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10話 反撃起点


 目覚める時、最初に蘇る感覚は嗅覚だ。消毒液が揮発した僅かなこの匂い……少なくとも此処は俺の部屋でないことは確かだ。恐らくは医務室だろう。


 次に聴覚。何かの電子音が煩くない程度に等間隔を空けて微かに鳴っている。


 そして触覚。左手首に巻いている筈のデバイスの締め付けを殆ど感じない。今回の魔法行使で随分とカロリーを持っていかれたらしい。


 そこまで感覚が蘇った時点で急速に脳が覚醒する。


 そうだ! 俺は、見たこともない巨大な月光獣を大気圏外に弾き出すように狙撃して……今までにない魔法行使に耐えられずに気絶したのか……。


 今こうして呑気に眠っていられてるって事は、どうにかなった……と信じたいが、実際、どうなったんだ!?


 目を開き、体を起こそうとして、しかし、殆ど動かない躰に歯噛みする。


 くそっ、本当に今回の魔法行使は俺の体から生命力を根こそぎ奪ったらしい……というか、これ……拘束されてないか?



「だれか……誰かいないのかっ、おい、こりゃどういう事だ!」

「起きたか。ああ、そう怒鳴るな。君が勝手にベッドから抜け出さないようにしているだけだ。すぐに拘束は解くが……起き上がるなよ? 察しているとは思うが派手に魔法を使った所為で、体内のエネルギーが底をつきかけている。下手に動けば命にかかわるぞ」



 この声、女医先生か。


 頭だけを傾けるとそこには予想通り、白衣を着た先生がいた。どうやら俺の体に取り付けられた医療器具(心電図?)の様子を見ていたようだ。忙しい身だろうに、すぐ近くに居てくれた偶然には感謝しかない。



「先生……先生が無事って事は、あの巨大月光獣は何とかなったんですか!?」

「そう興奮するな。お前が起きたらすぐに連絡するようエミリアから言付かっている。状況は……アイツから聞く方がいいだろう」



 言われてみれば、たしかに直属の上司から聞くのが筋だろう。どうやら、起き抜けで少し混乱しているらしい。


 しかしなんだろうな。いつもはハキハキと質問に答えてくれる女医先生がこういう言い方をするって事はあまり良い状況とは言えないのかもしれない。拘束具を外す先生の表情にはいつもの余裕はないし、しかめ面を崩さない事から察するに、どうやら面倒事が続いているようだ。


 とにかく今は休むのが先決か。


 随分と細ってしまった自分の腕を見て心の中で溜息を吐きながら、俺は上司の到着を待った。




---




 点滴のみならず、可能であれば食事もとるように医者先生に言われ、食堂のアルベルトに胃に優しいモノを出前して欲しい旨、左腕のデバイスを通して依頼する。そして、出前を持ってきたアルベルトも先生に倣って浮かない表情をしていたものだから、状況は相当に厳しいのだろうと推測する。


 もしかしたら、まだ戦闘は続いているのかもしれない。だとしたら、早く戦線に復帰するために体の調子を少しでも早く戻さないと。


 しかし焦りは禁物だ。ゆっくり、咽ないように食事を摂り終わると、そこに直属の上司であるエミリア指揮官が顔を出した。


 その様子からして随分と焦燥しており、こりゃあ相当な覚悟を持って話を聞かないといけないなと、身構える。



「起きてくれたか……よかった。首の皮一枚つながったというところか」

「エミリア指揮官、途中で脱落してしまい申し訳ありませんでした。状況の説明をお願いできますでしょうか?」

「そんな事は気にせずにゆっくり休め……と、言いたいところだがな。そこのキョウコを殴り飛ばしてでも貴様を現場へ連れ戻さなければならない状況だ。冗談ではないぞ? 現状を聞いたら、私が本気である事が嫌でもわかるだろう」

「……俺も軍人の端くれですから、文句は言いませんよ」

「エミリア、お前の上司から事情は聴いている。医者と言う立場から言わせて貰えば『ふざけるな!』と、言いたいところではあるが、事が事だからな……私は席を外すから後は好きにすればいい」



 そう言ってこの場から去って行った女医先生を尻目に、エミリア指揮官が俺に向き直る。



「まずは礼を言わせて貰おう。咄嗟の判断ではあったが、アレをしなければこの基地がまるごと吹き飛んでいた。よくやってくれた」



 そう言って頭を下げるエミリア指揮官に俺は慌てた。


 いつも傲岸不遜で、カシマ23号以外には上司にさえ頭を下げたことが無かったエミリア指揮官なのだ。流石に調子が狂う。


 しかし、そんなドギマギとした感情は次の言葉で吹き飛んだ。



「貴様の魔法により、多くを大気圏外に押し戻した巨大月光獣だが……その際に生じた欠片が地表に落ちてな。欠片と言っても通常の月から飛来する月光獣と同じ程度の大きさの欠片だ。それが何を意味するか……わかるな?」

「……この地域、全ての基地から全てのキャリバーを出撃させての討滅戦、ですか?」

「その通りだ。落ちた欠片から孵化した月光獣は、いつもの何十倍もの大きさをもつ巨大なモノとなった。貴様の狙撃に頼りきりになっていたのが仇になったな。何とかこの特別地域に留めてはいるが、予断を許さない状況にある」



 特別地域外への月光獣の進撃、それはこの地域に展開する基地の存在理由の否定に繋がる。それは仕方がない事かもしれないが、問題は地域外へ月光獣が出た場合の被害の拡大だ。千や万の単位ではきかないほどの人的被害が生じる可能性がある。



「貴様をこの基地に降ろした後、フミ君は、いや、カシマシリーズの皆が不眠不休で対応しているが……」

「え、待ってください。俺が寝てたのはどれくらいの時間なんですか!?」

「丸三日と言ったところだな。まったく、私たちが貫徹している横で呑気に……とは言えんか。いや、あの状態からよく蘇ってくれた」



 キャリバーから降りた直後の俺は、まぁ、今よりもひどい状態だったらしい。そこから目を覚ましたのは奇跡だと彼女はいう。大気圏外への射撃を初めてで成功させたし、まさに奇跡のバーゲンと言って良いだろう。


 しかし、奇跡は何度も起こさなければならないモノらしい。



「概要は分かりました、詳細はキャリバーの中で聞きながら討伐作戦を練りましょう。カシマ23号を呼んでください……乗りますよ、キャリバーに」

「いいのか? 今の状況で魔法を使えば、貴様は……」

「俺より若いアイツらを先に死なせるわけにはいかない。それは俺が己に課した制約ですので」

「…………分かった、肩を貸そう。立てるか?」



 エミリア指揮官は俺の左腕を掴むと、自分の肩に回し、立たせてくれた。瘦せこけたとは言え、成人の俺を支えてぐらつかないなんて思った以上にパワフルだ。


 あと、やっぱりいい女は匂いまでもイイ。おっとそう怒るなカシマ23号、コレは死地に向かう兵士の役得だヨ。



 さぁて、冗談はさておき。巨大月光獣君よ、第二ラウンドと参りましょうや。


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