表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

忘却聖女

作者: 守野伊音





 この世には聖女がいる。

 聖女じゃなくて聖人でいいんじゃないか。何で分けるんだ、識別面倒くさい。そう正直に言ったら拳骨くらった。厳格な神官長様は咳払いして続ける。

 聖女の定義は国によって様々だが、我らがアデウス国では本当に聖なる力を持った女性のことをそう定義する。

 だったらそれもやっぱり聖人でいいんじゃないか。素直にそう言ったら、折り曲げ尖らせた人差し指でこめかみぐりぐりされた。猛烈に痛かった。


 孤児として神殿で面倒を見てもらっている間、柱を登ったら拳骨を落とし、掃除中箒を振り回して遊んでいれば拳骨を落とし、池の魚を捕まえようと飛び込んで溺れたのを助けて拳骨を落とし、教科書枕に涎を垂らして寝ていれば拳骨を落としと、私に拳骨を落とし続けた神官長は、いつも以上に大変畏まった口調と表情できっぱり言い切った。


 お前がその聖女だ。


 ボケたんなら介護しますよ。そう返した私の頭に最大級の拳骨が落とされたのも、今ではいい思い出である。






 目の前には固く閉ざされた門がある。右手にある詰め所内に控えた衛兵と、門の左右を固めた衛兵が厳しい目で私を見ていた。見ているというより、睨んでいる。

 そんな彼らの前にいるのは、この国で聖女と花嫁だけが着ることを許された白い服を纏った私、ではなく、さっきまで着ていたその服を剥ぎ取られ、よくこんなの城にあったなとびっくりするくらい襤褸切れと化したかろうじて服の原形を保っている服を着た私、である。


 赤紫色の髪も乱れてぐしゃぐしゃだけど、ここまで引き摺ってこられた際に散々乱れたし、普段の身支度も自分では手ぐし程度にさっさと済ませてしまうので別段問題はない。

 見上げた先には、国で一番高い山を背景にした立派な建物がある。山は神が住まう地として有名な霊峰だ。そして、その麓に番人の如く建っているのがこの国の王城と神殿である。正確には手前に王城があり、その奥に神殿の先っぽが見えていた。拾われてから七つまで育ててもらった神殿、聖女となり十五まで務めを果たした王城。

 正確には、昨日まで務めていた王城。


 髪がぐしゃぐしゃでも、掴まれ押さえ込まれた場所が痣になっても、引き摺られて身体中擦り傷だらけでも問題はない。

 それは問題ないのだが、ただ一つにして絶対的な問題がある。


「……あれぇー?」


 寝て起きたら、周囲の人間が私のことを綺麗さっぱり忘れ去っていた。

 これに尽きる。







 予兆など、本当に何もなかった。昨日までいつもと同じように仕事をしていただけだ。

 聖女とは聖なる力を持った存在である、といえば憧れられるし聞こえもいいが、要は傷を癒やすだけである。


 出来る限り怪我を治すよ! 病気を治すよ! 悩みは……散ればいいね!

 私は神官長から聞いた聖女の務めを、自分なりにそう解釈した。そもそも、神が聖女に与える力は代々違う。先代の聖女は光った。なんか光った。求心力とかそういう面でもそうだし、物理的にもそうだし、なんか光った。先々代の聖女は、なんか和ませた。求心力とかそういう面でもそうだし、場の雰囲気的にもそうだし、なんか和ませた。なんか……そんな感じだ。

 私は勉強嫌いなのだ。察してほしい。


 しかし、そんな私でも、仕事をさぼったり、勉強さぼったり、お偉方との会食やら夜会やらをさぼったりもしたが、自分なりに適当にそれなりにやってきたと思っている。

 神官長も王様も王子も騎士も神官も、その他諸々の勤め人達も、皆に頭を抱えられはしたがそれなりに仲良く恙なくやってきたはずだ。そもそも聖女の方針は、代々の聖女によって変わる。だから私は、聖女として人として少々多大に盛大に風変わりだとは言われたが、一応問題ない範囲だった。


