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第2話 ただ偶然にそこにいただけの事だった
彼女が「ありがとう」と手話で僕に言った直後、上品な婦人が走りよってきた。
「すみません、うちの娘を助けていただいて」
その婦人が彼女の母親だと知って「いえ、たまたま自転車がぶつかりそうになって。ケガがなくて良かったです」と言った。
短い会話だったが、娘さんが図書館に初めて出勤するため心配でそっと後ろから付いて来たとの事だった。
「いいえ、娘さんにケガがなくて良かったです」と答えると、自宅へと歩き出した。
そういえば病院の筋向かいに図書館がある。
とにかく救急で運ばれてくる患者さんの命を救う事が僕の仕事だ。
病院での勤務が終わると直ぐに家に帰る生活の僕はフッとため息をつきながら苦笑いをしていた。