青空色の法則『ディレイ』
理はばけねこだ。なお漢字表記の『化け猫』とは違う、別の種族である。
もうばけねことして生まれてから何年も経っているのでそれなりに魔法も使える。いつもは変身して青空色の髪の美少女の姿を取っている。家にいる今もだ。
『――商店街で銃を持った男性が現れ、二人を射撃。その後人質を取って店のひとつに立てこもっています』
「物騒な世の中だなあ……」
理はため息をついた。
しかし、すぐに家を出る支度をする。
理はみえっぱりで腹黒くていろいろと悪人だが、なぜか正義感が無駄に強い。こういったニュースを見ると気まぐれで事態解決にあたりたくなる。
棚の中にあった手製の銃――名称は『パープル・ミックスF』――と様々な薬品の入った小瓶をかばんに詰め込み、窓から飛び出した。
「ああ、どこの商店街だったっけ?」
……締まらない。
気づかれないよう気配を消して、件の商店街の影に着地する。
銃の調子はよさそうだ。日ごろのケアのおかげである。弾の入ったカートリッジを左右にスライドさせて差し込み、カチッとはめる。
「ふーむ」
ちらっと店の前を見てみると、警察官が数人、様々な道具や武器を持って立っていた。入り口のそばには血痕がある。
ばけねこがすこし気合いを入れれば一般人に絶対気づかれないぐらいの隠密行動ができる。理はそろりそろりと店の裏口に回り、そーっとドアを開けた。
中では四十代くらいの男性が、両手足を縛られた中学生くらいの女子に銃を向けている。『パープル・ミックスF』と同じく手製の銃のようだが、ダブルバレルで、だいぶ粗い作りに見える。下手すると爆発しそうだ。
理は銃を構え、発砲する。
「なっ!?」
男の銃を吹き飛ばした後は、思いっきり首に蹴りを入れる。人の体が出してはいけないような音を立て、男は崩れ落ちた。
「戦利品、かな?」とりあえず銃を拾ってかばんに入れる。「それで、君は?」
「あ……ありがとうございます!」
「どういたしまして」
ナイフで手足を縛っている紐を切る。
「これでも飲んでおきなよ」
かばんからメロンソーダの缶を取り出し、投げて渡す。女子はぺこぺこと何度もお礼を言った後、店のドアを開けて出て行った。
すぐに警察が入ってきたが、もう理はその場にいない。もともと足は速いが、逃げ足は特に速いのだ。
* * *
「ふーむふむ、ふむむむむ」
監視カメラで店の中の様子を見ていた少年は、ちょっと不快そうな顔をする。
「ま、いいか。他の人にやらせればいいだけだし」
少年の名前は科。紺色の髪に、琥珀色の目を持つ可愛らしい少年だ。
しかしその外見とは裏腹に、科の性格は最悪なものだった。彼は言葉巧みに人をだまして凶悪犯罪を行わせ、その様子を見て楽しむ。それが科だ。
科は監視カメラの映像を巻き戻し、青い髪の少女が入ってきたところで止めた。
青色、というよりは水色の髪をしたその少女は、同じく水色の浴衣を着ている。頭には一対の猫耳があった。手には薄紫色にペイントされ、その上から黒いラインを引いた小さな角ばった銃がある。銃身の左右には同じ薄紫色の分厚い羽根のようなものがあった。科はすぐにこの中に銃弾が入っているのだろうと推測する。
「それに……あれ、誰かなー? 青い猫耳さん。ちょっと興味あるなー」
ノートパソコンを開き、データベースで検索をする。すぐにヒットし、様々な情報が流れてきた。
『名前:理 住所――』
「んー、なんて読むのかなー? り?」漢字をコピーペーストしてウェブで検索する。「あー、ことわり? っぽい? いい名前だねー」
理に関する調査はまたあとでやるとして、次に犯罪をやらせる、お金や生活に困っている人を探し始めた。
* * *
『――商店街で発生した銃撃・立てこもり事件で、被害者のひとりであるKさんが救出されました。Kさんによると、水色の髪の少女が突如現れて男の銃を撃って吹き飛ばした後、蹴って気絶させ、救出してくれた、とのことです』
「わー、また自分、有名になっちゃうなー。ぐふふふふー」