 だからこそ、訳が分からない。


 今日は誰も起こしにきてくれなかった。

 いつもはどんなに仮病を使っても「嘘ですね、とっとと起きやがれ」と誰も彼もが布団を引っぺがすというのに。最初は侍女で構成されていた起床係にメイドが混ざり始め、最終的に騎士も神官もごった混ぜの男女混合型起床係が編成され、誰一人として遠慮してくれなかったくらいなのに。

 ……いくら私がさぼり魔とはいえ、もうちょっとくらい遠慮や配慮があってもよかったのではないだろうか。聖女の寝台を、力自慢で編成された最終兵器部隊でひっくり返すのはどうかと思うのだ。

 それはともかく、起床係の到来がなかったことにより昼過ぎまでぐっすり眠った私は、流石にお腹が空いてきたのでちゃちゃっと着替え、部屋を出た。いつも通り大欠伸をしながら食堂へ向かい、怒声と共に捕まった。


 そこからは怒濤の如くだ。

 お前は誰だから始まり、どうしてその服を着ている、どこから入ってきたと一斉に続き、お前は誰だに戻った。

 何の冗談だと思ったものだ。こんな質の悪い冗談をしかけられるほど悪いことしたかな。勉強をさぼって逃げ出した先で昼食を一緒した王子様の皿に、彼が嫌いで私も嫌いな野菜を私の皿からぺいぺいと全部移したからかな。びっくりしながら、そんなことを考えていた。

 しかし、見知った人々が険しい顔で、まるで見知らぬ不審者へ向ける視線を私に向け続けるので、これはおかしいと思い始めた。

 そして、私を育てたと言っても過言ではない神官長が、いつも通り厳しく真面目な視線の中に軽蔑を滲ませ『着る資格もない聖女の服を勝手に着ている、聖女を侮辱した常識のない女』として私を扱った時、これが悪ふざけでも冗談でもないことが分かったのである。





 ふぅと息を吐き、城と神殿に背を向けた。これ以上ここで衛兵達から汚らしいものを見る視線を向けられていても仕方がない。長年の付き合いだった人々が私を分からないのに、聖女の公務としてここを通る時のみの付き合いである衛兵達が分かるはずがないのだ。さぼる際によくお世話になっていた裏門の衛兵ならまた違ったかも知れないけれど、何にせよ神官長が私を分からなかったのだ。他の誰にも分からないと思ったほうがいい。


 着の身着のまま……着ていた物を剥ぎ取られたので着のままではないが、私は長く暮らした場所を後にした。



 抜け出すときはいつも跳ね回らんばかりに、実際跳ね回りながら喜んで駆けだしていた道を、一人でとぼとぼ歩く。


「服はともかく靴くらいは奪い取るべきでした……」


 別に気落ちしているわけではない。裸足で歩いているから足の裏が痛いのだ。片足をひょいっと持ち上げると、短い襤褸切れ、失敬恵んで頂いた服から太股が覗く。今ははしたないと怒る人もいないし、問題ない。


「うわぁ……」


 足の裏は皮がべろんべろんになっていた。石も刺さっている。これは痛いわけだ。聖女の服と一緒に靴も取り上げられたのは痛かった。物理的に。

 とりあえずその辺に座り、足を腿の上に乗せる。ちまちまと刺さった石や棘を取っていく。襤褸切れ、失敬、服の丈が短いので、仕方なく袖を千切って足に巻く。これで少しはましだろう。代わりに格好は更に残念になった。


 別に気落ちしているわけではない。こんなの、神殿に拾われるまで日常茶飯事だった。寧ろ今までが夢のようだったのだ。ゴミを食らい、汚水を飲み、動物の死骸と一緒に眠った。拾われるまではそんな幼少時代を過ごしていたのだ。捨て子の孤児が生きていく道などそれ以外何があったというのか。


「とりあえず仕事を探しましょうか」


 別に気落ちしているわけではない。それに諦めているわけでもない。まだ何が何だかさっぱり分からないが、このまま逃げ出すつもりもなかった。

 聖女でなくなったとしても、私は一市民として普通に生きられる程度にはしっかり図太いが、今まで生きていた場所から突然理由も知らせられず放り出されてよしと出来るほど寛大ではないし、あの場所に未練がないわけでもない。皆が私を忘れた原因を必ず探り出し、私を追い出した奴の顔を拝み、拳を叩き込んでやる。そう気合いを入れる。

