流されてきた少年
少年は船吉の事をじっと見ていたが、船吉が歩くとそれに着いて行った。そして辿り着いたのはあばら家。船吉とすずめが暮らす家だった。
家に着くと、すずめが待っていた。すずめは、船吉が見たことも無い格好をした子供を連れて来た事に驚いている。
「村の外の子?」
「漂着してきたとはいえ、外の人間はここに居ては殺されてしまう。」
「でも、帰すにしたって何処から来たのか分からないわ」
少年はしばらくきょとんとしていたが、帽子とマントを脱いでその姿を顕にした。少年は十歳くらいに見えた。姿は目も髪の毛も赤茶色で、マントの下の服は南蛮のものに近いものになっている。
「僕はタビト…、仲間と旅をしていたら…、はぐれてしまった。」
少年がそう呟くと、船吉はこう答えた。
「君はタビトって言うんだね?僕は船吉、そして妻のすずめだ。僕達は二人でここに暮らしている。」
タビトは今までの話を聞いていたらしく、船吉にこう聞いた。
「ここに居たら殺されてしまうって、どういう事?」
「村の掟でそう決まっているんだ。」
船吉がどうしようもないようにそう言うと、すずめがこう返した。
「でも村の外にある森を抜ければ、別の町へ行けるんでしょ?他の村人に見つかる前にタビト君だけ逃がせないの?」
「この村は閉ざされているんだ。そして長らく他の町から人が来た事が無い。それに、あの森は深い。そして誰も別の町へ行く道を知らないんだ。タビトがこの中に入ったとしても、生きて町へ出る事が出来るか分からないんだ。」
船吉もすずめも、それから他の村の誰も森の抜け方を知らなかった。
その村の外側に広がっている深い森を『海神の森』と村人は呼んでいる。海の恵みの源になるこの森を村人達は大切にしていた。この深い森に守られているお陰で村は平和だと船吉達は教えられていた。
この森を抜ければ、他の村に辿り着くと言われている。だが、大きな秘密を抱えているこの村は人の出入りを禁じていた。もし、この村に人が迷い込んだとしても、秘密を知って外にそれを漏らすのを防ぐ為に死刑にするのだった。そうなった人を子供の頃から船吉は見ていた。
恐らく、子供のタビトも例外では無いだろう。船吉はタビトを仲間の元へ返そうと思っていたが、それを他の住民は反対するだろう。
「父さん、母さん、リサ…、会いたい。」
タビトは家族の事を思い出して心細くなっていた。
「家族を思い出していたのか?」
「船吉にも家族居るの?」
「居ると言うより、居たって言った方が正しいかな。僕の兄弟は、いや、家族は皆生贄にされて死んでしまった。」
「じゃあ船吉は、一人なの?」
「すずめも居るし、村人達も居るから寂しくないよ。」
「そっか…」
「とりあえず、今日は此処でゆっくりしていいよ」
船吉は今日釣ってきた魚を捌いて、調理してタビトとすずめに渡した。タビトは初めて見る魚料理に戸惑っていたが、余程空腹だったのかすぐに食べて眠ってしまった。
これからこの子をどう守ればいいのだろう。船吉はそれを考えながら眠りについた。そして朝早く、すずめもタビトも眠っている間に起きて、再び漁に出掛けた。