村の掟
この村には幾つか掟がある。それを船吉達は幼い頃から長老から様々な掟を聞かされていた。
「まず始めにこの海と森の向こう側に行ってはならない。他所から来たものを迎え入れてはならない。そして、海神様に逆らってはならない。」
幼い船吉はそれを何の疑問も抱かずに聞いていた。何故他所から来たものを迎え入れてはならないのか、この村から出てはならないのか、分からないままそれを受け入れて守っていた。
船吉が村に疑問を抱き始めたのは、家族が生贄にされるようになってからだった。まずは祖父母、それから両親、それから兄姉が順番に岩場の洞穴に入ったまま、二度と戻って来る事はなかった。最後に姉が生贄にされた時、長老に次は君だと教えられた。
船吉は何故自分の家族だけが生贄にされるのかと長老に尋ねた。だが、長老は何も答えてはくれなかった。そして、長老は船吉が数えで二十歳になった時に生贄にするのだと伝えた。
それ以降、船吉は明日生贄にされてもいいようにと思いながら過ごしていた。家族は消え、すずめと暮らしているが、すずめといつ別れてもいいように常に準備している。漁に行く時も船吉は、死に場所を探しているんだと考え、黒い海と空を見上げていた。
船吉が家に帰ると、タビトが待っていた。タビトは船吉が魚を持って帰ったのを知ると、
「船吉は、毎日魚を釣ってるの?」
「ああ、これは今日の分だ」
船吉は魚を洗って捌き始めた。
「この村では外に出たり外から来た人と関わるのを禁じているんだ」
「変な決まりだね」
「僕はそれが普通だって思ったんだけど」
船吉はそれを自分とタビト、すずめの分に切り分けた後で焼いた。そして、その一片をタビトに手渡す。
「タビト、外の世界ってどうなっているんだ?」
タビトにとっては当たり前だが、船吉にとっては普通ではなかった。外の世界に憧れる事、村を出ていく事、外の人と関わる事、それは村に刃向かう行為でしかなかったからだ。
現に密かにタビトを庇っているのも、村の意思に反する事だった。もし見つかれば、タビトはおろか、船吉とすずめがどのように処理されるのか分からない。
タビトはその事の重大さを分かっていなかったが、自分が見つかってはいけない事は分かっていた。今までの旅で現地の人に歓迎される事も、その逆の事もあったからだった。この村ではなくても国自体が閉ざされている中で、自分達の存在は異物でしかなかった。
タビトは焼いた魚を食べて一息ついた後、船吉にしか聞こえない声で、自分が今までしてきた旅の事を語り始めた。