 元々一人で生きてきた私は、今や人々の期待を一身に背負う聖女という大役をそれなりに務め、残念聖女、逃亡聖女……何はともあれ聖女と呼ばれてきた強い女なのだ。


 だから、別に気落ちなんてしていない。じくじく痛む足で地面をしっかり踏みしめ、空を見上げた。空は、腹が立つほど晴れ渡っていた。

 だから、別に気落ちなんてしていないし、雨だって降っていないのだ。








「甘かったわ……」


 現聖女でありながら元聖女という矛盾する立場を両立させた私は、スラム街の一角でゴミを漁っていた。


 ここは王都だ。

 ピンからキリまであるが、何かしらの仕事にはありつけると思っていた。だが甘かった。まず見た目が悪すぎた。せめて普通の服を着ていればまだ見込みはあったのに、襤褸切れを纏った肌と髪だけ綺麗な女など誰だって関わりたくないだろう。いっそのこと全部ぼろぼろだったらまだ同情を集められたものの、服装以外はそこまで荒れていないのだ。貧しい女、ではなく、ただ単におかしい女扱いされた。

 おかげで、次から次へと仕事を断られ続け、気がつけば王都の隅の隅、貧民街に行き着いた。


 そこに住む人間が多ければ多いほど、成功する人間の数も多ければ転がり落ちる人間の数も多い。生まれたときからここにいる人間、何らかの理由で転がり落ちここに落ち着いた人間。事情は様々だが、ここは質を求める立場にない人間の集まりだ。

 質の向上は、基板が固まった人間の特権だ。食料、寝床、暖を取れる衣服。それらを安定的に得られて初めて、人は次の段階を目指せる。ただ腹を満たすのではなく味のいい食事を、雨風凌げるだけではなく住み心地よい場所を、暖を取るだけではなく肌触りや形、色を。質を望んで選ぶことが出来るようになる。


 つまり、今の私はその段階に全くないということだ。髪は綺麗な内にと早々に売った。その時得た多少の金でなんとかやりくりしてきたけれど、追加収入がなければどうしようもない。



 神殿に引き取られてからは縁遠くなっていた腐臭に塗れながら、他の人間に混ざってゴミ山を漁る。

 懐かしい場所だ。神殿に拾われるまで私の住処だった場所は、何一つ変わってはいない。食べられる物を探す物、使えそうな物を探す物、売れそうな物を探す物。ここでは人も物も大して変わらない。自分を者だなんて自称する物もいない。死体もごろごろ転がっている。中には貴族らしい身形の死体もあって、そういう物はあっという間に身ぐるみ剥がされた。生きていくだけで手一杯なのに、死体の面倒まで見ていられないのだ。

 そもそも、誰かの面倒を見る物など誰もいない。自分の面倒を見るだけで手一杯なのに、物の面倒など見ていられるわけがない。



 城を叩き出されて半月、かなり困窮してきた。しかし、実はこれを待っていた。いや、こうならなくて済むならそれに越したことはなかったけれど。

 幸いと呼ぶべきなのかは分からないが、肌も髪も服装に見合うみすぼらしさになった。今なら物乞いとして再挑戦が可能かもしれない。

 まずは仕事! そしたら食! 最後に住処だ! どこかに衣を紛れ込ませることが出来たら完璧である。

 完璧な計画を立てていた私は、うふふと笑いながらゴミ山に手を突っ込んだ。崩れ落ちた山からぽろりとカビだらけのパンを見つけた。カビはあれどかなりの大きさ。これなら腹を膨れさせるには充分だ。これを食べて物乞いに行く元気をつけよう。

 

 これは天の恵みと伸ばした私の身体が吹っ飛んだ。

 ゴミに埋もれながら、じんじん痛む頬に目を回す。なんとか現状の把握に努めると、私を殴り飛ばした中年の男がパンを懐に入れて走り去っていくところだった。

 スラム街では、早い者勝ちではなく奪った物勝ちなのだ。弱い私がいけないのである。勿体ないことをした。見つけた瞬間さっと隠すべきだったのだ。

 殴られたほうと逆の頬に張り付いたゴミを取りながら、しっかり反省した。


「………………何を、しているのですか」


 鳴る腹を宥めつつゴミ漁りを再開すると、何やら聞き覚えのある声が聞こえてきた。きょろりと視線を回すも、見慣れたゴミ山しか存在しない。所々崩れたのか山の形が変わっているけれど、それだけだ。気のせいかとまたゴミへ視線を戻す。


