生贄にされた家族
船吉は最初から一人だった訳でない。元々は家族が居た。両親も、祖父母も兄姉も健在だった。
生贄にされるまでは、それこそ他の村人達と共に暮らしていたものだ。船吉は次男坊で人一倍可愛がられていた。
その家族の様子がおかしくなったのは、祖父母が急に家から居なくなってからだ。長老から突然船吉の一族は生贄にされるのだと聞かされ、船吉は気が動転してしまった。
その衝撃は大きく、幼い船吉は時折幻覚を見たり、明日死んでしまうのではないかと考え恐怖で震える事もあった。祖父母が死んだばかりの頃は特に酷く、毎晩眠れなかった。その頃程ではないが、大人になった今でも、時々起こっている。
船吉は、不安で心細くなっているタビトを放っておけなかった。安心させたいのは山々だったが、船吉自身も不安であるせいで、そうはいかなかった。
今船吉に出来るのは、今日取ってきた魚を夕飯に出すぐらいだった。船吉は今日も魚を捌いて焼いている。
「最近海の様子がおかしいらしい。」
「やっぱり、僕のせい?」
「長老が言うにはね」
船吉は気にしていない素振りを見せていたが、やはりタビトをこのままにして良いのか迷っていた。だが、この幼い命を村に奪わせて良いかとも考えている。
タビト以前にもこの村に迷い込んだ人は居た。だが、タビト程幼い人は居なかった。迷い込んだ人は例外なく皆殺され、生贄にされてしまった。そうなってしまった者は家族の元へと帰る事が出来ず、墓も建てられない。
船吉の家族も同じように生贄にされた。今の自分よりも幼い兄姉が生贄にされた時は驚いた。その兄姉は恐らくタビトよりも幼いだろう。その兄姉の事を考える度に、まだタビトは死なせてはならないと思うのだった。
「明日は、久々に家族の墓参りに行こうかなと思っている。」
「家族の?」
「正しくは、“墓と思われる場所”だけどな」
タビトはきょとんとして船吉の事をみつめた。
その後、出掛けていたすずめが帰って来た。近頃、すずめは毎日のように出掛けている。一体何処で何をしているのだろう。タビトの事は漏らしてはいないようだが、普段は家に居るはずのすずめがずっと出掛けているのは気になる。
「何処へ行っていたんだ?」
「最近海の様子がおかしいから、食べ物を取りに行ってたの」
すずめの手には今日も山菜があった。それに、農家からもらった甘藷がある。この辺りは海辺に近く潮風に当たる事から野菜はあまり採れないはずだが、一体どういう事だろう。
「私の家畑を持っているから、そこで甘藷を育ててるの」
「甘藷なんて、この地には自生していないはずだが?」
「生贄にされた人が持ち込んだのを密かに育てているみたいだけど、詳しくは分からない。これは売れないから私達で食べよう?」
すずめは煮魚の中にその甘藷を入れた。今日の煮魚は甘藷で甘くなっている。
「美味しい…」
「それにしても、他所からものを持ち込むのも禁じられてたんじゃ…」
「だから密かに育てているの。私の両親も亡くなってしまって、今は私と姉さんで育てている。」
タビトはその煮魚をすぐに食べきってしまった。そして、家の隅の方で寝てしまう。
船吉は明日の準備をしていた。生贄された人が行くという洞穴に行くのは、船吉もかなり久々だった。
そして翌日、朝早く起きた船吉は、眠っているタビトを起こして、その洞穴に向かった。