6話 報告
とりあえず報告書の体は整った。報告があまり遅くなると呼び出しを受けてしまうかもしれない。そうなったら面倒だし、最悪、他の報告書の作成を命じられるかもしれない。
気は重いが指揮官殿の下へ出頭することにする。
時間は19時を回ったくらいで、居住区の辺りからは生者の喧騒が聞こえてくる。今日という日を生き残ったキャリバーの搭乗者が食堂で謳歌しているのだろう。
ちなみに魔獣は夜も襲ってくるのだがキャリバーにとってはそれほど脅威ではないし、脅威となる月光獣は昼間しか来訪しないから、最低限の員数を残して夜はゆっくり休むことができる。
『キャリバー』が開発されるまでは、全て人力で防衛を行っていたというから……いや、よく人類は絶滅しなかったものだと感心する。そこには伝説に謳われる『魔女』の貢献があったとか言われているらしいが伝説の域を出ない。
複座型キャリバーに乗って『魔法』を使っている俺が魔女の存在を疑うのかと言われると、何も言い返せないが……アレは魔法の名を借りた何かの技術じゃないかと思っている。
キャリバーの動力源である『対消滅電池』や、搭乗している『慣性緩衝コックピット』、搭乗者の意思を伝える『命装具』に……そもそも『キャリバー』自体が理外の存在である。そこに魔法が加わったところで、ああそんな技術もあるんだなと理解を諦めるしかない。
自分が使っているモノが、原理の知れない物で溢れていることに薄気味悪さを感じるが、魔獣や月光獣との戦闘で欠かせないものであることである事は間違いない。自分の感情を騙しながら生きていくしかないのだ。
そんな事を考えて回廊を歩いていたら我らが指揮官、エミリアどんの居室に辿り着いていた。
流石に医務室の時と同じ間違いを起こすことはできないので扉をノックして返事を待つ。ほどなくして何やら切羽詰まったような感を含んだ声で入室の許可が聞こえたので、訝しく思いながら扉を開けた。
で、そこには全身下着姿のエミリア指揮官と、これまた上半身裸のカシマ23号が……手四つの状態で力比べをしている状態であった。
脳味噌が目の前の状況の理解を拒もうとして、しかし、なんとか声を絞り出す。
「――出直し、ましょうか?」
「ヨシッ、いいところに来た、17320号! 手伝えッ、今日こそフミ君を私のモノにするっ! このっ、いい加減あきらめたらどうだ!?」
「助けてください兄さん! このヒト、明らかに暴走してますっ、副官権限で鎮圧を要請します!」
「何を言う、私は君に対しては何時だって真摯な想いで接しているじゃないか! 副官権限は凍結だっ、コレは純然たる部下とのコミュニケーション、すなわち愛だ! 大人しく純潔を捧げるがいいっ」
「言っている事とやろうとしていることが、完全に暴走しているじゃないですかっ! 兄さん、お願いですからこのヒトを止めてください」
「邪魔するな、そして私に協力しろっ! さすれば時給のアップも考慮してやらんでもないぞぅ!」
ぅーむ。
時給のアップは魅力的ではあるが、この状況……明らかにエミリア殿が暴走しているな。どうしてこうなったのかは分からないが、相棒を助ける方が正解だろう。
おれは全力で力比べをしている両者(半裸)に近づくと、エミリア殿の首筋に手刀を落とした。割と本気で。
すると、結構な勢いでエミリア殿は床に叩きつけられ、びったーんという音と共に沈黙した。
やっべ、本気で叩き過ぎただろうか?
だけど、頭に血が上っている怪物に生半可な攻撃を加えても激高するだけだろうからなぁ。
俺は肩で息をしているカシマ23号を横目に、下着姿のエミリア殿を抱えると、あまり肌を直視しないように備え付けのベッドへ運び、シーツを掛けた。
おでこは真っ赤になっているが、鼻血は出ていないしそれ以外の外傷もなし、と。これくらいだったら教育的指導の域を出ることはないだろう。
「今日の報告の為に報告書を作って持ってきてんだが……今日は無理だな、退散するか。カシマ23号、お前はどうする?」
「ぼ、僕も一緒に退散しますよ! ここに居たら、また襲われかねませんから」
「……俺はともかく、何でお前は此処にいたんだ? 特に用事は無いだろうに」
「いやその、僕の残りの稼働時間について情報共有がしたいと言われまして……実際に触診もしたいと言い出したところで、身の危険は感じたんですが……」
「今度からは、医者先生に立ち会ってもらうんだな。流石に無防備過ぎるぜ」
「……ゴメンなさい」
「いや、お前が謝る事じゃないよ。全部、この怪物殿が悪いんだ」
再びベッドに目を遣ると、パツキン美女が口の端からよだれを垂らし、だらしない笑顔を浮かべている。
夢の中でカシマ23号と組んでほつれてをヤッているのだろう。
美女がヤる気満々で無防備な姿をさらしていると、朴念仁と呼ばれている俺であっても変な気分になって来るので、宣言通り早々に退散することにする。
エミリア殿の居室を揃って出たところで、カシマ23号に質問を受けた。
「兄さんはこれから休むんですか?」
「いいや、この報告書をもってあの双子の所へ顔を出さないとな。今日は随分とキャリバーに無茶をさせたから、データを補う俺の報告を今か今かと待ち構えているだろうさ」
「だったら僕も、」
「いや、お前はあの部屋へ行って早く休め。俺達にはあまり時間が残されてないんだから、それを縮めるようなことは慎むべきだ。俺はまだまだお前と一緒に戦いたいと思っているんだ」
「……その言い方はずるいですよ」
そんな俺の言葉にカシマ23号は素直に引き下がり、「おやすみなさい」と言って、専用の休憩室の方へ歩いていった。
さて、俺も疲れているから手早く用事を済まさないと明日に差し支える。ただ、あの双子に捕まると長いんだよな……。
俺は手で頭を掻くと、キャリバーの格納庫の方へ向かった。