「何をしているのかと聞いているのです、聖女っ!」


 弾かれたように顔を上げる。慌てて視線を巡らせ、視線を下ろす。ゴミ山の麓に、この場には全く相応しくない宝石のような薄緑色が揺れていた。


「エーレ?」


 名を呼べば、雪の精のように儚いと評される容姿で、ぎっと強く眉を吊り上げた男が立っていた。

 動くたびに光沢のある薄緑色の髪がきらきらと光って大変美しい。いつもきっちり整えられていた髪が若干乱れているのはフードをかぶっていたからだろう。足から頭まで隠せるローブをかぶっていたようだが、顔を上げた拍子に取れてしまっていた。


「私のことが分かるのですか?」


 首を傾げながらゴミ山から滑り降り、顔面からべしゃりと地面に着地する。足の裏が天を向く優美な降り方だ。華麗に滑り落ち、失敬、滑り降りた私は、服に絡まったゴミをはたき落とした。

 今更整える身形もないが、一応礼儀の一環としてやらないよりはマシだろう。



 エーレは神官だ。

 十八歳の彼は、十二歳で神殿へやってきた。神力もあり真面目で優秀な面が買われ、十五のおりには城へ上がっていた。まあ、彼が大貴族の子息であったことも要因の一つではあっただろうが、彼は自分の生まれを糧にはしても驕りはせず、神官の鑑と呼ばれるほど立派に仕事を勤め上げた。

 城にいる神官は、政と宗教の摺り合わせ役である。神殿の力が弱くならず尚且つ城をたてられるようぎりぎりを見極めたり、二つの間を取り持ったりと、仕事は様々だ。

 神殿の力が強くなりすぎれば王族がたたず、神殿が抑圧されれば国民の不満を呼ぶ。神に仕える神殿といえど、国教である以上、どうしても政とは切っても切り離せないのだ。その為、神殿としての務めを果たすためにも政に明るい人材は必要となる。

 その役目を担うのが、エーレのような城に詰めている神官である。


 私とは年が近いこともあり、それなりに話す仲だった。私が聖女として城へ向かうことが多くなってからは余計にだ。しかし、それなりに話す仲ではあるが、仲がいいかと問われれば首を傾げる。

 会えば挨拶程度の立ち話はするし、仕事の話をするのに畏まらずできるが、私的な内容を話す為にわざわざ立ち止まるほどでもない。されど付き合いは長い。知り合い以上、友達未満。そんな関係だ。


 そういえば城から叩き出された時、彼の顔を見なかった気がする。記憶を掘り出し、出張だどうのこうのと言っていたようなと思い出した。



 何故かぎらぎらした目で私を睨みつけているエーレに、反応に困る。私が一体何をしたって言うんだ。頬を掻こうとして、さっき殴られた場所に触ってしまった。


「いたっ……うわっ!?」

「行きますよ」


 思いっきり顔を顰めた瞬間、身体が浮いた。何だと顔を上げれば、エーレが私を抱え上げていた。


「な、何?」

「一旦私の家に戻ります。ここでは落ち着いて話が出来ませんから」

「それは助かりますが、とりあえず下ろして頂けますか。私ほら、汚いですし、臭いですし、ゴミ塗れですし」


 あまり大きく口を開けると頬が痛くてもそもそ話す。だが下ろしてもらえない。ちょっと見ない間に耳でも遠くなったのか。そんな馬鹿な。彼の地獄耳は天下一級品だ。

 掌ほどの大きさにしか見えない位置で「なーんかぬいぐるみ抱いて寝てそう」と何気なくぽそっと呟いた翌日、すれ違い様に「この歳で誰がそんな真似するか」と言ってきたくらいだ。恐ろしすぎて、その後三十分は無駄口が叩けなかった。三十分後解禁された私の無駄口に、神官長は「儚い夢だった……」と嘆いていたものだ。


