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12話 浸食


 この体の持ち主はアホだ……というのが顕現して一番最初に思った事だった。


 だってそうだろう?


 キャリバーという機械仕掛けの甲冑で身を鎧っても、これだけ痩せ細っていたら動くのも儘ならないし、下手をすれば自律運動――戦闘機動の反動で致命傷を負いかねない。しかもこんな状態で甲種の魔法を使おうなんざ……自殺志願者だ。


 こんな状態で出撃しようとしたやつもアホなら、それを許可したヤツも相当なアホだな。もし俺が責任者だったら、許可出したヤツら全員をクビにしていただろう。


 あの人たちは自殺志願者を戦場へ送り出すために、コイツを作ったんじゃないってのに……時が経てば理念も、何もかもが風化していくのか……。


 それはさておき、えぇと……おい、黒木刀! いいかげん、気に入らないヤツを殺そうとするのはヤメロ。ぐねぐねうねっても誤魔化されちゃやんねーぞ、この野郎。あん? 剣士じゃないヤツに握られるのは絶対に嫌だ? 馬鹿め、俺よりも何十倍も娑婆で過ごしていてそんなガキみたいなことを言っているのか。今が違うっつーんなら教育するんだよ。分からんと言うなら、キーワード『光源氏計画』でアーカイブにアクセスしろ、お前なら簡単にできるだろ。


 とにかくだ、今回はちょっと手助けしてやれ。ガッツだけは一人前にあるようだから、剣豪にしたいっていう、お前のしごきにも耐えられるだろ。


 ああ? 俺がずっと顕現してればいいって? 何度も何度も……アホかお前は! 俺はあっちにいる嫁さん連中のご機嫌取りで精一杯だっつーの!! 今だって無理して出て来てるんだ。あと30秒もすれば怒り狂ったエレメント全員が顕現して、この国全部を焼け野原にしちまうわ!


 ……そういうことだから、俺はもう帰る。後はこれまで通り、よろしく頼む。なに……もう、そんなに待たせることはしねーよ。もう少しの間だけ辛抱してくれ、相棒。




---




 ……少し意識がとんでいたようだ。


 命装具の黒木刀を握ったら凄く眠たくなって……気絶したらしい。しかしまだカシマ23号がキャリバーに乗り込んでいないということは、気絶していた時間は一瞬だったらしい。


 そして件のカシマ23号であるが、数瞬の後にキャリバーへ乗り込んで来て俺を見るや、ぎょっとした。


 なんだ、俺の痩せ具合――モニター類のバックライトに照らされ、改めて瘦せ衰えたのがハッキリ見えて、今更ながらに驚いたってところだろうか?



「にいさ、いえ、17320号、その髪の色は……」

「髪? ……おお! なんじゃこりゃ、全部白くなっている、だと」

「気づいてなかったんですか……」



 全周囲モニターの一部を鏡にしてみると、そこに写ったのは肌の色も、髪の色も白い、病人の顔だった。


 あれま。病室で見た時は黒かったハズなのに……死への恐怖で体が勝手に反応したのかね。無精ひげも他の体毛も白くなっているし……なんだか滑稽で笑えてくる。



「なにを呑気に笑っているんですか! やはり体への負担が大きすぎたんですっ、今からでも」

「それはナシだ、カシマ23号。たかが髪の色が白くなっただけで任務を放棄するなんて出来ない。今も命を賭して戦っている仲間に申し訳が立たないぜ」

「それは……しかし、アナタは何故、そんなにも自分の命に無頓着な……!」

「俺は単に、自分のできる事を精一杯やっているだけだ。あと……俺よりも若いやつらを先に死なせるワケにはいかないって、俺の勝手な制約……しかし、絶対に破るつもりはない。ハハ、そう心配するなカシマ23号、コックピットに座ってから、なんだか凄く調子がいいんだ」



 嘘ではない。


 いつもなら黒い木刀を握る感覚は――例えるならバラの茎や蟹を直接握るような幻疼痛を感じるのに、今は猫や犬の手を握るような、ほのかな温かみさえ感じる。それに伴って体の奥底から力が漲って来るような感覚さえもある。


 理屈は分からないが、逆転現象が起こっているのだろうか? 三日前の魔法でカロリーを過剰に使ったから返してくれている、とか?

 

 なんにしろ、有難くはある。ここで命を落とさずに済むかもしれないのだ。


 

「本当に大丈夫、なんですか?」

「ああ、いままで俺がお前に嘘を言ったことがあるか? 俺は相棒に嘘はつかないよ、それだけは信じて欲しい」

「……ずるいなぁ」



 カシマ23号に心の裡で謝りながら、コックピットのハッチを閉め、続いて出撃態勢を整えていく。元より対消滅電池の灯を落とさずに整備をしていたから準備を整えるのは早かった。


 さあ行こうじゃないか、苦戦している盟友たちの下へ。仕留めそこなった巨大月光獣が待っている。


 今にも発進しようとしていた俺達であるが、管制室へ移動したエミリア指揮官から通信が入った。



「二人とも、準備はできたようだな。未だ巨大月光獣は区域内に留めているが時間の問題だ。貴様らによる早急な駆除を期待する。駆除できた暁には前々から申請しているアレ……そのキャリバーへ正式名称が与えられるだろう。以降は『EXキャリバー』の名で呼ばれることになる、奮起を願うぞ!」

『………………』



 なんだか、やる気が急激に減退したのは俺だけではないようだ。


 EXキャリバーとか……いやー、ないわー。名称の変更申請と、変更する名称を帰ってくるまでに考えておかないと。


 三日ぶりに俺とカシマ23号は心を一つにして、基地から発進した。


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