3話 医者先生
カシマ23号を生贄に差し出し、俺は医務室へ向かった。魔法を使った後の検査はある意味義務化されており、これをすっぽかすと後で自分に負債として帰って来る。
油臭い格納庫を出て、リノリウムが張られた回廊を独り歩く。基地の中は一部を除いて土足なので、AIロボットによる清掃効率がよい素材が使われているのだ。
LEDの光源に照らされた回廊を居住区の方へ歩くこと少し、目的の医務室に辿り着く。医者先生が居る事を勤務札で確認し、ノックした上で部屋の扉を開けた。
んで、女医が椅子に座る男の薬剤師に乗っかっているのを見て、即座に扉を閉めた。
…………どうやら不味いタイミングで訪れてしまったらしい。
いや、特に服を脱いでいたという事は無かったので、アレな状況に踏み込んだという事はない――ないよな?と、思いたいが、いい雰囲気の所を邪魔してしまったのは確かだ。
いや、勤務中に何をやっとるんだと言う事は横に置く。誰にとっても愛を確かめ合う時間は貴重だ。それに返事を聞かずに扉を開けてしまったという負い目もある。
このまま去ろうか、それとも少し待っていようかと迷っていたら、件の扉が開き、出て来た薬剤師の男が頭を掻きながら申し訳なさそうに言った。
「えーと、ゴメンね。変な所を見せちゃって」
「いや、その……こちらこそ、申し訳ない。暫く時間を置いてから出直しましょうか?」
「とんでもない! 患者の健康が優先だよ。さ、入ってください。先生も待っていますので」
正直なところ、親交を深めている場に踏み込んだ除き屋の気分である。
女医の先生も絶対に気分を害しているよなと思いながら部屋に入ると、案の定、凄くふくれっ面をした先生が椅子に座って俺を睨んでいた。
白衣に眼鏡、そして黒髪をアップに結んだ純和風美人の彼女に強く睨まれると、変な気分になってくるが……邪な気持ちになる事はない。
何せこの女医と薬剤師、基地では有名なオシドリ夫婦である。
年は20歳を少し超えたくらいで臨床経験はそれほど無さそうなのだが、女医の先生は内科も外科も問わずに診療を行い、薬剤師の先生は必要な薬を処方するのは当然の如くに行い、全身麻酔も行える薬剤師と言うよりは専門医のような立場である。
いずれにしても、基地に居る誰もが頭が上がらない医者夫婦で、そんな世話になっているヒトのアレな場面に踏み込んだと思うと、生きた心地がしなかった。
ただまあ、彼女も勤務中に不味いことをしていた意識はあるようで、溜息を一つ吐いた後に対面の椅子に座るよう促してくれた。
「それで……17320号だったな? 出撃後のいつもの検診……ということでよかったか?」
「ええまあ。ですが、いつもの事ですし、薬さえいただければ」
「馬鹿を言うなッ、検診もせずに薬だけ出すような医者がいるか! いらん遠慮はせずに、早く診せろ」
怒られた。そりゃあそうか。
彼女の指示に従って上半身裸になり、色々と検査をしていった後、検診の結果を聞く。
「結果はまあ、いつもと同じだな。自分のモノじゃない命装具を使ったことによる反動……先の診断の時から、確実に体へダメージがより多く出ている。夫の作った薬を飲んで、出来れば二、三日は何もせずに養生しろ、と言いたいところであるが……」
「無理、ですね。自分がやらないと他のヒトが死ぬ確率が上がる。命が惜しくないと言えば嘘になりますが、飼い殺しにされるよりは、やりがいを感じる仕事を可能な限り続けたく思います」
「……デッドラインは私が判断して、お前の上司に伝えるからな。絶対に出撃後は此処へ顔を出す様に」
「分かりました。今日もありがとうございました」
どうやら診断は終わったようで、また、その間に必要な薬の処方も終わっていたようである。見るに、薬の成分は同じだが、一回に飲む量だけは増えているようだった。
「キョウコの診断結果から、量を増やすことにしたよ。一日三回、食事前に飲めば……血の味がすることはないだろう。飲み切ってもまだ血の味がするようなら、尋ねて欲しい」
「分かりました。いつもありがとうございます」
薬剤師の先生にも礼を言って立ち上がる。診断を受けている間、腹の虫がまだかまだかと鳴り続けていたのだ。早く食堂に行って腹の虫が満足するまで食事を摂らないと。
しかし、急いで食堂に向かおうとする俺を医者夫婦が引き留める。
「あー、ひとつだけ。今度はノックしたら、返事を聞いた上で扉を開けてくれ」
「ゴメンね」
「……了解です、先生方」
勤務中にそういうことをしない、って発想はないんだな。まあ、いいけどさ。頼むから……勤務中に合体だけは避けて欲しいなと願うばかりである。