「エーレ、汚れるから下ろしてください」

「黙ってください。足を負傷した者を素足で歩かせるほど、私は落ちぶれてはおりません」


 この堅物は、どうやらほとんどゴミと化した聖女にも神官としての立場を保ってくれるらしい。くそ真面目である。



 どう見てもこんな場所にいる人ではないエーレが、ゴミと化した女を抱き上げている姿は酷く異様で、かなり目立っている。

 だが夜ならばともかく、ここまで訳あり感が表に出ている相手に堂々と手出しはしてこないだろう。誰だって厄介事には関わりたくない。後ろ盾のない人間ならば尚のこと。

 細やかな刺繍が施された品の良さが遠目にも分かるフードが、私を抱えたことで見るも無惨に汚れていく。何度言っても下ろしてくれないし、もうこれは彼の自業自得だと諦めた。せめて触れる範囲を少なくしようと、身を縮こませると叱責が飛んだ。


「何をしているのです。さっさと腕を首に回してください」

「いくら私でも、この状態で人様に抱きつけるほど図太くはないのですが」

「神官の貧弱な腕をなめないで頂きたい。今にも落とす三秒前です」


 きっぱり言い切ったエーレの堂々とした顔は、やけに格好良かった。





 規定の倍の料金をエーレが払って拾った辻馬車に散々嫌がられながら乗り込み、閑静な住宅街に到着する。閑静なのは当然だ。王都に建つ一軒家が並ぶ区画。主に貴族が住む、堂々たる一等地である。

 御者に小言を言われながら私の下に敷いていたローブを回収したエーレは、改めて私を抱え直した。これでエーレの服はローブを含め全滅した。私と同じでゴミ山と同じ臭いがする。


 到着した家は屋敷と言うほど大きくはないが、一家族が暮らすなら充分な広さがあった。こぢんまりした庭にはあまり手が入っていないのか、何も植わっていない。代わりに雑草も生え放題というわけではないので最低限の手入れだけしているといった様子だ。


「ここは?」

「城にも部屋は与えられておりますが、本を置く場所がないと困っていた私に兄が用意してくれた家です」

「お坊ちゃま~」

「その通りです」


 そんな理由で王都にぽんぽん家を構えられるエーレは、伯爵家の三男だ。事実でしかない私の発言に、出会ったばかりの頃は鬱陶しそうに睨んできたものである。今ではしれっと返してくるから、随分図太くなった。


 エーレは結局一度も私を下ろさず、家へと入っていく。家の中は、意外と汚かった。掃除が行き届いていないのではない。物が多すぎるのだ。正確には本が多すぎる。棚に入りきらない分が床に積まれ塔を作り出していた。本の塔を崩さないよう、私を抱いたままするりするりと間を擦り抜けていく様はまるで猫のようだ。

 家の奥に到達して、ようやく下ろされた椅子は風呂の椅子だった。


「まずは風呂に入ってください。非常に臭いです」

「私、最初にそう宣言したはずなんですけどもね!?」

「風呂から出たら手当てします。さっさとどうぞ、臭いです」

「今は自分も同じ臭いの癖に――!」


 臭い臭い連呼されれば流石に傷つく。広げた両手をエーレにべたりと貼り付け、思いっきり力を篭める。掌から伝わってきた熱が胸を通り、髪の先まで散っていく。

 不自然に靡いた髪が重さを伴った時には、エーレの身体から放たれる異臭は消えていた。服の汚れもだ。


「……聖女の力は健在ですか」


 ほっとした顔をするエーレは、すぐに眉を寄せた。せっかく綺麗になったのに、私の手を素手で握り、掌に刺さっていたガラス片を取っていく。

 手は、随分荒れた。不衛生な環境で傷口が膿んでいる。足なんてもう見られたものじゃない。

 昔も同じほどぼろぼろで、それが普通だったのに、いつの間にか綺麗になっていた。

 そう、してもらった。神殿で、人として扱われた。聖女と判明する前から、そうして扱ってもらった。


「自分に使用できない不便さも健在ですか」

「そうですね」


 浴槽に手を翳し、あっという間に水を溜めて沸かしたエーレの神力も健在のようだ。神力があれば神官になれるけれど、エーレの力はずば抜けている。普通は指先に炎を灯せる程度だ。

