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三日目 4

 ドゥジエーム大公オーギュスト・シスは、光沢のある(つるばみ)(いろ)の服を身にまとって応接室に現れた。

 初夏の装いにしては重い色だが、フランシーユが覚えている限り、叔父はいつも似たような色の服ばかり着ている。流行に無頓着というよりは、あえて流行を無視している風だ。

 ヴィオレーユも似たようなところがあり、女王の衣装部屋のドレスはどれもフランシーユ好みではない。

 非公式とはいえ王に謁見するので、上着の袖口や襟元には銀糸で刺繍が(ほどこ)され、絹のシャツの襟元を生成り色のレースのネクタイで飾っている。

 栗色の髪に黒い瞳は母親であるクローデット妃譲りだ。

 フランシーユがこの三日間の間に王宮内で目にした歴代王族の肖像画の中に、栗色の髪や黒い瞳はほとんど描かれていなかった。マリアンヌやシリル、フランシーユのように金色の髪と青みを帯びた瞳がほとんどだ。ヴィオレーユもこのシス王家の容姿を受け継いでいたからこそコルネーユ王の(けい)()として認められたのだ。

 そして、オーギュスト・シスがどれほど政治的手腕の持ち主であったとしても王座から遠ざけられている理由は、彼がシス王家の容姿をほとんど継承してしていないことが上げられる。

 ヴィオレーユ女王の王配候補にドゥジエーム大公家の公子の名がなかったのは、オーギュスト・シスがセヴラン王の血を引いていない可能性と、彼の容姿が関係している。もしドゥジエーム大公家の公子がヴィオレーユ女王と結婚して、生まれた王太子がシス王家の髪と瞳の色を持っていない可能性を大臣たちは心配しているのだ。


(まぁ、叔父様はそれほど権力に固執しているようには見えないけれど、その辺りはどうなのかしら。人は見かけによらないというから、無害そうに見えても実は……ってこともありえるけれど)


 向かい合って座る叔父の姿を上目遣いに観察しながら、フランシーユは考えた。

 部屋に入ってきたドゥジエーム大公から挨拶を受けたフランシーユが一言「ごきげんよう」と返事をした後、椅子に座った叔父はマリアンヌから説教をされていた。

 フランシーユはそれを黙って聞いているふりをしている。

 まっすぐに叔父を見てしまうとヴィオレーユではないこと気づかれてしまうので見ないように、と宰相とマリアンヌから注意されていたのだ。

 自分と叔父はほとんど面識がないので大丈夫ではないか、とフランシーユは言ったが、アンセルムから「目力が違い過ぎる」と言われ、周囲も黙って頷いたので、おとなしくしていることにした。

 王宮にはドゥジエーム大公派と呼ばれる派閥があるが、実際にはドゥジエーム大公本人はあまり関与していないという話だ。

 宰相に反感を持つ貴族の一部が、ドゥジエーム大公を王位に就けて宰相を宮廷から排除しようという目的でドゥジエーム大公派を名乗っているらしい。ヴィオレーユ女王に()びへつらって宰相を蹴落とすのではなくドゥジエーム大公を(かつ)ぎ出そうとしているのは、女王が公式の場にほとんど顔を出さないため彼らが近づく機会がほとんどないせいだ。引きこもりの女王の周囲には、良くも悪くも人が集まらない。


(叔父様も多少は迷惑をしているのかもしれないけれど、大公派を名乗っている貴族を放置しているってことは、あわよくばって思っているのかもしれないから、油断ならないわね)


 ドゥジエーム大公派を名乗っている貴族の行動が目に余るようなことがあれば、大公自ら注意することはあるらしい。自分の名前を使う真似をやめるか、大公家の品位を(おとし)める行動を自嘲するかを選ぶように、と言うそうだ。

 ドゥジエーム大公派と呼ばれる一派は、反宰相派の最大派閥だが、大公の名の下に集まっていることもあり顔ぶれを把握しやすくて助かっている、と以前シリルが話していたことを思い出した。

 今回のコルネーユ王の元親衛隊についても、ドゥジエーム大公が受け皿となっているのだから確かに状況としてはそう悪いものではない。ただ、大公が私兵を集めることはヴィオレーユ女王にとって脅威になりかねない側面もある。さらには、ドゥジエーム大公派の活動を助長することも考えられる。

 もっとも、マリアンヌはドゥジエーム大公が私兵を持つことよりも、親衛隊の隊士たちの質を主に気にしているようだ。士官学校でそれなりの教育を受けた士官が集まっている近衛師団と異なり、親衛隊は傭兵の集まりだということが気に入らないらしい。しかも、それがかつてコルネーユ王によって集められた私兵であることが問題なのだ。ドゥジエーム大公が勝手に集めた傭兵たちなら、マリアンヌもここまでめくじらを立てることはなかっただろう。


