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一日目 1

 プルミエ公爵令嬢フランシーユ・ガヴィニエスにとって、五つ年上のシリルは理想の王子様で自慢の兄だ。

 癖のある亜麻色の髪に宝石のような輝きを持つ青玉色の瞳、父親似の整った容貌に引き締まった身体から伸びる長い手足。誰にでも公平で優しい人柄だけれど、妹にだけはとびっきり甘い。当代のプルミエ公爵であり現宰相を父に、前国王の妹であるマリアンヌ王女を母に持ち、いずれは従妹であるヴィオレーユ女王の王配になることが内定している。そんな兄のことが、フランシーユは物心がつかないうちから大好きだった。

 幼い頃からフランシーユは「わたしがおにいさまとけっこんする! おにいさまはおうじょさまとけっこんしてはだめなの!」と言ってはシリルを困らせ、周囲から兄妹は結婚できないのだと幾度も諭されたものだ。

 フランシーユとクレール公爵家の子息アンセルム・ランヴァンとの婚約が決まった際、彼女が目にたくさんの涙を溜めながら「おにいさまとけっこんしたい。アンセルムとはけっこんしない。いじわるなアンセルムなんかだいっきらい!」とシリルに訴えたとき、兄は困った顔をしてフランシーユが泣き止むまで黙って抱きしめてくれた。


(生まれてからこれまで百回以上、お兄様と結婚したいと言った記憶はあるけれど、あれは妹として最愛のお兄様を独占したいというわがままを表現する言葉のあやというか、アンセルムに対する嫌味というか、さすがに十六になったいまでも本気でお兄様と結婚して夫婦になりたいわけじゃなくて、いまとなっては口癖になってしまったというか恋に恋するお年頃の娘ならではの発言であって……)


 外出着姿のまま長椅子に座らされたフランシーユは、真正面の椅子に座る険しい表情の両親、その背後に立っている婚約者であり近衛師団士官の制服に身を包んだアンセルム・ランヴァンの渋面、自分の隣に座る困り顔のシリルへと視線を移しながら、心の中でつらつらと自分自身に対する言い訳を並べた。


「僕はこれから家出をした妹を探しに行くという名目で宮殿を出るけれど、七日後には必ず帰ってくるから心配しないでね。ほんの七日間の辛抱だから、その間だけ、陛下の身代わりとして政務をとって。実務をするのは父上だから、君がするのは書類への署名、官僚や諸外国の要人との面会、王都内の施設の視察など簡単なものだけだよ」


 柔らかな低い声でシリルはフランシーユの耳元で囁く。


「七日後には、王宮で陛下との婚約披露宴が催されるから、それまでにはどんなことがあっても陛下を連れて戻ってくるよ。だから、フランも頑張って」

「でも……もし、陛下を見つけ出せなかったら……」


 フランシーユが不安げに呟くと、シリルは人差し指で妹の唇を押さえて黙らせた。


「フラン、僕を信じて待っていて」


 緊張で震えるフランシーユの両手を握って、シリルは言い含める。


「僕が戻るまでの間、父上と母上が君のそばについている。アンセルムが護衛として君を守る」


(でも、もしお兄様と一緒に陛下が戻ってこなかったら、わたしはヴィオレーユ女王としてお兄様と婚約して、いずれは結婚しなければならないんじゃないの?)


 さきほど聞いたばかりの話に、フランシーユの頭の中はまだ混乱していた。

 喉元まで出かかった言葉をフランシーユはなんとか飲み込んだが、(うれ)いを帯びた妹のまなざしでシリルは察したらしい。


「約束する。僕はなにがなんでも陛下を見つけ出して、どんなに嫌がられても首根っこ掴んででも連れて帰ってくる」

「ぜったい……?」

「うん。僕がこれまで、君との約束を破ったことなんてないだろう?」

「えぇ、そうね」


 曖昧な笑みを浮かべつつフランシーユは頷いた。

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