 風呂の用意をしたエーレは、さっさと風呂場を去っていった。残られても困るので引き留めずに見送る。




 桶に汲んだお湯に両手を浸す。じわぁと染み入ってくる温かさと、遅れて痛みがやってくる。焼け付くように痛む傷口も、浸けっぱなしにしていればやがて慣れてきた。じくじくがぽかぽかになってようやく、深く長い息を吐く。

 誰かとまともに会話をする行為は、随分久しぶりだ。お湯だって、綺麗な水だって、ゴミの臭いがしない場所も、たった半月しか経っていないのに、全部、久しぶりで。

 透明なお湯がじわじわ汚れていく。けれど、私はしばらくそのまま動けなかった。





 膿んだ傷のままお湯に浸かるのは気が引けていたけれど、私の汚れがあまりに酷すぎてそれどころではなくなった。洗うだけで湯船のお湯を全部使い切ってようやく半月前の状態を取り戻せた私は、身体と髪を擦りすぎて疲れた腕を振りながら風呂を出た。

 脱衣所には、いつの間にか綺麗なタオルと紙袋が二つ用意されていた。中を開けると、一つは服で一つは下着だった。

 着てみてびっくり、ぴったりだ。聖女の服を含め、私が仕事で使用する衣類は全て用意されるのだから、聖女に仕える神官である彼が寸法を知っていてもなんらおかしなことはない。ありがたいけれど少し微妙な気持ちになったのは内緒である。

 しかし、この足でどうやって家の中を歩こう。絶対に血で汚してしまうと悩んでいると、脱衣所の扉がノックされた。


「入っても宜しいでしょうか」

「あ、はい」

「失礼致します」


 念を押して確認した後、宣言通り扉が開いた。上から下までざっと確認したエーレの掌がびたんと私の額に張り付いた。


「痛い! ありがとうございます!」


 一瞬で温かさが髪の間を走り抜け、髪が乾く。軽くなった髪を指先に巻き付ける。

 私は聖女の力はあるが、それ以外の力が一切ない。聖女の力は歴代の聖女によって違うが、聖女の力以外、つまり神官が持っているような神力を全く持たない存在は私が初めてである。


「髪は、どうされたのですか。無駄に長かったでしょうに」

「正装が映えるから伸ばせと言ったのは貴方達でしょうに。あれ面倒なんですよ。それに、叩き出された当日に売りました。どうせ手入れが出来なければ傷んでいきますから、値段を下げられる前に売ってしまった方がいいでしょう。でも、駄目ですね。足下を見られて安く買い叩かれました。横暴な対応をしても問題ない人間と判断されて。まあその通りなんですけども。食い下がったら石を投げられたので深追いは止めました」


 自分より身体の大きな人間にぶつかっていく人間は多くない。ぶつかりそうになれば道を譲るだろう。もしくは危険を回避する為礼儀正しく接する。ぞんざいに扱っても報復されない相手を前にした時こそ、人は真価が問われるのだ。



「うわっ」

「手を回してください」


 予告なく私を抱き上げたエーレは、私の悲鳴を無視して不満げな声を出した。


「雑巾でも頂けたら足に巻いて自分で歩きますよ!」

「さっさと回してください。疲労した私の腕が、後三歩も堪えられると思わないでください。明日は筋肉痛です」


 何故かきりっと高らかに筋肉痛宣言したエーレは、言葉通り腕をぶるぶる震わせている。だが、意地でも下ろす気はないらしく屈もうともしない。このままでは落とされると危機感を募らせた私は、渋々、本日二度目にして人生二度目の行為をエーレに行った。




 足の裏から始まり、あちこち手当てしてもらった結果、包帯お化けになった。

 容赦なく消毒液ばしゃばしゃぶっかけられた包帯お化けは、手当が終わる頃にはぐったりとソファーに沈み込む。ぴくりとも動けない私に慰めの言葉一つ吐くことのなかった男は、治療用品をしまうと部屋を出て行った。

 綺麗な身体で綺麗な場所に寝転がれる幸せに、さっきまでの痛みも忘れてうっとり目を細める。肌に触れる感触全てが心地いい。このまま眠ってしまいたいくらいだ。

 うとうとしていると、エーレが戻ってきた。視線を向けるのも億劫でソファーに沈没したままの私の向かいに座った音がする。そして、間にある机に何か置かれた音も。無意識に、鼻がひくりと動いた。


