9話 破-巨大月光獣-
いつもの哨戒任務。そして、偶にある魔獣との戦闘や、月光獣の襲来とそれへの対処。
正直に言ってしまえば、それを残り短い定年までこなして俺の人生は終わりだと信じていた。
なにせ、俺が複座型キャリバーに乗って以来、ずっとそれが当たり前であったし、なんら変わらぬ日々を送っていた。
カシマ23号をはじめとする人々との出会いは特別ではあったが予想を超える程でもなく……しかし、人生、そして運命とは分からないモノだ。
いや、たかが十数年しか生きていなかった俺が全てを悟った気になっていたのが傲慢だったのだろう。ここから先、俺の怒涛の如くの人生が始まる。
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監視衛星からの映像、それはいつもと同じ大きな岩の塊のように見えた。
ただ、月の裏側から飛来する通常の月光獣が直径100m程度とするなら、ソイツの直径はその8~10倍。重量・体積に至っては想像もつかない。
もしあれが地表に落ちて侵攻を開始したら――確実にこの特別地区は壊滅するだろう。下手をすれば国家存亡の危機だ。
複座型キャリバーのコックピットの中でけたたましいアラームが響き渡る中、そんな説明を珍しく焦った口調のエミリア指揮官から聞きながら、俺の頭の中では冷静に計算が成されていた。
いつもの甲2号兵装『エレメンタルゼロ』では、相手がデカすぎて効果があるか分からない。そもそもあの大きさで大気圏に突入された時点で詰みだな。例え、割り砕いたとしても破片落下の衝撃波でこの周辺の基地はまとめて消し飛ぶ。ならば今の大気圏突入前のタイミングでこの星に落ちないよう逸らすしかないだろう。
狙撃距離は今までの距離の10倍。でもって時間が無いから観測射撃をしている暇はない……と。
そんなバカげた条件で――前の座席に座っているカシマ23号、エミリア指揮官、医者先生夫婦、アルベルトをはじめとする食堂で働く方々、整備で世話になっている双子……基地に住む全てのヒト達の命が俺の腕に掛かっているってワケだ。
凄まじいプレッシャーに思わず胃液を吐きそうになったが、俺の体は意に反して冷徹に動く。声までもが意思と分離したかの如く冷静に発せられる。
「カシマ23号、この場で甲3号兵装『フジヤマ』をアレに目掛けて放つ。いつものように機体の固定を頼む」
「にぃさん……アレに真正面から挑むつもりですか!?」
「アレが大気圏突入する前に巨大質量である甲3号兵装をぶち当てる。運が良ければこの星に落とさないよう反らせるだろうさ。それ以外によさげなプランがあれば聞くぞ?」
「それは――っ、エミリア指揮官、聞いていますか!? 17320号の提案通りに作戦を実行します。基地の皆にはシェルターへの退避命令をお願いします!」
ウザったいアラームが鳴り響く中、カシマ23号とエミリア指揮官が怒鳴り合って段取りを進めていく。そして俺の右手は未だかつてない力で黒木刀を握りしめた。
逃げ場はない。ここが俺に関わる総ての命の分水嶺だ。
それを自覚して、魂が躰を勝手に動かしているのような、ふわふわとした感覚――そこに炎と氷を混ぜ込んだような確たる意思が、ある。
「準備はいいか、カシマ23号。俺の感覚だとあと10秒以内に発射しないと間に合わないぞ」
「機体の固定は完了済みです。僕たちの命運、兄さんへ託します!」
「……ありがとな、俺を信じてくれて」
自分の命をかき集めて黒木刀へ注入する。
急激に腹が減るとかのレベルではない、貧血で目の前が暗くなるのとも違う。腕を切り取られてそこから血を全て抜き取られるような悍ましい感覚が俺を襲う。
されど、狙いは正確に……なんだよそれって悪態も吐けない、まさに俺と言う名の魂を賭した一撃を、超巨大月光獣に向けて放った。
「甲3号兵装『フジヤマ』……いってこいっ、俺の全てをくれてやる!」
その瞬間、俺の握っていた黒い木刀が虹色に輝いたような気がした。もっとも、その直後に俺の意識がブラックアウトしたので、気のせいと言えば気のせいと言われても仕方がないのだが。
そして俺の意識が戻った時、次なる試練が待っていた。