「良いですか、オーギュスト。あなたが私兵を集めるということは、陛下に対して剣を突きつける意思があると誤解されても仕方ないことなのですよ?」


 マリアンヌはドゥジエーム大公に口を開く隙を与えず、(こん)(こん)と諭す。


「兄の親衛隊の者たちが、陛下の御代になって突然解雇されたことをあなたが憐れんでいたことは承知しています。ただ、陛下には親衛隊など不要であり、近衛隊で十分護衛は務められるので、陛下はご自身で親衛隊の解散を決定されたのです。そもそも、兄の時代でも親衛隊がなにか特別なことをしていましたか? 兄が四六時中命を狙われていたわけでも、他国の間諜が王宮内を歩き回っていたわけでもないではないですか。兄の治世下で大きな戦争が起きたわけでもありません。父の時代にはいくつかの戦争がありましたが、それだって国が疲弊するほどの戦争ではありませんでした。そもそも、ヴィオレーユ女王陛下は争い事がお嫌いですし、軍人のような荒々しい者も好ましく思われてはいません。近衛隊をおそばに置かれているのだって、国王という立場上、どうしても警護は必要だから仕方なくそばにいることをお認めになっているのです」

「しかし、昨日は陛下が()()()()近衛隊の視察に出向かれたと伺いました。陛下の心境に変化がおありになったのでは?」


 ドゥジエーム大公がちらりとフランシーユに視線を向けて、尋ねる。


「しかも今日は、隊長がおそばにいるではないですか。これまで、隊長は陛下に近づくことも許されなかったと聞きます。陛下が近衛隊を無視できないなにかが起きていると考えるのは、私の邪推でしょうか?」


 フランシーユの背後に立つアンセルムを見上げながら、わざとらしくドゥジエーム大公は首を傾げる。


「あなたが兄の親衛隊を自分のところに呼び寄せたものだから、陛下は不安を覚えられたのですよ。万が一の際、陛下はご自身のお気に入りの隊士が傷つくのを見たくないそうなので、滅多なことでは怪我をしそうになく、万が一怪我をしても陛下が気を病まれることがない隊長をそばに置いておくようわたくしが陛下にお勧めしたのです」

「――――そ、そうですか。あなたらしいお考えですね、プルミエ公爵夫人」


 マリアンヌの説明に納得したらしいドゥジエーム大公は、少々退()いている様子だ。


「まぁ! オーギュスト! なんて他人行儀なのかしら! わたくしのことをもう『お姉様』とは呼んでくれないの!?」


 大仰にマリアンヌが嘆くと、ドゥジエーム大公は慌てた。


「しかし、陛下の前ですから、そのように馴れ馴れしくしては……」

「陛下はわたくしたちの姪であり、親族なのですから、あなたがわたくしのことを『お姉様』と呼んでも、陛下は気になさいませんよ! ねぇ? 陛下!」


 マリアンヌが勢いよくフランシーユの方を向いたので、慌ててフランシーユは頷いた。

 どう見ても、この場を仕切っているのはマリアンヌであり、ドゥジエーム大公は完全に気圧されている。

 彼とてこの場にマリアンヌがいることは予想していただろうに、まさかこれほど口を出してくるとは思わなかったのだろう。


「お、お姉様。陛下もお忙しいことでしょうし、そろそろ私はおいとまいたします」


 このままでは姉の説教がいつまでも終わらないと判断し、ドゥジエーム大公は辞去することを口にした。


「陛下。私がコルネーユ王の親衛隊を庇護することをお認めいただけますか?」


 本来の目的だけは達成せねばと思ったのか、ドゥジエーム大公は早口でフランシーユに尋ねた。


「えぇ」


 フランシーユは即座に頷いた。

 それを確認すると、ドゥジエーム大公は「では」と椅子から腰を上げかけた。


「ただし」


 できるだけ小さな声で、フランシーユは中腰になったドゥジエーム大公に淡々と告げた。


「親衛隊の者を、大公家の親衛隊にふさわしい品位ある者に教育してください。ランヴァン卿曰く、どのように育ちが良い貴族の子弟でも士官学校に入ればあるていど荒っぽくなるのだとか。人が環境によって上品にも下品にもなるのであれば、どのような出身の者であっても教育をほどこせばそれなりの品格が備わった者になれるのではないでしょうか。父は彼らの雇い主として、彼らへの教育を(おこた)りました。叔父様、あなたは父ができなかったことをしていただけますでしょうか」


 視線は自分の手元を見つめたままフランシーユが一気に喋り終えると、ドゥジエーム大公は一瞬驚いたように黙り込んだ。


「それが、認める条件です」

「――――わかりました。善処します」


 しばらくフランシーユの顔を凝視していたドゥジエーム大公は、静かに答えた。


「オーギュスト! 善処ではなく、『必ずします』とおっしゃいなさいな!」


 マリアンヌが注意をすると、ドゥジエーム大公は女王に対して一瞬だけ覚えた違和感を忘れたように、慌ててお辞儀をした。


「では、陛下。お忙しいところお会いいただき、ありがとうございました」


 「待ちなさい!」と叫ぶマリアンヌを尻目に、ドゥジエーム大公は逃げるように応接室から去って行った。

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