理は家の中で、ニュースで流れるKさん――先ほど助けた少女――のインタビュー映像と、Kさんが描いたとってもうまい似顔絵を見て笑い転げていた。かなり不気味な笑い方だが、美少女がすると、嫌悪感は全く抱かないどころかむしろ可愛らしい。
『また、犯人に銃撃された二名はいずれも一度昏睡状態に陥った後、五分後に目を覚ましました。その際、すべての負傷が完治していたということです』
当然これも理の仕業だ。
「んふふふふー」
満面の笑みを湛えながら、拾ってきたダブルバレルの銃を修理する。ちょっと分解してみると、撃たれた衝撃で内部がぐしゃぐしゃになっているのがすぐに分かった。
たんすの中から工具セットを一式取り出して、カチャカチャといじりだした。
一時間もすると、理は銃を組み立て始める。
修理が終わったダブルバレルの銃は、修理する前よりもはるかにきれいに、しかも美しくなっている。その左右には『パープル・ミックスF』同様翼のようなものが付いている。もはや同じ銃ではない。
「命名! 今日からこれを『パープル・ドロップ』と呼ぶ!」
人差し指を天に向かって立てて言い放ったその声は、理の他に誰もいない寂しい部屋に響き渡った。
三日後。
『中継です。銃を持った女性が突然三名を銃撃してその場を立ち去り、人質を取って付近の空き家に立てこもりました』
「また?」
正義感溢れる勇敢な理はかばんに二丁の銃と薬品を詰め込み、場所をテレビで確認してから玄関を飛び出した。
「――っわあ!?」
空を飛びながら件の空き家に近づくと、なにやらおぞましい気配が理を襲った。急停止して、ゆっくりと地面に降りる。
おそるおそる指を気配に突っ込んでみると……
「うわあ! うわあ!? うっひゃああ!?」
指だけでなく、右腕のひじのあたりまでがごっそり、炎のように揺らいだ後ふわっと消えてしまった。ばけねこならではの超再生能力ですぐに腕は復活したが。
「こ、これは……『魔法を無効化するフィールド』!」
ばけねこたち妖怪は、たいてい体が魔法で構成されている。そのためこのような魔法無効化によって体が消え去ってしまうのである。なぜ、日本にこんなものがあるのかは分からないが。
理は一応こういう時のためのお薬を持ってきていた。一時的に――といっても丸一日は持つ――体を魔法ではなく実体化させるのである。
小瓶の蓋をひねって開け、とろりとしたシロップを一気に飲み干す。味は、まあ、不味い。見た目通りに甘いが、甘ったるすぎて吐き気がする。
「これで安全! さあ行こう!」
フィールド内では魔法が使えないので、いつ襲われても大丈夫なように銃を両手に持って、靴と浴衣の帯に仕込んであるジェットエンジンを活用しながら空き家へ向かっていく。
空き家の近くには警察車両が数台、そして建物を警察官が囲んでいた。
気づかれないよう窓から家に侵入する。
いくつかの部屋を見て回ると、そのうちのひとつに若い女がいた。この間と同じように手足を縛られた、大学生くらいの男が横になっている。
女はいきなり理の方に銃口を向けた。
「誰!」
「げっ」
今まで魔法によって気配を消していたため、今回も消えているような気になっていたのだ。しかも驚いて声を発したのが致命的だった。
女は大学生に近づき、その頭に銃口を突き付けた。
理は、女の性格を読む。主に野生の勘で。
(……この人は大丈夫だ。多少煽っても撃ちはしない)
ズボンのポケットに『パープル・ミックスF』と『パープル・ドロップ』を差し込み、両手を上げる。
「撃てるなら撃ってみたら? その人がいないとあなたの目的は達成できないでしょ?」
大学生が涙目で理を見つめる。理は感づかれないよう、ゆっくりと近づいていった。
そして、一瞬で『パープル・ドロップ』を抜いて発砲する。
「っあ!?」
女の右頬に弾丸が命中した。弾丸は食い込むではなく、そこで軽く爆ぜ、中に入っていたガスをまき散らす。
「それはとても早く効く催眠ガスだよ。それじゃあ、おやすみ」
がくりと力を失う女の体。それを見た後、ロープをさっと切って外に出るよう促す。
「き、君は……」
「自分のことはいいから。そっちの親が心配してるよ? たぶん」
大学生はこくこくと頷くと、感謝の言葉を述べてから振り向かずに走り去っていった。
