、午前9時。それとLINEが一通。
『朝陽くん今日は遅番にしたから、ゆっくり休んでね』
という店長からのメッセージが。ありがてぇ。まだアルコールが残ってるのか二日酔いなのか分からないが、頭がガンガンするのだ。部屋を見渡すと、向かいのソファで毛布も被らず寝こけるゆーちゃんを見つける。昨日は何時まで飲んでたんだろう? でもまぁゆーちゃんのBARは17時〜3時までの完全深夜帯の店だから、それ以外自由。定休日は月曜日なので今夜も仕事の筈だが、彼女は二日酔いした事がない程肝臓が強いらしいので、大丈夫だろう。
「ゆーちゃん起きて」
「…………あさひ?」
いつものピアスや簡単なメイクは落としたすっぴんのゆーちゃんが目を開く。
「おはよ」
「おはよ……大丈夫か?」
「大丈夫、じゃねぇけど……」
未だ鳴り止まない頭痛がする頭をコンコン叩く。
「んじゃ水飲んで寝てろ」
「ゆーちゃんもベッド来なよ。寒いっしょ」
「え、い、いいの?」
「水臭いなぁ」
この時の俺は寝起き&アルコールに脳を焼かれていた事もあり、つい昨日貞操が逆転した事を忘れていた。別に肉体関係は無いが添い寝くらいならする間柄だった、というか酔い潰れた時は大体同じベッドで寝てた。のに今日に限ってソファで寝てた事に違和感を覚えたが考えるのを放棄していた。
「じゃ、じゃあ……」
ゆーちゃんから受け取った冷蔵庫にあった冷たい水を飲み、ベッド脇のローテーブルに置いた。そして、おずおずといったようにゆーちゃんがベッドに入ってくる。俺はなんの疑問もなく受け入れ、二度寝をかます……前に。
「ゆーちゃん」
「なんだ?」
「15時になっても起きなかったら起こして」
「わあったよ……」
そして二度寝をする。
「起きろ朝陽」
「……」
誰かに頬を引っ張られる感触がして、目を瞬かせる。ぼんやりとした輪郭が線を帯び、しっかりとした顔になる。
「寝れたか? 大丈夫か?」
「うん……大丈夫」
はぁ〜〜とため息を吐いてぬるくなったペットボトルの水を飲む。壁にかけられた時計の指し示す時間は15時10分。
「まだ間に合うだろ」
「間に合う。その前に風呂入らせて」
今更だが、こういう時の為にこの居住地には俺や当弦くん用のトランクスパンツや男物の服が多い。そもそもゆーちゃん自体私服は男物が多いので、同じ服を着ることはザルにある。
適当なタオルを取り出し、その場で脱ごうとしたら思いっきり肩を掴まれた。
「うおっ。何」
「何じゃねぇよ! まだ私居るだろ!」
「……あっそっか。ごめん」
つい昨日世界の貞操観念が逆転した現象の事を思い出す。……てか一緒のベッドで寝るのも……いや、それは逆転前からしてたし今更か。確かに俺も目の前でゆーちゃんが下着姿になったら興奮せざるを得ないし、事故だったら罪悪感で押し潰されそうになる。目の前で生着替えなんてされたらキツいのも分かる。今俺がやろうとしたのはそういう事だ。
「私下で仕込みしてるから! シャワー浴びたらいつも通り鍵は鉢植えの下に! じゃあな!」
そうして昨日と同じバーテン服で下へ降りていく。当たり前だが俺が寝てるうちに風呂と着替えは済ませているだろうから、清潔な状態で下に仕込みに行った。
いつも通りお風呂を借りて、適当な着替えに着替えてタオルを洗濯カゴにブチ込み、鍵を言われた通りにして下に降りる。
「じゃ、ゆーちゃんまたね」
「おう。またな」
ゆーちゃんに挨拶して仕事に向かう。自転車は職場に置きっぱなので歩いて。遅番は17時〜なのでまだ1時間は余裕がある。
「お疲れ様です〜」
「お疲れ様〜」
仕事終わり、今日は陽菜は居なかった。まぁシフト通りだ。だからここに陽菜なんて居るはずもない。
「お疲れ様です先輩」
なんでいるんですか?(シンプルな疑問)ちょっとふざけよう。
「何? 俺待ってたの?」
「はい!」
えぇ?
