第7話 彼女の涙の訳
夜勤明けだった僕は『今日は図書館の本を返すには早いな、また今度にしよう』と自宅への道を歩いていた。
すると…
中年の婦人が苦しそうにしゃがみこんでいる。その横に彼女がいるのが見えた。
彼女は必死に「助けて下さい」と言っていた。
もちろん聾唖者にはよくある事だが発音がはっきりせず「あああ」となってしまう。彼女はそんな事も気にせずに必死だった。
僕は駆け寄り年配の婦人に「大丈夫ですか?」と言ったが、苦しくて返事も出来ないようだった。
「救急車を呼びますから」と声をかけた。
救急車から降りてきた救急隊員はストレッチャーに年配の婦人を乗せるとサイレンを鳴らし発車した。
彼女は救急車で運ばれるまで動かず、手は震え泣いていた。
「大丈夫だよ、大丈夫」と彼女の背中をさすった。
僕はメモを出し『仕事に行ける?』と聞くと彼女は小さくうなづいた。
図書館に着くと「おはようございます、この近くで倒れた年配の婦人の横にいてショックだったようで」と図書館員に話した。
まだ震えて泣いている彼女を見て「お家の方に連絡して迎えに来ていただいたほうが良さそうね」と言うと彼女の家に電話をしてくれた。
僕は彼女の肩を抱いて椅子に座らせた。
30分くらいだろうか…
彼女の母親が図書館に来て図書館員に事情を聞くと「以前にも娘を助けていただいた方ですね」と。
「いえ、また通りかかっただけなので。でも図書館は利用させていただいています」
と言った。
「ありがとうございます、本当に助かりました」と僕に一礼して待たせてあったタクシーに乗り込んだ。
僕は中学生の頃、風邪をひいて親に近くのクリニックに行った時に思った事があった【なぜ医師は取りつく暇もない程で人間味がないのか?診察が終われば支払いを済ませると、決まって患者のほうがありがとうございますと言いお大事にーと決まり文句のように言うのだろう?
今では中規模以上の病院ではそんな事もなくなったが…】
彼女は人の痛みを感じて自分がそれを受け止めてしまうんだな。
僕はどうだろう、慣れに任せていないだろうか?
図書館を出て夏が近い事を感じる木漏れ日が僕を包んでいた。