第2話 お酒は程々に
「あ〜頭いてぇ……」
「大丈夫ですか? 先輩」
「朝陽くん無理しないでね」
案の定というか、俺は酔い潰れていた。頭がガンガンしている。ジンソーダ1杯とジョッキとはいえレモンサワー1杯で酔い潰れるほど俺はコスパカンスト野郎なのだ。まぁめちゃくちゃ濃かったのもある。ゆーちゃんさぁ……
「大丈夫か?」
ヤニを吸ってニヤニヤしながらゆーちゃんが聞いてくる。大丈夫なわけないだろ!と声を大にして言いたいが、アルコールにやられた脳だと自分の声にすら頭が痛くなる。ので、声を大には出来ない。
「水……水ぅ……」
「はいはい」
ゆーちゃんが氷の入った水を差し出してくる。俺はそれを受け取りガバッと飲む。幸い、ゆーちゃんは「残念だったな! これは焼酎だ!」とかそういった手の悪戯をするタイプでは無いので、安心して飲める。
「先輩」
背中を擦る陽菜の手の温かさが染みる。陽菜は俺がジョッキレモンサワーを片付けている間にビール4〜5杯を飲んでケロッとしている。記憶が確かなら陽菜は去年20歳になったばっかの筈だ。なんでそんなに酒が強いんだ?
「陽菜は大丈夫そうだな……」
「まぁ、慣れてるので」
「は? お前今20歳だろ」
「あっ……いや、まぁ。私女ですよ? 少しくらいやんちゃもしますって」
こ、こいつ。慣れてやがる。律儀に20歳まで酒を我慢していた俺が馬鹿みたいじゃないか……もちろん高校時代に先輩に酒やタバコを誘われなかったか? と言われると嘘になる。でもその先輩は酒! 女! タバコ! って感じだったので、あまり関わり合いになりたく無かった。
「華さんいくつでしたっけ?」
「私? 34だよ」
「先輩って飲み会に来たりしなかったんですか?」
「そもそもうちの店人数少ないし、忘年会とかもないしね〜。私も大酒飲みって訳じゃないから」
「あぁ〜……」
うっ吐きそう……でも吐きそうっていう嘔吐感だけで毎回吐けないんだよな。アルコール摂取するといつもこうだ。いっその事アルコールごと吐き出したら楽なんだけど……
「朝陽、上で休むか?」
「……いや、大丈夫。大丈夫」
ゆーちゃんが上で休む事を提案してくれるが、いつも通り断る。たま〜に厄介になる事はあるが、基本的には使わない。店の上はゆーちゃんの個人的な居住地になっており、簡単な寝泊まりや料理が出来る。ゆーちゃん自身はここから程近い別の家に住んでいるが、客に付き合って深酒した時等に利用しているらしい。
「初めてなので当たり前ですけど、先輩ってこんなお酒弱いんですね」
「朝陽、デケェ癖に肝臓弱っちいからなぁ」
「先輩身長高いですよね〜」
俺の身長は189cm。ゆーちゃんは174cmで、陽菜と店長は知らん。朝にLINEした未だ未読無視の奴は159cm。全部高校三年生の時の身体測定結果なので、四年で伸びた可能性はある。俺的には是非190cm台に乗ってて欲しい。
別に高身長なのがコンプレックスとかはない。むしろ誇りである。同性からは羨まれるし、異性からも「身長が高い」だけで好きになられた事もある。大抵付き合ったら「なんか違う」と言われフラれてゆーちゃんともう一人に笑われるのが恋愛ルーティーン。クソがよ。
顔はまぁ……ゆーちゃん曰く「悪くない」らしい。良くもないと言ってるようなもんで、曲がりなりにも異性のゆーちゃんに言われた時は傷付いた。
「今何時?」
「23時過ぎくらいだな」
「陽菜、電車無くなるよ。帰ったら?」
「私の事は気にしないでください! いざとなったらタクシーで帰ります」
