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初詣

 三国志なんて、昔の中国の出来事ぐらいの知識しか持ち合わせていなかった。なんかカッコいい武将達が三国に分かれて天下を取り合う、ゲームや漫画だとそんな感じだった気がする。

 その中でも、一番好きだったのは『関羽』だ。義に厚く、華々しい武功を幾つも上げていた彼は、ゲームでも強かったし漫画でも大活躍だった。そんな憧れの関羽に自分がなるなんて、昨日までの自分にいっても信じないだろう。


(いたい!いたい!いたいぃぃぃい!!)

「さすがは関羽殿、これほどでは声すら出しませぬか」


 目が覚めたら、右腕を骨が剥き出しになるほど深く切り裂かれていた。その痛みで声を出さないように必死に堪える。傷口からは血が垂れ流れ、とても地上波では放送できない有様と化していた。脳内では勝手にモザイクがかかっている。

 こんな痛みを味合うのだったら、あの神様の質問に素直に答えなければよかった。


 俺の名前は徳井翼(とくいつばさ)、どこにでもある一般日本男児、現代で神様なんて信じている人間はいない思うが、自分も例外に漏れずその一人だった。でも、自分は今からその考えを改めようと思う。何故なら目の前に、本物の神様が現れたからだ。

 今日は1月5日、特にやることのなかった自分はちょっと遅めの初詣をするために、近所の神社にお参りにいくことにした。平日の昼間ということもあり、神社には自分以外誰もいない。財布から小銭を取り出すと、賽銭箱に投げ入れ今年一年の大安を願う。

───今年こそ関羽のように強くなれますように


「お主、関羽に興味があるのか?」


 突如として後光が差し込んだかと思うと、謎の神様が目の前に現れる。何故神様と分かったのか、正直自分でも分からない。人に備わった直感というほか表現出来なかった。人型のようで、実はそうでもないような。そもそも形状というのが存在するのかすら定かではない。神とは人智を超越した存在なのだろう。

 それより、この神様は今なんといった。聞き間違えでなければ、『関羽』に興味があるのかと聞かれたような。


「ほっほっほ、その通りじゃよ」


 当たり前のように心を読まれている。何を意図した質問か知らないが、興味が有るか無いかと問われれば、もちろん有るに決まっていた。関羽とはそれだけ自分の中では憧れの存在なのだ。


「よかろう。では暫しの間、その憧れの存在になれる喜びを味わうがよい」


 神様から意味不明なことを告げられると、視界が暗闇に覆われる。すると次の瞬間、俺は全く別の場所に移動していた。

 あたり一面にはふわふわと(もや)が広がり、まるで雲の上のようだ。そして気がつけば、美しい髭を蓄えた屈強なおっさんが目の前にたっており、じっとコチラを見据えていた。


「我が名は…関羽」

「え!?あなたが本物の関羽様」

「いかにも、故あって一時的にお主に身体を預ける」


 自分の思い描いていた関羽の姿に興奮を隠しきれない。さっきの神様と同様に、こちらも本物だと本能が告げている。それより『体を預ける』とはどういう意味だろう。


「すぐに分かることだ」


 当たり前のように心を読まれている。そして、何故と理由を聞く暇もなく、再び視界が暗転するのだった。




 そうして冒頭に至るわけだ。

 定期的に露出した骨を小刀で削られる。これが体の芯までよく響く、削られるたびに意識が飛びそうになったが、気合いで堪えていた。


(負けるな…今の自分は関羽なんだぞ)


 そう自分を鼓舞することで、なんとか意識を保っていた。自分の記憶が正しければ、この状況は関羽の有名な逸話と酷似している。


(たしか麻酔無しに外科手術をして、うめき声一つ上げなかったとか)



「ささ、次の一手を打って下さい」

「いって?」


 痛みに耐えることに夢中で、目の前の机にボードゲームのような物があることに気がつかなかった。格子状に区切られた木板に白黒の石が並べられている。

 囲碁のようだったがルールなど知るわけもなく、少しでも気が紛れればと思い適当に碁石を置いてやった。


「な、なんと!?そのような手が…」


 机を挟んで座るおっさんが顎に手を当て唸っている。サラッとした細身の体型をしており、真剣に悩む姿は知的な印象を受ける。


「いやはや、流石は関羽殿。この馬良の完敗にございます」


 驚いた。この人が馬良なのか

 馬良はあの『泣いて馬謖を斬る』で有名な馬謖の兄だったはずだ。ゲームでは知略のステータスが高かった記憶がある。


「兵棋で負けたのは尊兄に次いで二人目。軍神の二つ名に偽りはありませぬな」


 今更適当だったとはいえそうな雰囲気ではない。運も実力の内というし、今回は素直に賞賛を受け取っておこう。そもそも、痛みを堪えるのが精一杯で話すことなどできなかった。