「……なんで?」
「昨日の事聞こうと思って。なにかされてないですか?」
「昨日? ないない、ないよ」
「怪しいですねぇ……」
本当になんもなかったのに……
実の所、陽菜が店に居たのは知っていた。裏にこそ来なかったが、客として豪快に酒とおつまみを飲み食いしていたのを見ていたからだ。うちは小規模な店だし、あんなに1人で酒を飲む人が居たら嫌でも目立つ。一応社割制度があるのでここで飲むのは分かるんだが……。
「酔ってるな?」
「迎え酒です。二日酔いが酷かったので」
「矛盾してない?」
「してないです」
「まだ飲むの? 閉店だよ」
「でもまだ飲みたいです。先輩どっか行きましょう」
「やだ」
今日は配信したい。ぶー垂れる陽菜を無視してテキパキと帰る準備を進める。
「いいじゃないですか〜。あのBARでも良いですよ」
「行かん」
そうして今度こそ自転車に跨ってペダルを漕ごうとすると、ちょっと待った! が入る。
「まだなんかあんの?」
「LINE、交換してください」
仕事上の連絡は店長とのLINEで済むし、陽菜と交換する理由は無い。……なんて、非情なことは言えない。そもそも言うつもりもないけど。
「いいよ」
「やった! 電話してもいいですか!?」
「いきなりは困るなぁ」
主に配信中。仕事の電話ですと言えば誤魔化しは効くだろうが、面倒な詮索はされたくない。しかもここは貞操逆転世界なのだ。女Vtuberに男の影が少しでも立てば叩かれまくるのは自明の理。つまり逆転したこの世界で男Vtuberである俺に女の影が少しでも立てば叩かれまくる。俺個人勢だし。まぁ叩かれる程フォロワー居ないから良いけどな!!
陽菜とLINEを交換し、今度こそ自転車で家へと帰る。15分で家に着き、1階の駐輪場に自転車を止めて外の階段を登りそのまま家へと入る。
「は〜疲れた」
荷物を置いて風呂に入り、長い髪を乾かしてパソコンの前に座れば時間は20時を越えていた。あの逆転した日の朝と同じようにパソコンを起動させる。壁紙は俺のバーチャルアバターの冬用イラスト。金を出して依頼をし、書いてもらったものだ。少ないがファンアートを貰った事もあるが、個人的なものが欲しかった。
MyTube(世界最大手の動画配信サイト)の自分をチャンネルを見……
「チャンネル登録者……14万人……?」
う、ん?おかしい、な。つい二日前……そう、逆転前は100人も居なかった……逆転してからは配信もしてない……な、なんでだ? 過去のアーカイブの再生数も数千を越えている。しかも少し調べたら俺専用の切り抜きチャンネルまである。許可取れ! 別にいいけどさ……
「とりあえず配信してみるか……(配信者の鑑)」
Vのアバターを動かすアプリを起動したり、オーディオインターフェースを起動したり……と諸々の準備を終え、少し怖いが配信開始ボタンを押す。
「はいどうも〜。皆さんこんばんみこんばんむこんばんめ〜。」
初期も初期の頃に決めた名前にもかかってない適当な挨拶をする。
『キタ━(゜∀゜)━!』
『ktkr』
『配信待ってましたァ!』
『よっしゃ! 男だ!!』
「なぁにこれぇ」
思わず口に出してしまう。マジでなんだこれ。現在進行形でフォロワーは増え続けているし、同接も増え続けている。
『貴方のフォロワーですが?』
『ファンネーム決めて♡ 決めろ(迫真)』
「ふぁ、ファンネーム?」
そんなこといきなり言われても……
ここでVtuberの俺の体を自己紹介して行こう。Vの名前は結城太陽。眼鏡をかけた身長189cmの体重74kg、これは高3の時の身体測定結果を元にしている。髪はリアルと同じ大容量のポニーテールに、V特有の白髪。黄色い瞳にダボッとしたハートがあしらわれた女らしい……逆転後なら男らしい? パーカーに、ベルトに短パン、厚底ブーツという構成だ。顔も(逆転後基準で)男らしい感じで、決して低くは無い俺の声にマッチしていると言える。
「というか君達どっから来たの?」
純粋な疑問をぶつける。
『Xだが』
『バズってるよ』
『男のVtuberが珍しいし、こんなガーリッシュな男の子居なかったもん』
「いや、居るだろ……ガーリッシュ男子はまだしも、男Vtuberは」
『居ないよ?』
『居ない』
『ストリーマーが女性社会な所ある』
『たまにデビューする男Vもすぐ居なくなるし』
『その幻想を撃ち破る!! (破られる)からね』
『むしろなんで今まで見つからなかったのか不思議。収益化もしてないし。スパチャ投げさせろ!』
「俺って世間知らずだったんだな……今日はFPSの予定だったけど、雑談に切り替えるわ。お前らと話したい」
『箱入り息子ってやつですか!?』
『漲ってきたぁぁぁぁ!!!』
『マロ読む配信して♡』
マロとは、ママロールの略で「お母さんのような感じで気軽に質問が出来る一方的質問BOX」の事で、大手Vtuberはマロ読み配信をよくしている。俺も一応Xの固定にマロとVtubeチャンネルのURLを貼っている。試しに覗いてみると、一万件以上のマロが来ていた。しかもフォロワーも667人から2.7万人になっている。ほぼ1日で……? あっ、今2.8万人になった。
「じゃあ今日は適当なマロ読みしま〜す!」
訳分からんのワケワカメだが、切り替えが大切。配信は過疎っていたが俺の日常ルーティーンだったし、ほぼ毎日行っていた。そこにリスナーの有無は関係ない……とは言えない!! 配信した事ある人ならわかると思うけどモチベーションが全然違う! 嬉しい!!
