14話 事後
甲式の魔法を使った後、体力を根こそぎ持っていかれて気絶するというのは割とある……とうか殆どの場合で倒れていた。あの献血を何十倍に拡大したような感覚は筆舌に尽くしがたく、気絶ばかりでカシマ23号には負担を掛けまくっている。
ただし、今回のは体力を持っていかれたと言うよりは、魔法使用の過負荷に身体が耐えられなかったと言うのが正しいだろう。正直、想定していたよりも何十倍もの威力でフィードバックも相応だった。巨大月光獣が単なる熱量で蒸発するとか、爆発でキノコ雲ができるとか、全くの想定外だ。
理由は分からない。
三日前に限界を超えて魔法を使ったから体が順応して威力が上がった……そんなワケはないだろう。質量保存の法則は絶対だ。負荷に体が慣れるということはあるだろうが、更なる代償無くして魔法の威力が上がるなんて事はあり得ない。
ありえないが……じゃあ実際に起こったあの現象はなんなのか? 分からない……まさか本当に外気功に目覚めたとか――なんて事はありえないな、そんな都合のよい事があってたまるか。
分からないことを報告するのは億劫だな――と、そんな思いを抱いて寝ていたら、体が急に覚醒した。
「……さんっ、兄さん、大丈夫なんですか!? 応えてください、兄さん!!」
「……ああ、問題ない。なんとか生きてるよ」
覚醒したと言うよりは起こされたと言うべきか……カシマ23号の甲高い声が、起き抜けの体には厳しく刺さる。
まだキャリバーの中で……うん、固定用のアンカーも解いていないって事は、爆裂魔法の行使からそれほど時間が経ってはいないのだろう。
「よかった……あんな強大な魔法、その躰で使うのは無謀過ぎますよぅ、死ぬ気ですか!?」
実際、30分前までは病室のベッドで死にかけていた身としては何も反論できない。
正直、死ぬ覚悟でこの任務に挑んだし、エミリア指揮官もそれを悟りつつも俺を送り出した。生き残れた理由は全く不明だが、まさに九死に一生を得たと言って良いだろう。
「結果良ければ全てよし、だ……目標の巨大月光獣は撃破したし、味方の損害は最小限に抑えられた。ギリギリで区外への進行も食い止められたし、文句はねーだろーさ」
「……報告書、僕は何もフォローできませんからね!」
「…………やっぱり?」
まあ、そうだろうな。
本来ならもっと月光獣に近づいて、攻撃を避けながら本体へ甲式魔法をぶちかます予定が、遠距離からの魔法の連打、それも今までにない威力で仕留めたとなれば……しかも、俺が衰弱しきっていたというのは誰もが認識していた事だ。
何が何だか分からないというのがカシマ23号の思う所だろう。俺自身も何が何だか分からない……と言いたいところだが、そうは問屋がおろさない様だ。
全周囲モニターの真正面の一部が切り替わり、引きつった笑顔のエミリア指揮官が現れる。
「17320号、病み上がりの体でよくやってくれた。基地幹部の方々も大変喜んでおられる。しかしそれは別として先ほどの魔法について各方面から問い合わせが殺到していてな……ぜひ納得のいく報告書を提出してもらいたい。よろしく頼むぞ」
それだけ言うと、エミリア指揮官はモニターから急いで姿を消した。よほど外部からの対応に苦心していると見える。
「俺、疲れてるんだけどな……」
そんなつぶやきは、誰も答えることなく露と消えた。ただ一つ、黒木刀が一瞬だけ虹色に輝いたことを除いて。だが、それに気づいた者は誰一人としてこの場にいなかった。
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その夜。
何とか報告書をでっちあげて説明を無理やり終わらせた俺は医務室で横になっていた。
何せ、死にかけで戦場に出て、命に関わるだろう甲式の魔法を再び使ったのだ。本来なら問答無用でICUに放り込まれるハズだったが、意外にも元気という事で報告書を作った後は色々と検査をさせられた。
とりあえず、命に関わる症状はないと診断されたが、自室に戻る事は禁じられ、こうして医務室に監禁されているというワケだ。
んで、そんな状況で俺は悪夢を見ていた。
それは命装具の黒木刀を持たされて、小型魔獣と延々と戦うと言う変な夢だ。
なんだか、この夢で魔獣に殺されたらそのまま死にそうな予感がして必死に抗った。この日ほど登って来る朝日に感謝したことはない。
もしかして、これが魔法の威力が上がった代償なのだろうか? であるなら、命を拾った分、安い買い物なのかもだが――これがずっと続くと言うのなら、ちょっと考えさせてほしいんだが。
そんな事を思うと、手にする黒木刀がビカビカと光って頭をド突こうと襲ってくるから参った。
この命装具、ずっと来歴を無視して使ってきたが、そろそろちゃんと調べてみるのもいいかもしれない。




