白帝城
白帝城に到着して早々、俺は文字通り門前払いを受けていた。
「なぁ、俺は関羽なんだ通してくれよ。」
「お前のような輩が関羽様を名乗るとは笑止千万!」
「せめて美髭の一本でもを蓄えてくるのだな」
このように何を言っても無駄で、二人の屈強な門番が行手を遮る。まさか髭を剃った弊害がこんな形で現れるとは、思っても見なかった。
「でも、ほんとうに関羽だぞ?」
「まだいうか!」
「この不届きもの!」
しつこく食い下がっているせいか、二人は苛立っているご様子。終いには、手に持つ槍の穂先をこっちに向けてきた。
普通の人間なら、動揺の一つでもしそうな場面だが、今の俺は余裕すら感じていた。その気になれば二人を返り討ちにする自信さえある。
そう思えるのも、憑依している関羽のおかげなのかも知れない。
「何の騒ぎですか?」
騒ぎを聞きつけて、城内から一人の男が現れた。優雅な衣に帽子を身につけて、いかにも高貴な感じだ。
「楊業様のお手を煩わすことはありません」
「関羽様を偽る不届きものを、これから処断するところで」
「………その方を客間に案内してください」
「「!?」」
乱暴な態度の二人も、高官の命令に逆らうわけにはいかない。俺のことを訝しみながらも、あっさりと門を通してくれる。そして命令通りに、客間へと案内された。
煌びやかに装飾された客間に入ると、倒れるように椅子に腰掛けてしまった。疲れがドッと流れ出るのを感じる。いくら体が強靭といえど、長旅は疲れるものだ。
しばらく部屋で待っていると、遠くから女性の鼻歌が近づいてきた。
「ふんふんふ〜ん…あ!本当にパパだ!」
上機嫌な鼻歌の主は、可愛らしい容姿をしていた。幼さの残る容貌にナチュラルな化粧がよく映える。一つ間違えば恋に堕ちてしまいそうだったが、今はそんなことどうでもいい。彼女は耳を疑うような言葉口にした。
「パパ?」
「え〜もっとよろこんでよ!銀屏のこと嫌いになった?」
電流が流れたような衝撃を受ける。銀屏は関羽の娘の名前だ。こんなところで出会うとは思いもしなかった。
おそらく危険な戦場から遠ざけるため、家族を安全な場所に移動させていたのだろう。
「そ、そんなことは…」
「くすっ、冗談だよ」
銀屏から陽キャのオーラをひしひしと感じる。明るい性格に屈託のない笑顔、彼女にあの仏頂面の関羽の血が混じっているとは、とても思えなかった。
「改めてお帰りなさい、パパ」
「た、ただいま」
「ねぇねぇ、お髭はどうしちゃったの?それにいつもの反応と違うし」
さすが親と子の関係というべきか、髭以外にも銀屏は違和感を感じているようだ。
「ゴ、ゴホン!そのことだが」
関羽の中身が別人だとは思いもしないだろうが、話は最低限に留めることにした。幸い銀屏を誤魔化すことには成功したが、今後は見知らぬ人間と接触する時は気をつけよう。
それに一つ疑問点がある。それはなんで銀屏が俺の居場所と生存を知っているのかだ。偽装のために、蜀漢にも関羽死亡の書状は送っている。偶然と呼ぶにはあまりにも不自然だ。
「ふーん、大変だったんだね」
「うむ…話は変わるが、銀屏はどこで我の場所を知った?」
「ああ!?そうだった!楊業様にパパのこと伝えてこなきゃ」
俺の言葉で何かを思い出したのだろう。銀屏はすごい勢いで立ち上がり、何処に消えていった。
「どうやら、本物の関羽様で間違いないようですね」
「お前は」
そして入れ替わるように、先ほど楊業と呼ばれていた男が客間に現れたのだった。