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四日目 5

 ドゥジエーム大公邸の離れ屋に、この半月ほど前から二十名ほどの男たちが寝起きしている。

 彼らはデュソール王国の前国王コルネーユの親衛隊隊士だった者だ。

 若い頃に故郷を離れ、異郷で傭兵として働いていた彼らは、コルネーユ王の親衛隊としてデュソール王国に迎えられた後、コルネーユ王の崩御にともない王宮から放逐された。

 それがほんの一年半前のこと。

 彼らとて、王宮で長く働けるものとは考えていなかったが、コルネーユ王の死があまりにも早く、そしてその跡を継いだヴィオレーユ女王の仕打ちの酷さに(いきどお)っていた。

 とはいえ、主人が死んだ以上、王宮に留まることはできない。

 幾ばくかの手切れ金を渡されて王宮を離れ、デュソール王国からも出て、新たな雇い主を求め大陸をさまよったあげく、元親衛隊隊士のほとんどはなぜかこの国に戻ってきた。

 デュソール王国内の貴族のもとに身を寄せた者もいるが、彼らは誰一人として期待できる報酬を与えてくれる主人に巡り会えなかった。

 結果、コルネーユ王の異母弟であるドゥジエーム大公のもとに集まり、大公家で雇ってもらえることになったが、王の親衛隊時代ほど優遇されたものではなかった。

 特に彼らは、大公から提示された親衛隊隊士として雇う条件について、不満を持っていた。


「気品ってなんだよ、気品てさ! 毎日風呂に入れってことか?」


 明かりが乏しく薄暗い部屋の中、屋敷の使用人が運んできた夕食が少ないと文句を垂れ、麦酒(ビール)が足りないと(わめ)きながら、顔の半分を(ひげ)で覆った男が叫んだ。


「そのむさ苦しい髭を()れってことだろ」


 麦酒をあおりながら(だみ)(ごえ)の男が答える。


「なんだよ! 貴族だって(ひげ)(づら)はいるだろうが!」


 男たちの半分以上は無精髭を生やしている。

 特に髭を剃る必要性を感じない彼らは、好き勝手に生える髭を放置していた。


「実際のところどうなんだよ、ルド」


 自分で樽から麦酒を注ぎながら、最初に文句を口にした男が部屋の隅で椅子に座って黙り込んでいる男に尋ねた。

 彼はこの集団のまとめ役で、かつてコルネーユ王の親衛隊隊長を務めた男だ。

 ルドという名が本名なのかどうかは誰も知らない。

 傭兵にとって名前とはお互いを呼び合う際に必要なだけであって、別に番号でもなんでも個人を識別できれば良い。だから、親衛隊時代もそれぞれが名乗った名前で呼んでいたが、おのおのが自分の素性を語り合うほどに深い付き合いはしていない。

 コルネーユ王の親衛隊に入る前のルドが、傭兵仲間の間では「野犬」と呼ばれていたことを髭面の男は知っている。なぜそんな通り名がついたのかは知らないが、やたらと強く、そして手段を選ばない厄介な相手であることも知っていた。

 コルネーユ王の親衛隊隊士となり、首輪を付けられた飼い犬となった際、飼い主であるコルネーユ王は野犬を「ルド」と呼んだ。それはコルネーユ王が勝手に付けた名前なのか、野犬がそのように名乗ったのかは不明だが、男は「ルド」と呼ばれると返事をしたので、隊士たちは皆、彼を「ルド」と呼ぶようになった。