「いやそれは悪いって……」
「でもこの状態の先輩置いていけませんよ」
「陽菜とかいったか。朝陽の事なら気にすんな。最悪上のベッドにブチ込むから」
「……いえ、置いてけません。付き合います」
「へぇ」
ゆーちゃんの目が怖い……俺に向けられてないのが幸いか。
「私はそろそろ帰るわ」
江ノ島近くに住む店長が帰ると言い出した。もちろん許諾。陽菜も許諾し、財布から万札を3枚取り出してゆーちゃんに渡す。
「え? て、店長奢りですか……? 」
「うん。気にしないで。朝陽くんはうちで4年も働いてくれてるし、陽菜ちゃんも今年で2年目だもんね。お祝いお祝い。ま、朝陽くんが社員になってくれるならもっと嬉しいかな!」
「それはちょっと……」
「もう仕事とか普通に出来るんだし、別になってくれてもよくない?」
「土日祝強制出勤は嫌ですってば……」
「あはは! そっか! じゃ、後は若い御三方にお任せするよ」
「華、また来いよ」
「ありがとうみっちゃん。また」
そうして店長は退店する。いつの間に店長とゆーちゃんは仲良くなったんだ? いやでも、ゆーちゃん昔っから先輩とかにもタメ口で見た目も相まって浮いてたからなぁ。そこを俺ともう1人が拾い上げた(とは聞こえがいいが俺達も浮いてた)感じ。
「高校時代は俺達浮いてたよな〜」
「なんだよいきなり。まぁそうだな。私もお前もアイツも癖強かったからなぁ」
「陽菜は学校大丈夫か?」
「私は大丈夫ですよ! サークルとかも入ってます」
「へぇ、何入ってんの?」
タバコの灰を灰皿に落として、自分もウイスキーを飲みながらゆーちゃんが陽菜にそう聞いた。さっきまでは仲悪そうだったのに。
「テニサーです」
「うわっ。いかにもだな」
「は?」
「2人とも仲良くして……」
前言撤回。全然仲悪い。なんでだよ。
「……」
「先輩寝ちゃいました」
「そうだな」
私は愛煙しているラッキーストライクを吸い終わり、新しいタバコを取り出し火をつける。
「お前さ」
「……はい?」
「朝陽の事好きだろ」
ポロッと、奴の細いピアニッシモから灰が落ちる。
「灰は灰皿の上に出せ」
「それはすみません。なんで分かったんですか?」
「同族だからかな。私も朝陽が好きだから」
「どういう意味でですか?」
「もちろん、恋愛的な意味で。性的な意味でも」
「性的な意味で? 先輩をそんな目で見てるんですか?」
「じゃあお前は見てないのか? カマトトぶんな。こっちまで恥ずかしくなる」
「そういう貴女はオープンですね」
「朝陽は色々拗らせてるからなぁ。鈍感な訳じゃないんだが、灯台下暗しというか、身近な奴が自分を好きだとは思えない質なんだよ」
華と朝陽の分のジョッキとおつまみの空皿を片付けて、時間を確認する。今は午前1時。電車はとっくに無くなっている。
「朝陽は上に泊める。お前はまだ飲むか?」
「何時までやってるんですか?」
「3時だな。17時からオープンしてる」
「ならどうせ電車ないですし3時まで居ますよ。後先輩は私が家まで連れて行きます」
「家知ってんのか? 知らねぇだろ。それにここまで酔い潰れたら移動させんのは危険だって事くらい分かんだろガキ」
「……」
「別に初めてじゃねぇし、今更どうこうしねぇよ。お前の心配は杞憂だ」
「信用なりません」
「朝陽とはたかだか1年ちょいの付き合いのガキが何言ってんだ。こちとら7年目だぞ。優しく言ってるうちに帰れ。嫌ならなんか飲め」
「ビールを」
このガキ、案外粘るな。3時までオープンしてるから追い出す訳にも行かん。どうするか……アイツ起きてるかな。
