旅をする一族
タビトは船吉に自分達が今まで旅をしていた事を話した。タビトの一族はこの国から遠く離れた別の国の住民で、一族ごと旅をすることによって結束を高めていたのだそうだ。
「僕達の一族は色んな国を旅した。何処までも続く草原、火を噴く大地、氷の海、行き着いた場所はどれも違う顔をしていた。」
草原も、火を噴く大地も、氷の海も、船吉には想像する事が出来なかった。
「本当にあるのか、それは…」
「うん、だってこの目でちゃんと見てきたもの」
タビトは自分の目を指さした後、首から下げていた銅製のコインを船吉に見せた。そのコインには顔がある太陽の絵が描かれている。
「僕達の一族は太陽神を信仰していてね。どんな国に行ったとしても太陽は必ず見てるから、太陽が僕達の旅を見守っているんだって父さんは言っていたな。」
「君が信じている神様はそうなんだね、僕達が信じている神様は、僕を生贄にしようとしているんだ。」
「生贄にされる?船吉が?どうして?」
「分からない、僕が産まれる前から決まってた事なんだから」
船吉が神の生贄にされると知ったタビトは、納得いかないようだった。何故なら、タビトが今まで信じてきた太陽神は、生贄を捧げなくとも太陽に向かって礼拝をすれば、見守ってくれると教えられていたからだ。
「タビトは旅をしていたから文化の違いとかが分かるだろう?」
「納得いかないよ」
「でもそれが、村の意思なんだ」
「船吉は、どうなの?」
「分からない、僕は村の意志に従ってるだけだから」
「じゃあなんで僕を庇ってくれるの?!僕を庇うのは、村の意志に反するっていうのに…」
タビトの言葉を聞いて船吉ははっとなった。確かに、こうしてタビトを庇うのは、村の意思に反する。だが、船吉は自身の意思でタビトを庇っているのだった。
少なくとも、船吉には自分の意思があり、それによって村の意志に反している。幼い頃から村の意志は絶対だと教えられてきた船吉にとっては、勇気がいる行動だった。
微かではあるが、幼い頃から船吉は村の意志に疑問を持っていた。何故、自分の家族だけが生贄にされなければならないのか。何故、外の者と関わるのを禁じるのか。その疑問が積み重なった結果、今こうしてタビトを庇っているのだと船吉は考えていた。
「船吉は僕を庇ってくれている。でも、いつ見つかるか分からない」
船吉は、タビトを見てこう言った。
「誰がなんと言おうが、僕はタビトの味方だ。」
船吉がそう言ってくれてタビトは嬉しかったが、それと同時に不安になった。
「でも、もし船吉が僕のせいで殺されたら、どうしよう…」
「どの道僕は早く死ぬから、それが少し早くなるか、遅くなるかだけなんだよ。」
船吉はそう言ってタビトを安心させようとしたが、タビトは気が休まらなかった。
そうしているうちに外出していたすずめが帰ってきた。すずめは、二人が今までどのようなやり取りをしていたのか気になったが、敢えてそれを聞こうとはしなかった。