 傭兵は身体が資本だ。

 腕っ節の強い者、運の良い者が勝ち、そして報酬を得る。

 ルドは全身に様々な傷があるが、それは彼が幾多もの修羅場をくぐり抜け、勝ち抜いてきた証しだ。

 コルネーユ王はそんな傷だらけのルドを面白がり、気に入っていたが、王の娘であるヴィオレーユ王女は気味悪がった。

 親衛隊隊士たちは、ルドの価値が理解できないヴィオレーユ王女を(あざわら)った。自分たちはコルネーユ王に認められ、信頼されているのだと(おご)っていた。

 その結果、コルネーユ王が死去すると同時に、王位に就いたヴィオレーユによって親衛隊は解散させられた。


「女王が、大公に命じたそうだ」


 しわがれた低い声でルドは答えた。

 他の男達の話し声で騒々しいはずの室内で、彼の声ははっきりと響いた。


「親衛隊の存在を認める条件が、親衛隊隊士を大公家にふさわしい気品ある者に教育すること、だそうだ」


 忌ま忌ましげに顔を顰め、ルドは吐き捨てる。


「小娘が、偉そうに」


 彼は自分を拾ってくれたコルネーユ王を慕っていた。

 そのことに彼自身が気づいたのは、コルネーユ王が死んですぐだった。

 ルドの全身の傷や粗野な言動、普段は無気力そうな表情をしているのに、敵を見つけた途端に豹変して飛び出すところが面白いとコルネーユ王は笑っていた。

 自分とは生まれや育ちがまったく違うコルネーユ王に認められることが、彼はとても嬉しかった。

 ヴィオレーユ王女が自分たちの存在を嫌っていることは知っていたが、コルネーユ王が近衛隊よりも信頼していた親衛隊だから、娘の代になっても親衛隊は存続するものだと疑わなかった。

 王家にとって、親衛隊は必要な存在だとヴィオレーユ王女も理解しているものだと思っていた。

 それが、コルネーユ王の死去とともにヴィオレーユによって親衛隊は解散させられ、ドゥジエーム大公のもとで再結成しようとしている彼らの処遇についても彼女は口を出してきたのだ。

 確かに彼女はデュソール王国の王であり、王族であるドゥジエーム大公についてあるていど意見をできる立場ではある。女王は若いとはいえ、王という立場にあり、叔父であり前王の弟であるドゥジエーム大公が王族にふさわしくない行動をすれば、苦言を呈さなければならない。

 だが、彼女が一度は切り捨てた親衛隊に関して口を挟むことについて、ルドは解せなかった。


「あの小娘さえいなければ」


 ぼそりとルドが呟くと、騒いでいた男たちは黙り込んだ。

 部屋の中に静寂が漂う。


「大公が王になれば、俺たちはまた王宮に戻れる」


 ルドの言葉に、男たちは息をのんだ。


「小娘を殺すと、さすがに大公の立場が悪くなるだろうが、あの小娘が自分で退位すると言えば世間も大公が王になることに文句はつけないだろう」

「……女王に退位するよう脅すのか?」


 (しょう)(じょう)のような赤ら顔の男がルドに尋ねた。


「あの小娘のことだ。剣を突きつけて退位しろと(おど)かせば、泣きながら退位宣言書を書くだろう」

「なるほど! しかし、どうやって女王のところまで行くんだ?」

「王宮の隠し通路を使って中に入る。城壁にある王族しか知らない通路を、俺はコルネーユ王から教えられている」


 唇を歪めて醜く笑いながらルドは答えた。


「へぇ! さすがルドだな!」


 わっと男たちが歓声を上げた。


「いつ、決行するんだ?」

「そうだな――()()(さっ)()には女王の婚約披露宴がおこなわれるというから、人の出入りが増えて警備が厳しくなるだろうし、あまり遅くなっても意味がない。女王の婚約者は宰相の息子ということだから、婚約が正式に発表されると宰相も本格的に敵に回すことになる。となれば、婚約披露宴の前に女王を退位させて、明明後日の婚約披露宴を大公の戴冠式にしてやろうじゃないか」

「じゃあ――――」

「明日、だ」


 ルドは()(ずみ)(いろ)の瞳に凶悪な光を宿して宣言した。


「明日、王宮に忍び込む」

「よっしゃ! 明日だな!」


 男たちはそれぞれ麦酒が注がれた(カップ)を掲げると、声を揃えて叫んだ。


「大公に王冠を!」

「親衛隊の復活を祝って!」

「乾杯!」


 麦酒を一気に飲み干す男たちを冷ややかに眺めながら、ルドはゆっくりと自分の麦酒を喉に流し込んだ。


「ま、なんかの手違いで女王が死んだところで、誰も困らないよな」


 灰色の髪をかき上げながら、彼は独りごちた。

 コルネーユ王の親衛隊隊長を務めていた頃、王宮での暮らしは退屈だった。

 それでも、コルネーユ王のそばに立つだけで不思議と高揚感を覚えたものだった。

 ドゥジエーム大公のそばにいて、同じような気持ちになれるとは到底思えない。

 だからといって、自分の(あるじ)の上にあの小娘がいることだけは、我慢がならなかった。


「コルネーユ王に、乾杯」


 杯に残っていた麦酒を飲み干すと、ルドは椅子から立ち上がって寝室へと向かった。

 明日に備えて、剣の手入れをしておくために。

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