8話 幕間 -命装具-
夢だ、夢を見ている。
あの日、俺の命運を決めた……命装具を授かれなかった日の悪夢を。
現代、全ての人類は数えで5歳、その9月1日に、己の分身ともいえる命装具を授かる。授けてくれるのは人類史の全てを記録している阿頼耶識と呼ばれる装置である。
そのアーカイブ端末に接触することで、ヒトは生涯に一度だけ己の役割に最適な道具である「命装具」を授かる。
口の悪い人間に言わせれば「人生ガチャ」と呼ばれるこの仕組みであるが……人類の英知を結集したこの装置から授けられる命装具とそれにまつわる職業に就けば、例外なくその分野の第一人者ないしは、専門家と呼ばれるほどの能力を発揮する。
詳しくは分からないが、アーカイブ端末は接触することで遺伝子情報の他に、己の裡に秘めた願望や欲望を読み取って個々人にとって最適な道具を選出しているらしい。
また、命装具は個人の成長や意思によっても、サイズや形状をある程度変化させる。であるからして、まさしく相棒、いや第二の自分と言って良い道具なのである。
アーカイブが開発されて以来、命装具を授からない人間はいなかった。それだけに……命装具を授かることができなかった俺は、その時はひどい偏見に晒された。
仲の良かった友人も、淡い恋心を寄せていた女の子も、俺を育ててくれた親さえも……俺を悍ましい化け物でも見るような視線を向けた。
だが反対にアーカイブを操作する技術者はひどく興奮した様子を見せ、戸惑う俺を抱きかかえるや、何処かに向かって走り出した。
その時は酷く恐怖を覚えて、親に助けを求めて泣き叫んだが、俺を五年間育ててくれた親は……既に俺から興味を失っているようだった。多分、この時に俺は親に捨てられたんだと思う。この時以降、親と会ったことはないから。
俺をその場から連れ去った担当者は、怯える俺をなだめすかし――あるモノへ触るように言った。それは、何やら訳の分からない肉塊に刺さった黒い木刀だった。
醜い肉塊とは反対に、黒い木刀には縦に赤青緑黄の幾何学的な筋が通る綺麗なモノだった。俺は吸い寄せられるようにその木刀を触り…………そこから意識は途切れている。
なんだか男女両方の声を聴いたような気がしなくもないが、今もその内容は思い出せてはいない。
十年以上前の出来事なのだ。毎回、医者先生に聞かれるが、覚えていないと返すのが常だ。
なんにしてもだ……それ以降、俺はこの基地で暮らす様になり、寿命を削って魔法?を使う羽目になっている。多分、お役目が果たせなくなった時、俺は――
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「また、あの夢か……いい加減にして欲しいぜ」
カーテンから漏れる陽の具合から察するに、今は午前5時くらいだろうか。夏場の今、じっとりとした湿気とセミの鳴き声がうっとおしい。腕時計に搭載されているAIに、空調と照明を点けるように命じると、1秒と経たずに命令を実行する。
この腕時計、風呂に入る時は勿論、寝ている時までつけていないといけないのは面倒であるが、コレがないと基地の全ての装置使用がままならなくなる。
体内埋め込み型というヤツもあるのだが忌避感があるし、指輪式はなんか端末操作の邪魔になるので俺は腕時計式を選択している(実はホログラムで色々表示してくれるのも密かに気に入ってはいたりする)。
さて、少し早いが食堂で食事を摂って、今日も一日頑張るとしようか。