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11話 搭乗


 医務室を出た時には立つのも辛かったが、格納庫に着く頃には一人で立てるようになっていた。


 全てエミリア指揮官の柔肌のおかげ……なんてワケはなく、女医先生が点滴パックを最上位のモノに換えてくれたおかげである。意識が無いときは危険で使えないモノらしく……事実、パックを換えてから心拍数が凄い事になっているし、鼻血が出そうなくらい頭に血が昇っている気がする。


 しかし、魔法を使えずに衰弱死するよりはマシだろう。今なら甲式の魔法をギリギリ使えそうな気がしている。医務室の全身鏡を見て、目方で2~3割体積が減った自分を見た時は……正直、死を覚悟したものだが、上手く行けば生き残れる目があるかもしれない。


 まあ、それでも8割は死ぬ方向に目があるだろうが。


 そんな俺の様子を察してか、エミリア指揮官が気遣いを含んだ視線を向けて来るが……アナタは指揮官なのだから、いつもの自信満々な様子を見せていて欲しい。


 いつもなら元気で文句を言ってくる整備士双子も、声を掛けられずに俺に迷うような痛ましそうな視線を送って来るし、居心地が悪いったらありゃしない。



「エミリア指揮官、パイロットスーツに着替えるので点滴を抜いて頂けますか? すぐに用意しますので、先にカシマ23号が戻ったらデバイスで呼び出してください」

「了解だ。頼むぞ」



 ここに着くまで肩を貸してくれたエミリア指揮官の体温が感じられなくなり、少しだけ落胆する。前言撤回。他人ヒトの体温は体力を回復させてくれる効果があったらしい。


 点滴の針を抜いて貰った俺は、ちょっと後悔しながらも格納庫近くの更衣室へ向かい、いつもの自分のロッカーからパイロットスーツを取り出す。そして、いまま来ていた服を脱ぎ去って裸になり、恐らくは死に装束となるであろうパイロットスーツを着込む。


 うむ。裸になった時にもしもと思ったが、パイロットスーツと体の間がスカスカだ。


 本当ならもうひとつ下のサイズのスーツを着なければいけないが、今から発注しても間に合わない。それに長年愛用したモノを最期まで身に着けていたいという心情もある。このままいけばいいか。



 パイロットスーツを着て更衣室を出ると、丁度、複座型キャリバーが格納庫に戻ってきたタイミングのようだった。


 至る所に月光獣の緑色の体液が付着しており、いくつかの箇所は削れていたり、部位自体がなくなっていたりで満身創痍だ。かなり無理をして抜けて来たんじゃ無かろうか。人死にが……被害がこれ以上拡大しないうちに早く戦場へ戻らないと。


 戻って来た複座型キャリバーが所定の位置まで移動し、各坐する。


 そこへ整備装置が取り付く前にコックピットが開き、カシマ23号が飛び出してきた。よほど慌てているのか、いつもの昇降ワイヤは使わずに、機体を所々蹴って降りて来た。



「兄さん! 本気ですかっ、その体でもう一度魔法を使うなんて……バカなんですか、死にますよ!! エミリア指揮官も何故止めないんです、確実に死ぬと分かっている兵士を戦場に送るなんて、それが指揮官のやる事ですか!?」



 カシマ23号は猛っていた。


 いつもなら綺麗に切りそろえたおかっぱ頭を振り乱し、全身を使ってエミリア指揮官を非難する。対するエミリア指揮官はそんなカシマ23号の頬を平手で叩いた。



「馬鹿者! 下士官の分際で上級士官の決定に異を唱えるなど、いつから貴様はそんなに偉くなった!? コレは基地上層部の決定なのだ。黙って従えッ、この愚か者が!」

「それは……くッ、兄さんも兄さんです! こんな特攻命令に従うなんて、命が惜しくないんですか!? いつから、そんな死にたがりになったんですか!」

「この馬鹿、なんで俺が死ぬ前提で話を進めているんだよ。巨大月光獣の本体至近距離で、最低限の威力の甲式兵装をぶっ放す。それをしたら逃げていいって聞いてるんだ。そんな簡単な……兵士として最低限の事もできない、臆病なチキン野郎だって俺を侮辱するのか、お前は。そんで、それができないと分かっている兵士を送り出すほど我らの指揮官殿は馬鹿じゃない。それはお前も分かっているだろうに」



 ぐっ、と黙ったカシマ23号に気付かれないよう、エミリア指揮官に軽くウィンクする。


 言ったことは事前打ち合わせのないデタラメだけれども、死にかけの俺ができる事なんてそれくらいしか思いつかないから全くの嘘って訳じゃない。俺の身を案じてくれるカシマ23号の気持ちは涙が出るほど嬉しいが、それによって目の前の二人が仲違いするのは本意ではないのだ。



「時間がないから先に搭乗するぞ。損傷した箇所が交換出来次第、再出撃だ。ほら、フミも急げよ」



 いまだ納得できていない様子のカシマ23号に、恐らくはコレが最後となるだろうと思いエミリア指揮官がつけた愛称で呼びかける。すると、何か目がおかしくなったのか、アイツに在るはずのない尻尾がピンと立って、激しく振り乱すような様を幻視した気がした。



「し、しかたないですね。僕の操縦が無ければ至近距離までは近づけないでしょうしぃ? に、兄さんの露払いは僕の大事な役目ですし? でも、絶対に約束してください。魔法を使うのは1回こっきりだと。そうでなければ再搭乗を拒否しますから」

「それは…………まあ、いい。さっさと搭乗しろ。殴った箇所は後で舐めて癒してやるから、必ず二人揃って帰投するんだ、いいな!?」



 下からそんな声が聞こえて来る。


 整備装置によって短時間で新品の如く整備された複座型キャリバー、その搭乗口から整備士双子とエミリア指揮官へ向けて親指を立て、コックピットの奥、いつもの席に座る。


 そしてこれから俺を取り殺すであろう、黒い木刀の命装具を握りこんだ。


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