理もすぐに空き家を脱出する。
そして、すぐに撃たれた。
「がっ……!?」
「安心してよ、これは麻酔銃だからねー。君をおびき出す計画は一発目で大成功ってさー」
意識が混濁する中で理が最後に見たのは、紺色の髪でジャケットを着た少年の姿だった。
「……うぅ……」
重たい瞼を開ける。
ここは見た感じ、どこかの地下室のようだった。コンクリートでできた床、壁、天井を、薄暗い緑色の蛍光灯が照らしている。左を向くと上に続く階段が伸びていた。
そして理は、地面に座っていた。自分の左足には壁にくっついている鎖、足輪が巻いてある。
「おはよーう」
階段から少年――科が下りてきた。
一部が上を向いた紺色の髪に、上半分が紺、下半分が琥珀色という目。青いジャケットを黒いシャツの上に羽織っていて、ズボンは膝の破れたジーンズを着ている。外見は小学生のようで、顔はとても愛くるしい。
「ぼくは科。立てこもり銃撃事件の、黒幕だよー」
「ふうん」理はいきなり思い出したように叫んだ。「……し、知ってた! 黒幕がいるって知ってたから!」
「うそつき。まあ、ちょっと君に興味があってねー。麻酔銃を撃ちこんで、拉致させてもらったよー」
これは少なくとも、のんびりとかわいい表情で言い放つセリフではない。
そして理は変なところに反応した。
「興味がある? 自分に? それって、好いてるってこと? うっひゃー! ありがとう! うふふふふー!」
「……そういう意味じゃないんだけどなー……」
芋虫のようにうねうねする理をジト目で見る科。すぐに気を取り直し、手をパンと叩いた。
「でも……見た感じ、ちょっと幻滅、かなー。あんまり面白くなさそうだしー。きーめた、ここを二十分後に水没させるね」
「え?」
「ここも魔法は制限されてるよー。だから魔法なしで、ここを脱出できたら……その時は、認めてあげるねー。ここに時計を置いておくよ、それじゃー」
ピッと音がした。
残り、二十分。
「いきなり人を拉致して溺死させるとか! ばか! あほ! おたんこなす! へちゃむくれっ!」
ぎゃーぎゃーと甲高い声で喚く理。ただ一向に返事がないので、仕方なく現状を確認した。
自分の服装は変わっていない。ただしかばんと銃は向かいに置いてある木の机に乗せてある。
それをどうやって取りに行くかが最も重要なタスクだ。
「うぬぬぬぬ……」
がんばって歩くが、鎖は全く切れそうにない。まあ鋼鉄なので当然である。足も痛い。
長く長く、うんうんうなって考えると、ようやくジェットエンジンの存在に行きついた。
「てやあー!」
出力十パーセント! 鎖は全く反応しない!
二十パーセント! 変わらない!
五十パーセント! 行けそうな気がする!
七十パーセント! ようやく鎖が切れた!
理はとてつもない速度でコンクリートの壁に頭から突っ込んだ。参考になるデータは、立てこもり事件の時に空き家へ向かった時の出力は二パーセントだったということだ。
ただ理は石頭越えて鉄頭、それをさらに超えてダイヤモンド頭なので、ジェットでコンクリートに突っ込んだくらいでは血も流れない。痛いのは痛いが。
「ふふふふふ、薬品でドアを溶かすぞ!」
手は縛られたままなので、しっぽを使って強力な酸の小瓶を探す。すぐに五本、緑色に着色されたものが見つかった。ラベルには下手な字で『スーパー酸』とだけ書かれている。
残り、五分。
理は勢いよく階段を駆け上がり、勢いよく酸をしっぽを使って投擲する。パリンと音がして瓶が砕け散って、中身が金属製のドアを融かした。
残りもすべて同じところに投げつける。ラベルに『スーパー』と書かれているだけあって、すぐにドアに穴が開いた。
しかし。
(よ、よく考えたら……あんなところ怖くて通れない……)
そう。酸が少しでも当たると、実体化しているこの体は大変なことになる。
ジェットで突っ込むのは痛いから嫌だ。
(他の薬品……薬品……あった!)
取り出したその小瓶には、これまた『スーパー爆薬』と書かれていた。
アラームがピピッとなり、水没が間近であることを知らせる。
理は、爆薬をドアに投げつけると同時、自分もジェットでドアに突っ込んだ――!
