同期の山下
山下は同期の中ではさほど仲の良い方ではないが、さして悪い中でもない。
私たちは会社から少し歩き繁華街に出ると、魚料理が売りの飲み屋に入った。
店内はすでにほとんど埋まっていたが、待ち客はなく、ちょうど一席が空いた。
テーブル席に向かい合って座ると、二人はたわいない雑談を続けた。
一時間ほど経った頃、山下はポツリと
「実はな...」
と神妙な顔で話し始めた。
聞けばどうやら奥さんが不倫しているのだという。
ここのところずっとすれ違いが続いたのは自分が仕事にかまけすぎたせいだと山下は言った。
随分と自分を責めているようだ。
「家の事も子育てもほとんどあいつに任せっきりでな。反省してるんだ」
なんとか妻の不倫をやめさせる方法はないものか、と山下は言った。
夫婦の話しを独身の自分に言われてもと思ったが、私は彼と一緒になって、ない知恵を絞った。
しかしその場ではよい案は出ず、店を出て山下と別れた私は帰路に着いた。
マンションの自分の部屋の戸を開けるまで私は山下の奥さんの件で頭がいっぱいになっていて、すっかりあの奇怪なニュースの事を忘れていた。
扉を開けると部屋が明るい。
テレビがついている。
そして、あの音が聞こえる。
また、あのニュースが流れているのだ。
辟易した私は、このまま戸を閉めて見なかった事にしたい衝動に駆られ、その通りにした。
扉を閉めた私はそのまま部屋を出て近所のコンビニへ駆け込み、雑誌コーナーで立ち読みを始めた。
しばらくして帰れば、あのニュースは終わっているかもしれない。
毎度毎度あんなものに振り回されてはたまったものではない。
私は雑誌を読みふけった。
しばらくたった頃駐車場に車が止まり、男女が降りてくるのが見えた。
二人ともマスクをしているのでよくわからなかったが、店に入り声を聞いてわかった。
男は飯塚だ。
飯塚真一、今年入った新入社員で、確か山下の部下である。
飯塚はなかなかのイケメンで、さして仕事ができるタイプではないが人当たりの良さでうまく社会の波を乗り切っている。
出世しそうなタイプだった。
連れの女はロングの茶髪で一見若そうに見えたが、スタイルはやや崩れていた。
飯塚より年上かもしれない。
なんとなく見覚えがあるようにも思えたが、誰だかわからなかった。
女の方がベッタリで、飯塚があしらうような関係らしい。
二人は酒や食料を買い込むとさっさと店を出ていった。
どうやら飯塚は私に気が付かなかったらしい。
詮索してもしょうがないし、飯塚も私と顔を合わせたくないだろうからちょうどよかった。
私は酒とつまみを買い、マンションに戻った。
外からマンションを見ると、半数以上の部屋に灯りがついている。
自室303号室はさっき電気をつけたままなのでカーテン越しに電気が漏れている。
中山優香の302号室も、田中辰雄の403号室の電気もついている。
403号室のベランダの扉は閉まっていて、マンションの下にも人影はない。
田中は飛び降りていないようだ、と私は胸を撫で下ろした。
部屋に戻り中に入ると、テレビはついたままだ。
いい加減腹が立っている私はビールの缶を開け口につけ、コンビニの袋をベッドに放りテレビを見た。
隣人ニュース:404号室飯塚真一、不倫中
私は飲み掛けのビール缶を床に落とした。
慌ててティッシュを取り、フローリングの床を拭く。
ビール臭いティッシュをごみ箱へ捨てると、再び画面を見た。
そこには、先ほど見かけた二人、飯塚と茶髪ロングの女がいた。
部屋の中でマスクを外した顔を見て私は思わず
「あ!」と言ってしまった。
その女は、山下の奥さんだった。