 暫くして、ようやく骨を削り終えた。医者らしき人は、縫合の準備を始めていた。痛むけど話せないほどではない。それを察してか、はたまた手術の終わりを感じ取ったのか、馬良が再び話しかけてきた。


「関羽殿、やはりしばらく療養していってはどうです。樊城(はんじょう)攻めが芳しくないのは存じてますが、御身あっての荊州ですぞ」

「樊城…そうか」


 何となく思い出してきた。

 いま、自分は生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされている。史実だと樊城攻めに戻った関羽は、戦に負けて死んでしまう。一騎当千の武将でも死ぬ時は死ぬ。でも今ならまだ間に合う。正しい選択をすれば、生き残ることが出来るはずだ。

 まずは覚えていることを整理しよう。たしかゲームだったら、樊城で魏と戦っているといつも呉の武将から挟み撃ちにされていた。つまり生き残るには呉の軍勢に備えなければならない。


───でもどうすれば…


 漠然とした未来の流れが分かるといっても、一般人の自分に戦いの知識などない。考えても答えが出ないので、とりあえず目の前の馬良に相談してみることにした。


「馬良、聞きたいことがあるんだが」

「はい、なんでございましょう」

「俺はどうしたらいい?」

「はぁ???」


 この時の馬良は、まさにハトが豆鉄砲食らったような顔をしていた。自分でも取り留めのない質問をしたと思う。いっそのこと、関羽の中身が違うことを教えようかとも考えたが、余計混乱させるだろうと考えやめておいた。

 だが、馬良は若くして士官した逸材だ。自分でも意図を説明できない質問から、適切な回答を導き出してみせた。


「失礼しました。関羽殿らしからぬ言葉につい…つまり樊城攻めに思うところがあるのですね」

「お、おお!そのとおりだ」

「…誠に申し上げにくいことですが、直ちに全軍撤退し守りを固めるべきかと」

「なるほど」

「で、出過ぎたことを申しました」


 感心による相槌だったのだが、馬良を怖がらせてしまったようだ。もしかしたら、いまの進言はかなり心労があったのかもしれない。発言前に一拍間があったのもそのためだろう。


「そんなに畏まらなくても…一応だけど理由を聞いてもいいか」

「…はい。樊城攻めに時間がかかり過ぎております。そろそろ、魏の援軍が到着して然るべきかと。それに国境付近に呉の軍勢が集結していることも気になります。一気に荊州に攻め入られれば、敗北は必至でしょう」

 

 もう馬良に任せればいい。

 そう思わせるほど完璧な理由を馬良は述べてくれた。問題は“任せ方“を考えなければならないことだ。さっきの会話で、迂闊なことを言えば馬良が萎縮してしまうことは分かりきっている。

 おそらく、普段とおりの口調で話したのがダメだったのだろう。上の人間に友達口調で話しかけられたら、自分でも

不審に思ってしまうかもしれない。

───今は関羽っぽい口調を心掛けなければ


「ゴホン…私も同じことを考えておった。実はお主に撤退の指揮を任せたいと思っておってな」

「そ、そのような大役を私に!?」

「ああ、全てをお主に一任する」

「感激の極みでございます。ご期待に添えるよう、全力を尽くす所存です」

 

 こうして馬良は樊城に向かうべく、急足で部屋を出ていった。これでしばらくは大丈夫になるはずだ。

 そして気がつけば腕の縫合は終わっていた。止血もしっかりとしており、今すぐにでも動けそうだ。もう部屋から姿を消していたが、よほどの名医だったのだろう。


(余計なことをしおって)


 突然、頭の中で聞き覚えのある声がした。この威厳と不遜が混じったような男の声は。


「関羽!?」

(いかにも)


 声の主は雲の上のような場所にいた関羽のものだった。周囲を探しても姿は見えない。

───というか、いまの関羽は俺か


(そんなことはどうでもよい。お主の役目は終わった。)

「役目?」

(そうだ。今すぐ体を明け渡し、元の世界に戻るがよい)


 どうやら元の世界に戻されるようだ。

 残念だが仕方がない、夢を見ていたのだと思うことにしよう。願わくば関羽が生き残る未来が見てみたかった。


(………)

「どうかしたのか?」

(戻ることができぬ…)

「はぁ?」

(あのタヌキめ!さては何か仕組みよったな)


 その言葉を最後に本物の関羽の気配は消えた。どうやらしばらくは、関羽でいられるみたいだ。


「ならやることは一つ!この三国の世界を関羽で生き延びてみせる」


 こうして俺の三国志ライフが始まるのだった。

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