白帝城-2-
「お初にお目にかかります。私は楊業と申します」
「我は」
「存じております。先ほどは門番が失礼を働きました」
「気にしていない。銀屏が世話になっているようだな」
「お見通しですか」
銀屏を差し向けた理由は予想がついていた。概ね本物の関羽か判断するために利用したのだろう。さっき、本物がどうのとか言っていたのがいい証拠だ。
「関羽だからな」
「…それで白帝城にはどのようなご用件で?」
「荊州に援軍を寄越してもらいたい」
その言葉を皮切りに、荊州の情勢を簡単に説明した。その中には呉が裏切るという、衝撃的な内容も含まれていたのだが、楊業は終始黙って話を聞いている。
「丞相のいう通りでしたか」
「丞相というとまさか…」
「はい、諸葛丞相は関羽殿の戦死の知らせを受けた際、すでにこの状況を予測されておりました」
まさかここであの諸葛亮の名前を聞くとは思わなかった。蜀漢建国の立役者にして稀代の名軍師、三国志好きで彼の名前を知らない者はいない。
「ですので安心して下さい、すでに援軍はこちらに向かっています」
「おお!それは頼もしい」
楊業の言葉以上に安心感を覚えている自分がいる。あの諸葛亮が動いてくれているなら、きっと選りすぐりの武将が援軍に来てくれるはずだ。
「それでは私はこれで、白帝城にはいくら滞在して頂いても構いませんので」
楊業は挨拶も簡単に客間を後にした。生き残ることを考えれば、このまま白帝城に滞在するのが正解なのだろう。とはいっても荊州に残した馬良と関平のことが、脳裏にチラついて仕方がない。このまま荊州を他人任せにするのは、俺の中の関羽像とかけ離れている。
気がつけば白帝城の入口まで戻っていた。俺が帰ったところで何かできるとは思わなかったが、自然と荊州に向けて体が動いてしまう。
「こんなに早く出てくるとは」
「やはり偽物だったか!」
入口の門を抜けると、さっきの門番がまた絡んできた。面倒くさいので無視して進もうとすると、今度は二人が行手を阻んでくる。
「これはどういうつもりだ?」
「益州の治安を守るのも我らの仕事」
「身分を偽る者には、相応の罰が必要だろう」
何を言っても無駄なようだ。時間も惜しいので、軽く揉んでやることにしよう。
「どうなっても知らないからな」
「ぬかせ!」
警告も無視して、門番の一人が槍を振り下ろしてきた。同時にかかってくれば、多少は手傷を負ったかもしれないが、一人ではまるで話にならない。
俺は振り下ろされた槍の柄をなんなく掴むと、グッと力を込める。門番は動かそうと必死に搔いているが、槍は全く動かない。
その隙に門番の胸ぐらを掴んだ俺は、もう一人に向けてその体を投げつけた。弾丸のような速度で飛んでくる人間を、避けれるはずもなく二人はまとめて壁に激突する。その衝撃で意識を失ったのか、「うぅ」っと呻き声をあげて、二人は地面にうつ伏せるのだった。
「パパ、強〜い」
一部始終を見ていたのだろう。白帝城から銀屏が姿を現すと、さっと隣に寄ってきた。
「もう帰るつもりなんでしょ?私もついてくからね」
「な!?」
「久しぶりに江陵の甘味が食べたいんだもん」
その後、何度も駄目といっても無駄だった。最終的には強引に押し切られてしまう。
馬良あたりに怒られそうだ。そんなことを考えながら、荊州に残した二人に思いを馳せるのだった。