私はスマホを弄って朝陽と同じ高校時代からの友人を呼び出す。こんな時間だが起きてるだろう。アイツは夜型だ。案の定すぐに既読がついた。
『私の店来い。タクシー代払うから』
『なんだいきなり。わかったよ行くよ』
スマホを置いて、新しいビールをガキの前に置き、私はウイスキーのロックをロックグラスに注いで一息で飲む。
「今から私と朝陽の共通の友人が来る」
「仲間ですか」
「言い方考えろ。まぁ男だから安心しろよ」
「それはそれで女としてどうなんですか……」
「おい。なんなんだよ」
僕、不機嫌です!という感じを隠さずに表に出している159cmの小柄の男。
「よっ、当弦」
男の名は加西当弦。藤沢にある医大の4年生で、22歳。私と朝陽と同い年。当弦、朝陽とは高校入学当初からの付き合いだ。
「よっ。じゃねぇ。僕を態々こんな時間にきったねぇちいせぇ店に入れやがって暇人が」
「相変わらず散々な言い様だなぁ。お前だけ離れたのが寂しいのか?」
「僕帰っていいか?」
「ダメだ」
「そもそもなんで呼び出したんだ?……あぁいや、コイツ……いつものか」
「そういうこと」
当弦は私の少ない男友達で、尚且つ朝陽とも友達なのは当弦だけだ。なので、朝陽が店で酔い潰れた時や二人でオールする時はいつも呼び出して朝陽の世話をさせている。流石に風呂に入れたりするのは私じゃダメだろ。倫理的に。
「あの……」
「あ? ……何? 誰だい?」
「先輩と同じバイト先の朝鶴陽菜です。いつも先輩がお世話になってます」
「あぁそう。僕、加西当弦。じゃ、朝陽上連れてくわ。あっくん手伝え」
「はいはい」
「私も手伝います」
「……」
ガキが朝陽に肩を貸し、当弦も仕方ないというように足を持つ。私は先に上に上がって鍵を開けて、ただでさえ狭い扉を開けて待機。
朝陽と当弦は絶望的な程身長差がある(無駄に朝陽の手足が長い)ので、いつもなら私がお殿様抱っこ(逆転前で言うお姫様抱っこ)をして、当弦に扉を開けて貰うんだが……。
2階に上がり、適当に靴を脱ぎ散らかして朝陽をベッドに寝かせる。
「君、朝陽のバ先の友達だっけ。」
そして当弦が口を開く。
「そうです」
「ふーん。いつから?」
「私が入ったのは去年の2月です」
「君が誘ったの?」
「はい。場所選んだのは先輩ですけど」
「いくつ?」
「20です。今年21になります」
「当弦、気になってんだろ。言ってやれよ」
随分と遠回しな言い方は当弦の悪い癖だ。昔からこの悪癖のせいで友達が少ない。顔はいいんだがな。
「なんですか?」
「いや、お前も朝陽に惚れてんのかと思って」
「……なんでそう思うんですか?」
「コイツ身長高いし、性格良いし、顔も悪くない。勉強もそれなりに出来る。モテる要素しかないから、女は一度はコイツ好きになるんだよ」
「一度は、ってなんですか」
「中身知ったら大抵離れるって事だよ」
当弦の代わりに私が答える。言っておくが、当弦の言う通り朝陽の性格は良い。男のくせに男女分け隔てなく接するし、会った時は危機感無さすぎて「好意」より「心配」が先に来た。まるで今まで女と接してこなかったような無防備さに「小中学校は男子校だったのか?」と聞いてしまったほどだ。小中が男子校なのは無くはない。私達の出身県である神奈川県には例えば湘南白薔薇学園小学校などの男子小学校がある。朝陽曰く普通の小中学校だったらしいが。
「先輩とは1年少ししか付き合いないですけど、気持ちは店長さんに負けてないです」
「言うじゃん。君名前なんだっけ?」
