監禁
「ねえ。なんで、こんな事するの」
女は喚いた。手足はロープで縛ってある。
「お金が欲しいの?それとも……」
女はごくりと生唾を飲んだ。
「私の体が目的なの?」
彼女の発言に僕は失笑した。自分の立場を何もわかっていないようだ。
「黙れ!」
大きい声で一喝すると、女はシュンと大人しくなったが、また何分か後には喚くことだろう。
僕は無言でパソコンのワープロソフトで文章を打つ。ウェブ小説のコンテストの締め切りが近いからだ。あの女には構っていられない。
「ねえ。目的を教えて」
やはり黙っていられず、女はまた喋り始めた。
「縛られていることもそうだけど、目的がわからないと気持ち悪いよ」
彼女はグスンと泣き始めた。やれやれ、厄介だ。
「そのロープを解くと、あなたは暴れてここを逃げるでしょう?そうならないためです」
僕は冷めた表情で答えた。
「当たり前じゃない!わけもわからず縛られていたら、逃げるわよ」
女はヒステリックな声を出した。感情の起伏が激しい。
「とりあえず、静かにしてくれませんか?」
僕は苛立ちながら言い、再びパソコンに向かった。
「ねえ。どうしてなの?」
相変わらずインコのように同じことを口にする。
「目的がわからないと気持ち悪いよ」
*
*
*
「おや、出かけるのかい?」
玄関で靴を履いていると、母が聞いた。
「うん。ちょっと本屋に行ってくる」
コートを羽織ると、家を出た。僕は公営住宅で母と二人暮らしだ。母はパートを辞め、収入は僕のアルバイトの稼ぎだけになった。
近所の書店に着くと、僕は目的のものを探した。
「あった」
それは僕の同級生が書き下ろした文庫本だった。高校生時代にお互いに小説を見せ合い、切磋琢磨した仲間である。かたや作家デビュー、かたやフリーターだ。
本の会計を済ませると、僕はさっさと書店を出た。
最近、心配ごとがある。パートを辞めてから母は老け込み、物忘れが激しくなったのだ。
(認知症でなければいいけど……)
母自身の心配もあるが、家計の悩みもあった。どこかに面倒をみてもらえるほどの金銭的余裕はない。
「ただいま」
帰宅すると、母はいなかった。
*
*
*
母は認知症が進んでいた。
「ねえ。どうしてなの」
その結果、母は自分をうら若き乙女だと思っており、息子を認識できていない。
「目的がわからないと気持ち悪いよ」
このやりとりは何度もした。徘徊による事故などを考え、縛ることにした。
「ねえ。どうして、何も言わないの」
僕はウェブ小説を、期日までに、書けるのだろうか。