2話 帰還
敵性生命体の掃討を終えた俺達は所属する防衛組織の基地に帰還した。
機体を所定の位置に移動、各坐させた後に各部関節を固定し、コックピットハッチを解放する。圧搾空気が抜ける音と共に内部の加圧空気が外へ流れていき、その代わりに新鮮……いや、油臭い基地の匂いが流れ込んでくる。
キャリバーの空気清浄機で清潔に保たれていたコックピット内の空気に比べて清潔度は比べる気にもならないが、この匂いを嗅ぐと今日も無事に帰って来られたんだという実感が湧く。
座席からゆっくりとパイロットスーツを引き剥がす。そして先に格納された昇降ワイヤーに足を掛けて機体から降りる相棒に続き、俺はハッチから飛び降りた。
片膝をついて着地し、ゆっくりと立ち上がる俺に、相棒であるカシマ23号は呆れ顔だ。
「17320号、いつか怪我しますよ。甲式兵装を使って体にガタが来てるでしょう? その後も丙式兵装を月光獣にばら撒いてたし……大丈夫ですか?」
「さっき言ったろ? 魔法に持っていかれる分、腹いっぱい喰っといたからそんなに消耗はしてないよ。まあ、今は凄く腹が減ってるけどな。報告書を提出する前に飯を食えたらいいんだが……」
「それはどうでしょうね……最初の射撃も計画とは違う行動をしちゃいましたし、その後の丙式兵装の使用は無許可でしょう? 反省文で済めばいいですが」
「現場の判断ってヤツよ。しかし……う~ん、言うようになったな、お前も」
「ちょっ、やめてくださいっ、汗がついちゃうから! エミリア指揮官にも、怒られちゃいますよ!?」
俺よりも頭二つ分以上に低い位置にあるカシマ23号の頭、そのおかっぱに切り揃えた髪をくしゃくしゃと指でかき回してやると、嫌そうな表情を作り、そんな事を言ってくる。
確かにエミリア指揮官の愛しの君に、こんなことをやったら何を言われるか分からない。しかし、最初に会った頃のコイツの無表情っぷりが、こうも感情豊かになると感慨深くて、つい手を伸ばしてしまっていた。
実のところ、組織の中の階級は俺の方が下なのでこんなことをしたら不味いのだが……それなりの時間を共に過ごしたことで、俺達の間ではそんな遠慮はなくなっていた。
ただ、それを快く思わない人は居る。もちろん、それは指揮官のエミリア殿だ。
ハイヒールでコンクリ床を鋭く穿つ音と共に現れ、タックルでもするようにカシマ23号へ抱き着いた。
「大丈夫か、フミ君! ああ、ああ、凄く頑張ったんだな! こんなに汗だらけになって、何ていい匂いなんだろう! ふほぅ、すこーふ……天上楽土とはこのことよな!」
「うわぁっ、毎度毎度、なんてことをするんですか! やめてくださいって何度も言っているでしょう!?」
うーむ……ぴっちりパイロットスーツのおかっぱ少年、そんな彼に抱き着いて匂いを嗅ぐ、白制服のパツキンダイナマイトボディ美女か……何度見ても犯罪臭しかしないぜ。
アレで指揮官能力には定評があり、高給取りで、見た目は完璧と……性癖さえまともなら引手あまたなんだろうけどなぁ。彼女のストライクゾーンは14歳未満らしいので何とも勿体ない事である(本当は10歳未満がベストとかバカみたいな話を聞いたこともある)。
ともあれ、アイツに夢中になっているなら好都合だ。静かに消えさせてもらおうじゃないか。
正直、魔法を使うと体の中からカロリーと言うか生命エネルギー?を、しこたまもっていかれるので、戦闘後は凄く腹が減るのだ。
因みに戦闘後に食事を摂れないヤツは、やせ細っていって病院行きとなる。
あの気色悪い外見の魔獣や月光獣を相手に大立ち回りをした上で、グロイ部分も至近距離で見ればそうなるのもしようがないと思える部分はあるのだが……。
――と、そうやって気配を背景と同化して逃げようとしていたら、エミリア指揮官に見つかった。
「どこへ行こうとしているのだ、17320号! 貴様には言いたいことが山ほどあるのだ。勝手な計画変更、無断の兵装使用、そしてなにより私のフミ君を触った罪! ……まあいい、補給と機体の整備が済んだら私の部屋に来い。いいな?」
「イエス、マム! では後程!」
「ちょっと、兄さんっ、見捨てないで!」
わりいな、カシマ23号。後で埋め合わせはするから、今は見逃して欲しい。
腹が減っては戦は出来ないと言うが、まさにその通りなのだ。エミリア殿のお説教は大変厳しいので、体にエネルギー補給しておかないと本気で倒れかねない。
変態女に、体を弄られながら汗の匂いを嗅がれるという、思春期の少年にとっては間違いなくトラウマになるであろう行為を受けて涙目になっている相棒を尻目に、俺は医務室へ急いだ。
……飯よりまずは、薬を貰わないと。今日は魔法を使い過ぎたぜ。アレを飲まないと血の味しかしないからなぁ。