「さっきも言いましたけど、朝鶴陽菜です。陽菜でいいですよ」
「陽菜さん、コイツ奥手だから。グイグイ行けよ」
「私を応援しないのか? 当弦」
「してるよ。あっくんはまず朝陽の前でカッコつける癖やめろ」
それを言われると反論出来ない。男の前でカッコつけたいのは女の性だ。当弦はもう男としては見れない。いや、よくある「コイツ? まぁ弟みたいなもんだよ」がガチで通じる。顔も可愛らしいし、身長も私より15cmも小さい。なにより私にはもう心に決めた人が居る。
「じゃ、いつも通り奢りで飲んでくわ。朝陽の風呂はまた後で」
そう言って下へ続く階段をおりていく当弦の後ろをついて行って、店に戻る。
当弦にカシスオレンジ、ガキにビールを出す。適当な焼き鳥盛りと枝豆、柿ピーをおつまみとして出す。
「なぁあっくん」
「なんだよ」
「今朝、朝陽から変なLINE来なかった?」
「変なLINE?」
「そう。『なんか変わった事ない? 』って」
「……来たかな。来たかも。酔ってたしあんま覚えてない。昨日パチンコで6万負けて酒がぶ飲みしてたから」
「なんだったんだろアレ。さっき気付いたんだよな」
「まぁアイツの『活動』についてとかだろどうせ。朝陽の事だし何も考えてないかも」
「うーん……あ、ごめん陽菜さん。置いてけぼりにして」
「いえ大丈夫です。確かに今日の先輩少しおかしかったですね」
「おかしかった?」
ガキが言うには、いつもなら出勤時間の30分前には着いている筈の朝陽が今日に限って規定時間ギリギリの10分前に来たらしい。仕事上は問題ないが、真面目な彼らしくない、と。更にお客さんに口説かれた時もいつもなら軽くあしらうのに、今日は少しどもっていたそうな。
「ギリギリになったのはまぁあるっちゃあると思うが、どもってた? 朝陽が?」
「はい」
「おかしいな。アイツ昔から口説かれ慣れてるからあしらい方知ってるだろ……」
カシスオレンジを飲みながら当弦がそう零す。当弦の言う通り、朝陽は口説かれ慣れてる。顔、身長、清潔感の揃った初見は一度は好きになるタイプだ。1ヶ月2ヶ月もしてくると……な。
「そういえばなんで中身知ると離れてくんですか? 私、1年以上好きですけど全然嫌いじゃないですよ」
「そうだなぁ……簡単に言えば落差かな」
「落差?」
こういうのは男に任せた方がいい。当弦に任せて、焼き鳥を焼く。
「そう。朝陽はなまじ顔も悪くなくて、身長バカ高くて、清潔で、ルーティーンを欠かさない丁寧な男だからな。幻想抱かれるんだよ。完璧な男だってね」
「それで、その幻想を打ち破られて好意が冷めると」
「そんな感じ」
「言うて当弦もモテるよな」
「僕は可愛がられてるって方が近いだろ」
当弦は気付いてるのか知らないが、私の通っていた高校で朝陽と当弦はツートップでモテていた。片や高身長で無防備な男。片や低身長で身持ちの固い男。ほぼ対極の位置にいた2人が仲良くしている様子は……私には分からないが「尊い」というヤツらしい。何故彼らが私を友達にしてくれたのかは分からないが、気付いた時には二人は「近寄り過ぎると尊くない」とかいう変な理由で友達が出来無かった。私は入学初日の入学式で朝陽に誘われて気付いたら江ノ島に来ていて、当弦も「なんか気付いたら朝陽に手を引かれてた」と言っていた。
「当弦は学校どうよ」
「別に。来年度から医学実習始まるから、その実習先決めたり色々かな」
「加西さんは医学生なんですか?」
「まぁね。勉強が取り柄だから。朝陽みたいに趣味らしい趣味もないし」
夜はまだ始まったばかりだ。