4話 食堂にて
思わぬロマンスを見かけてしまったことで、少し時間が経ってしまったが、エミリア指揮官の説教を受けるためにはエネルギー補給がどうしても必要だ。医務室で頂いた処方薬を左手に持って食堂へ向かう。
他の基地の食堂はどうだか知らないが、俺達の所属する基地ではほぼ24hr営業している。さすがに深夜はパンやおにぎりしか置いていないが、不夜城となっているこの基地の皆が飢えることが無いように食事を準備してくれている食堂の皆さんには感謝しかない。
ただまあ……俺はかなり特殊な立場であるために腫れ物扱いを受けており、顔を出すのは少し憂鬱ではある。それで腹の虫が鳴るのを我慢するほどヤワな性質ではないが。
リノリウムの回廊を更に居住区の方へ歩いていくと、いい匂いが漂ってきた。今日は何かの肉の生姜焼きらしい。
なお、今の時刻は16時頃で、早いヤツなら既に食事を摂っている時間であるが、これから混み始める前の、給仕を待たされることのない狙い目の時間帯であったりする。
食堂に入って行くと……俺を見かけたヤツが軒並み談笑をやめて食事に集中するふりをするのは、やはり悲しくなる。命装具を持たなければ魔法を使えない限定魔法使いのどこが怖いのか。
まあいい。難癖をつけて来るよりはマシである。さっきから腹の虫は泣きっぱなしだし、とっとと飯を食ってしまおう。
そんなワケで、カウンターに並べられた食事について一品ずつトレイに乗せていく。
汁物と主食だけは担当者から配膳して貰えるようになっていて、今日は有難いことに俺を怖がらない唯一の食堂勤務担当者――アルベルトだった。
「ようっ、今日モ無事帰ってきてくれたンだな! ありがとヨ、朝みたイに大盛にしておくか!?」
「ああ! 頼むよ、魔法を使った所為で、腹が減って死にそうだ。お代わりも出来るよな?」
「まかせトけって! 現場のニンゲンに腹を空かしたままにさせルのは食堂で働くモンの名折れってヤツだろ? オレの主任権限で何回も大盛にシテやるって!」
そう言って陽気に笑う白いエプロンをしている男は、歳が近くて付き合いも結構な長さになるアルベルトだ。
この国の出身ではなく、別の国からこの基地に流れ着いたようであるが、陽気で話しやすく、ちょっとだけ変なイントネーションも味になっている面白いヤツで、そのルックスの良さもあって男女ともに人気な野郎である。
面白いのは、コック帽の代わりに手のひらサイズの生きたトカゲを頭に載せているってところだろうか? いや、トカゲには翼が無いから、ちびドラゴンとでも呼ぶべきか? ただ、コイツの事にちょっとでも触れると、アルベルトが無表情になって爬虫類のようにじっと見て来るから何も聞けないんだよな。
ちびドラに触ろうとしたお偉いさんが、アルベルトにまたぐらを蹴られて天井に突き刺さった……何て話もあるくらいだ。いや、それ以外は本当にいいヤツなんだよ?
ま、そんな事はどうでもいいか。今は魔法を使ってとにかく腹が減っているのだから食欲を優先させねば。
アルベルトに配膳の礼を言って席に着くと、先に薬を服用した上で、俺は猛然と食事を摂り始めた。
勿論、一食分では到底足りないので、2回、3回とお代わりした事で、何とか腹が落ち着いた。現場で働く人間用に一人前でも結構な量があるのだが、それを毎回3人前を平らげる俺もいつもの事だ。
空になった食器とトレイを所定の場所に返すと、嬉しそうな表情をしているアルベルトに黙礼をして食堂を去る。
現場――魔獣や月光獣と戦う俺達はいつ死んでもおかしくない。もしかしたら無駄になるかもしれないと思いつつ、食事を作り続ける彼らに応えるには何が必要なのか?
いつも通り帰って来て飯を美味しく頂く……それだけだろう。
「俺達に出来る事は死なずに戻ってくることだけ……なんてな」
「なぁーに恰好をつけているんですか、17320号! よくも見捨ててくれましたね!? エミリア女史が見かけたらすぐに部屋へ来るように言っていましたよ! ちゃんと伝えましたからね!?」
「カシマ23号か……言い難いが、飯を食うより。シャワーを浴びる方が先だと思う」
「!? ……っ、ぎゃーッ、なにしてくれてるんだあの女は!!!」
ぷりぷりと怒りながら食堂に入って来たカシマ23号であるが、顔面の至る場所にキスマークを付けたまま食事をするのは如何なものかと思い、ポケットに入れていた手鏡でその部分を写して見せると、この世の終わりみたいな悲鳴を上げて居住区の方へ走り去ってしまった。
悪いことは……していないよな? しかしあの変態女殿は、そろそろ制裁が必要かもしれぬ。
腹も満ちて準備が出来たし、カシマ23号の為にも一言言ってやるべきかもしれないな。
そんな事や、今日やらかした言い訳を考えながら、エミリア指揮官の居室へと向かった。