* * *
「だ……脱出したよっ!」
爆発に突っ込んでいったため、今の理はぼろ雑巾のようだ。今にも死んでしまいそうである。
科は軽く三度拍手して立ち上がった。
「まあ、認めてあげるよー。じゃあ、やろっか」
「へ?」
科が右腕を振ると、ジャケットの袖がカチャカチャと音を立てて金属のようなものになり、右手を覆った。キャノンだ。
「ちょ! 待った待った待った!」
「君には娯楽を邪魔されたからちょっといら立ってもいたんだよー。だから、制裁だねー」
理がとっさに横に転がると、そのすぐそばを光線が貫いていった。仕方なく理も立ち上がり、銃を構える。
何度も発砲する。科は無数の弾丸をひとつひとつレーザーで撃ち抜いていった。
「ええ!? 反則!」
「戦いに反則もなにもないよー」
苦しそうな表情で歯を食いしばる理。とにかく動き回って、レーザーを避け続ける。
右手で何とか取り出した爆薬を『パープル・ドロップ』の先端部分に押し込み、トグルボタンを操作して『空気砲』モードにする。
それを撃つと同時に、科へ向かってダッシュする。
「てーい――ぎゃあ!?」
いきなりしっぽの先端部を激痛が襲った。レーザーが直撃したのだ。
銃を取り落としてしまっただけでなく、それで吹き飛ばされて鞄の中の瓶が周囲に飛び散ってしまった。ボンと爆発が起きたり、地面が焦げたりする。
「残念だったねー? もう一方の銃でやるの?」
「……正直、もう尻尾で銃は持てないよ……」
「そう。じゃあ、おとなしくしてれば楽にしてあげるよー?」
首を振って走り出す。
科は相変わらずその場から動かない。体を回すだけでこちらを狙ってくる。
(ま……まずいまずい! このままじゃほんとに死んじゃう! 犯罪を止めて一躍有名人大作戦がー!)
ときどき立ち止まったりジャンプしたり、少しでも相手をほんろうしようとする。しかしそのパターンも科は見破ったようで、さらに攻撃の精度が増していった。
「ひっ!?」
右手の甲にレーザーが当たった。
あまりのいたさに一瞬立ち止まってしまう理。だが、科の足元に見つけた。
「? なんで笑ってるのー?」
「……大逆転の鍵だよ、それ!」
理が指さした場所で、桃色と黄色に着色された二つの液体が、少しずつ近づいていく。
科が避ける間もなく、大爆発が発生した。
「これ危ないから没収! よいしょっ!」
レーザーキャノンを無理矢理引っ張ると、バキッとあまりよくない音がして取れた。それをかばんに押し込む。
理よりさらにぼろ雑巾になってしまった科が、うーっと唸りながら理を睨んだ。
てこてこと歩いて『パープル・ミックスF』と『パープル・ドロップ』を回収する。
「ん」
体が軽くなった気がした。どうやら、魔法禁止の効果が消え去ったようだ。
薬の効果を解除すると、全身の怪我が一瞬で治った。
「さて」科に馬乗りになる。「めっちゃ痛かったから、鉄剣制裁だ! えいっ!」
「うぐえっ」
はたから見ると中学生くらいの少女が小学生くらいの少年をじゃれて殴っているようでだいぶほほえましいが、その実、理は魔法の補助もあり鉄板を貫通するぐらいの力で科を殴りつけていた。
* * *
「つーん」
「そんなツンツンしないの」
昨日の敵は今日の友、ということで理は科を無理やり食事に引きずり出した。
「店員さん! たらこバター醤油のスパゲティふたつ!」
「ぼく頼んでないよ……?」
いいのいいのと理は店員をカウンターへ戻らせた。
すぐにあたたかいスパゲティが運ばれてくる。
「もぐ。うーん、うまー!」
「……うん、おいしいねー」
ものすごい勢いで半分ほど食べると、科の方に腕を回した。
「うぃーあーふれんず!」
「……」
実は初めて『友達』というものができた科も、実際のところまんざらではない。ただちょっとツンデレの気があるので、理の腕をさっと戻した。
「えーっ? お友達でしょ?」
「そ、それはー……うーん、じゃあ、少しだけ、だからねー……?」
皆さん初めまして、館翔輝と申します。
今回は部活の活動の一環として小説を執筆することになりました。楽しんでいただけたでしょうか?
この理さんや科くんのことが輝は大好きなので、これからもこの二人を軸とした投稿を行っていきたいと考えています。
よろしければ、コメントや評価をよろしくお願いします。
最後までお読みいただきありがとうございました! これからもよろしくお願いします!
2023年6月21日 館翔輝
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