7話 整備兵
油臭い格納庫に辿り着くと、俺達の乗機である複座型キャリバーを目指して歩く。
この基地はなにも複座型キャリバー専用ではなく、多くの単座型キャリバーの基地でもあり、それなりに多くの人員機材が配置されている。
まあ俺達は特殊な部類に入るので、やっかみを受けたり、敬遠されたりの腫物扱いではあるが、整備に関しては最高のモノを受けられていると思っている。
そして件の複座型キャリバーであるが……各坐状態から、各部をワイヤーで吊られた操り人形状態になっていた。無論、変に拘束されているのではなく、分解整備をするのための必須な状態である。
その周りでは件の双子整備士が情報端末を片手に、なにやら激しく言い合っていた。
あの様子では、下手に割り込むと禄でもない事になるのは目に見えている。しばらく様子を見て、折を見て報告書を渡すのが良いだろう。
――改めて俺達の乗っているキャリバーを見上げる。
全高は約10m、重さは10~12tの間……だったかな? それは普通の単座型キャリバーのスペックであり、これは複座型なので他のキャリバーよりもちょっと大きく重かった筈だ。
搭乗型のロボットというと、重機のようなずんぐりむっくりしたモノを思い浮かべるかもしれないが、目の前のコレは、洗練された八頭身のヒト型をしている。
転倒による自身へのダメージを考えると、もっと重心が下にくるような設計が良いのだろうが、優れたバランサーを搭載させたことで、その倒立に不安定な状態を推進力に変えているらしい。詳しいことは分からないが、高下駄理論とやらが使われているとのこと。
なんにしても、凶悪な攻撃力を持つ魔獣や月光獣が相手ではどれだけ厚い装甲を纏っても意味はなく(なにせ5cmの鉄板を易々と切り裂く)、動き回って避けるのが効果的であるということはヤツラと戦い続けた人類史が証明している。これでグレートリバース前の、砲撃やら爆弾が使えたら話が変わってくるのであろうが……こちらの事情は魔獣や月光獣からすればどうでもよいことでしかない。
そんな事を思いながら見上げる俺を、キャリバーの頭部に在るツインアイが無機質に見下ろしている。
なんでこんな格好良くて綺麗なヤツで戦闘をする事になっているのか……いや、それこそがヒトの業なのか?
ヒトの最大の力は、体の外に記憶を作れることだ。
もっと言うなら知識、技術……即ち、文字の発明だろう。口伝だけでも他の生命体に対して大きなアドバンテージを持っていたが、文字の出現は更に大きな社会――文化を創るに至った。文化はこの星の他生命体には作り得ない、最大にして最高の武器だ。これを得たことでヒトは生態系の頂点に立てる事ができ、他全ての生命体の『敵』且つ『保護者』になるしかなかった。
だから、外敵が現れた時に戦うのは人類であるし、その戦いの技術結晶たる兵器が目の前のキャリバーなのだろう。
「あーッ、やっと来た!」
「おそいぞ、何をやっていた。報告書は出来ているんだろうな!?」
ようやく言い争いをやめた双子整備士のスラシル(女)とリーヴ(男)が、俺に気付いたようだ。己の命装具であるスパナやレンチを振り回して迫って来る。
多少、身の危険を感じないでもないが、彼らにとっては何時ものことだ。
手に持った端末を掲げると、一応は大人しくなったが、早く見せるように促してくる……というか、ひったくられた。
「あーん? なるほど、やっぱりか。とっこんだ時の無理な姿勢制御、それに、月光獣を切り裂いたときの回転斬り……相変わらず、無茶をしやがるぜ。そりゃあフレームも歪むってもんだ」
「それもそうだけど、その後の戦闘も……なんで腕も足も千切れてないのよぅ。最大限、無茶をしたって感じね。機体の性能を限界近くまで引き出してくれてるのは嬉しいけど……引退したらテストパイロットにでもなるつもり?」
「はは……俺は彼らのような命知らずじゃありませんよ。そもそもアイツもオレも……長くはないでしょうし、コイツと一緒に地獄へ行くのが関の山ってところでしょう」
そう自嘲すると、双子が本気で怒った。
「馬鹿ッ、アホゥが、なにを死ぬ心配をしているんだ! オレ達が最高の整備しているんだぞ! 必ず生きて帰れ!」
「そしてデータを提出しなさいな。次に出撃するときはそれに耐えられる機体に仕上げて見せますから……死ぬなんて事、絶対に言わないで」
「…………悪かったよ、ゴメン」
彼らも、食堂のアルベルト達と同じく、帰って来なかった搭乗者と幾ほどの別離を経験してきたのか。それを考えると無神経な発言だったな……反省。
「さて、それはともかく、報告書に書いた事以外で質問はないか? もうそろそろ規則に決まっている就寝時間が迫っているから、あまり時間は取れないケド」
「ああ、それなら一番最初の魔法砲撃の時の機体へのフィードバックについて聞きたいな」
「いいえ兄さん、その後の魔法による特攻をどうやって姿勢制御したのを聞くのが最初でしょ?」
わいわいと、質問をしてくる双子(同じ整備服と整備帽を着用していてあまり区別がつかない)の質問攻めを受けながら、今日も定時就寝は諦めた方が良いかなと溜息を吐くのだった。