『テンション高っ!』
『上げてけ⤴上げてけ⤴』
『私のマロ、口から出して……♡』
『きっしょ』
『きっしょ』
『きっしょ』
「喧嘩しないの。はい記念すべき適当に選んだマロ一弾ダダン!」
《恋人は居ますか?》
「居ません!」
『爆速否定草』
『逆に怪しい』
『Xにちゃんと恋人いないって書いてありますよねぇ!? 太陽きゅんが嘘言うわけないんだよな』
「昨日今日知ったくせに。初期から追ってる人ほぼ居ないでしょ」
『それを言われると……』
『だって続くと思わないじゃん……』
『男Vはなる人は多いけどすぐやめてくから……』
ちなみに俺がVtuberになったのは2ヶ月前。デビュー前……所謂「準備期間」というものは作っていたが、その時に出来た知り合いも少ない。逆転前の男Vtuberなんてそんなもんである。
ぶんぶん頭を振ると無駄に金をかけたLIVE2Dのアバターのポニテが揺れる。
「やだやだ! そんな後方彼氏面されたくない!」
『後方彼女面の間違いでは?』
『アーカイブ見てきたけどこの男危機感無さすぎでは? 保護しなきゃ』
『ネックレスエロ過ぎてヤバい』
『どけ! 私は彼女だぞ!』
『どけ! 私が彼女だぞ!』
拾うマロを間違えた気がする。初手からデリケートな話題に触れるべきじゃなかった。……まぁいいっしょ!(馬鹿)
「はいはい次々。」
《フォロワーとチャンネル登録者増え過ぎ! 買いましたか?》
「買ってません。君達が証明です」
『でも私以外全員AIかもだし』
『私以外存在しないし』
『私が彼女だから他全員男だから。女リスナーなんて許さない』
「早くもガチ恋勢が現れてますと。別にガチ恋するのもいいけど。ガチ恋営業はしません!」
『嘘つけ』
『これ絶対するゾ』
「次行きます」
『逸らした』
『恐ろしく早い話題すり替え……私じゃなきゃ見逃しちゃうね』
《収益化しないんですか?》
「したいなぁとは思ってるけど、MyTubeくんに申請するのダルいなぁ。でもそれ以上に利益があるのでどっかで開通の義やるかも」
『なんかMyTubeくん対応遅いから早めにやるのオススメするよ』
『男Vのプロストリーマーって何人いる?』
『結構居る』
『流石に上級層は女Vが多いけど、企業勢とかは男V多いよね』
『個人で収益化してるプロストリーマーって居るか?』
『……いなくね?』
『少なくともあんまりいないよね。個人だったとしても企業に引き抜かれるから』
『太陽きゅんが企業に入って先輩女Vとキャッキャするの辛過ぎ』
「うーん。企業勢にはならないかな。やりたい事やれないし……少なくとも今は此処がいい! って所がないと入りたくない。そして此処がいいなんて場所は今の所ないです。企業が悪いとかそういうんじゃなくてね?」
その後もいくつかマロを読み、配信時間は30分、1時間、2時間と伸びていく。ズルズルとやっていても体力消耗するだけだし、雑談配信は疲れるのでこの辺りでやめておこう。
「それじゃ、今日はこの辺りで終わりま〜す」
『いやぁ! やめないでぇ!』
『アーカイブ……アーカイブしかないのか……?』
『マジでなんで2ヶ月発掘されなかったんだよ。そしてなんで今発掘されたんだよ! 年始のこの忙しい時期によぉ!』
「また明日も配信するから。今日はFPSやる予定だったけど、バズった記念として雑談配信にしただけ。本来は雑談あんまやらん。明日はゲームかな。それじゃ、みんなお疲れ〜」
ここで、一つのコメントに目を奪われる。
『終わりの挨拶とかないん?』
「……終わりの挨拶?」
そういえば、ない。いつもお疲れ〜だとか終わり〜だとか言って辞めている。
「欲しい?」
『欲しい!』
『欲しいです』
『いいよ! こいよ!』
『中に(案)出して?』
『凄くほしぃ……♡』
予想外の反応に驚く。挨拶は適当な「こんばんみこんばんむこんばんめ〜」というものだし、ツッコミはなかった。それはそれで悲しいけど。
「じゃ、次回ゲーム配信の終わりに少しマロ読みして終わりの挨拶決めます。今日の所はナシで!」
『凄い激しかったね♡』
『そんなに気持ちよかった?♡』
『私も気持ちよかったよ♡』
『ペッ』
「……お疲れ様〜! ファンネームもその時決めるからマロ待ってるね〜!」
逆転前の女Vってこんな感じだったの? 辛過ぎないか……?