第4話 桜咲き・桜散る日
ついこの前まで咲いていた桜。
あっという間に散り始めた。
誰かが歩道にしゃがんでいる。
何をしているのだろう?
スカートが道につくのも構わずに…。
通り過ぎる時に気がついた。
図書館への初出勤だとお母さんが言っていた彼女だ。
歩道に散り始めた桜を拾っている彼女は僕に気づかず立ち上がり、手のひらにのった桜の花をうれしそうに見ながら歩いていく。
僕はひらひらと散ったばかりの桜の花を手にとった。
こんなにきれいなんだなと、誰もが急がしそうに気にもとめずに踏んでいった。
僕もその一人だった。
あの時、偶然に出会ったわけだけれど。
明日は仕事が休みだから、彼女の勤める図書館に行ってみようと向きを変えて歩き出した。
何が僕をそのように動かすのか全くわからないままに。
図書館に着くと、彼女の姿を探したが見当たらない。
『まあ、いいか』と、興味のある本を一冊見つけて空いている席に座った。
しばらく本を読んでいると、返却用の本を棚に片付けている彼女の姿が見えた。
すると僕の横を通り過ぎた彼女がふと足をとめた。
「こんにちは」と手話で僕に挨拶をした彼女に僕のほうが驚いて「こんにちは」と、つい声に出して言ってしまった。
微笑んだ彼女が紙と鉛筆で「この前はありがとうございました」とメモを渡してくれた。
そして彼女が相手の話すのを見て言葉がわかる事[読唇術]に気がついた。
彼女の母親がそれを教えるために、どれほどの時間と愛を注いだのだろうと思った。
だけど僕は紙に書かれた彼女の言葉しかわからないのだ。
そんな僕と彼女の前途多難な日々が始まった日だった。