関羽死す
関羽の死は瞬く間に三国中を駆け巡る。
嘆く者や歓喜する者が大半を占める中、静観を貫く人物がいた。
荊州北部に聳え立つ樊城の一室で、一人の武人が天井を仰いでいた。静かに宿敵の死に思いを巡らせていた、その者の名は曹仁、樊城の城主であり百戦錬磨の勇将であった。
「徐晃殿、先の知らせをどう捉える?」
曹仁の見据える先には、歴戦の猛者にして五将軍の一人、徐晃がいた。彼は曹仁を救援するべく、援軍として樊城に赴いたのだが、到着した時には関羽軍はすでに撤退した後だった。
曹仁の意味深な問いかけに、徐晃はノータイムで答えを返す。
「今は体制を立て直すことを優先するべきでしょう」
簡潔で分かりやすい回答に曹仁は満足し、それ以上の問答は不要だと判断した。
「それに大兄が、矢傷程度で死ぬとは思えません」
「つまり、関羽はまだ生きていると?」
「あの軍師が入知恵でもしたのでしょう」
「ふむ、ならば暫くは様子を見るとしよう」
どのみち樊城を守っていた曹仁の兵は、水害と関羽軍の猛攻を受け疲弊しきっている。追撃を仕掛けるのは、土台無理な話だった。
時を同じくして、関羽の死に歓喜する者もいた。
「関羽のやつ、死によったか」
歓喜の声を上げるのは呉の名将、呂蒙である。その忠誠心と卓越した能力により、主君の孫権が最も信頼している武将だ。
「はい…そのようです」
どこか幼さを残す青年が、自身なさげに返事をする。彼の名は陸遜、高い知略を買われ、若年ながら孫権に徴用された異例の将だ。才覚を見抜いた孫権の目に狂いはなく、陸遜はメキメキと頭角を表し、今や一軍を率いるまでになっている。
「浅慮は良くないが、杞憂に囚われるは阿保のすることよ」
「で、ですが」
「放った間者が皆同じ報告をしてきたのだ。奴の死は確実よ」
「このまま江陵を攻めると?」
「好機を見逃す理由はない」
一抹の不安を感じたとしても、陸遜は位の高い呂蒙のいうことを聞くほかなかった。当初の予定通り、呉の大軍勢は江陵に向けて進行を開始する。
各陣営が動き始めたその頃
関羽もとい翼は、遥か西にある白帝城を目指していた。いくら精強な関羽軍といえど、魏呉両軍を相手にする力は持ち合わせていない。そこで、敬愛する劉備に援軍を要請しに来たというわけだ。
「さっぱりしたのはいいけど、本物の関羽が見たら怒るだろうな」
俺は死を偽装するにあたり、関羽のトレードマークの髭を剃ってやった。その姿を見た、馬良と関平には大いに笑われてしまったが、おかげで道中は誰にも俺が関羽だと気が付かれていない。
残した二人には、時間を稼ぐように指示を出している。やり方は任せてあるが、きっとあの二人なら、俺の死を最大限利用してことに当たるはずだ。
「あれが白帝城か」
麦城で死を偽装して数日、気高い山々と川に挟まれた白帝城に翼は到着した。