「話は食べながらしましょう」


 がばりと起き上がれば、そこにはパンとシチューと肉のタレ焼きとサラダがあった。


「た、食べていいのですか?」

「がっつかずにゆっくり噛んでください。肉はあなたの好物でしたので一応用意しましたが、無理そうならやめ……人の話を聞いてください」


 エーレの返事にかぶせて頂きます宣言した私は、淹れてもらったばかりのお茶を一気飲みしたのを皮切りに、一気に食べ始める。

 カビの生えていないパン、腐敗して汁となったわけではないシチュー、虫が集っていない黒くない肉、道端で健気に道を突き破ってきたわけではない草。

 美味しいのに、美味しいと思えない。嬉しいのに嬉しいと思えない。全部だ。それら全部の感情が一塊になって、味が分からない。ただ温かくて、お腹に入れても害にならないと思える物が身体に入っていく安堵感に、鼻の奥が痛くなってきた。

 慌ててずびっと洟を啜りながら誤魔化す。



「エーレ、畏まるのはやめてください。ここは神殿ではありませんし、城でもない。何より、私は当代聖女としての認知を失いました」

「……確かに今の状態では悪目立ちしますね。では、失礼しよう。ならばお前も、聖女としての態度は不要だ」


 神殿でも城でも、聖女らしい言動をしていなかったら氷のような視線を向けてきた男の台詞とは思えない。思わず笑えてしまう。言葉遣いだけは、何だかもう染みついてしまったが、時々荒れるのは許してほしかったのに、毎度毎度律儀に、神官長と一緒に苦い顔と氷のような視線を向けてきたのに。

 面白いのに苦い気持ちも滲んでしまったのか、私の顔を見たエーレは険しい顔をした。


「エーレは、どうして」


 向かいの先で同じ物を食べていたエーレは、静かにスプーンを置いた。


「一ヶ月の出張から帰ってくれば、神官長から未だ見つかっていない当代聖女を探すため選定を開始すると言われた。その時はお前が何かをやらかして叩き出されたのかと思ったが、それにしては奇妙だった。神官長は、未だ見つかっていない当代聖女と言ったのだ。止めに、お前のことを聞けば首を傾げられるときた。お前の部屋に行けば毎日清掃が入っているはずなのにその形跡がない。当代聖女が不在であっても毎日清掃が入るのに、どう考えてもおかしいだろう。お前の行方を聞こうにも、そもそも誰もお前を知らない。国を挙げて俺を担いでいると言われたほうがまだ納得がいくくらい信じ難いが、神殿をも巻き込める術を使った術者がいる」


 深い息を吐きお茶を飲んだエーレは、揺れている水面をじっと見つめている。私も何となく自分のお茶へと視線を落とす。包帯とガーゼがついた自分の顔がゆらゆら揺れている。情けない顔をしていなくてよかった。

 そう思って顔を上げれば、エーレが私を見ていた。



「マリヴェル、よく生きていた」


 半月振りに呼ばれた私の名前に、まるで火傷したような痛みを味わった。神官長につけてもらった私の名前が、半月振りに音として世界に紡がれた瞬間、ひくりと頬が引き攣ったのが、水面を見ずとも分かる。


「……これくらい、平気よ。だって私は、神官長に拾われるまでこんな暮らしで、あの頃より断然大きくなったのだし、今までいい暮らしさせてもらっていたから元気一杯で、勉強嫌いだから無理やりだったけれど知識もそれなりにつけてもらったし、昔に比べれば断然楽で」

「俺はお前が、神官長をお父さんと呼ぶ練習をしていたことを知っている」


 つらつら、包帯が巻かれて動かしづらい指を折りながら言い上げている私の言葉が、静かに遮られた。一度止められてしまえば、もう続けることは不可能だ。だからつらつらと続けていたのに、なんて酷い男なのだ。


「本当は半月前のあの日、神官長の誕生日に、そう呼ぶつもりだったのだろう?」


 いつも呆れきった声か、どうでもいい対象に向ける声か、氷のように冷たい声しか向けてこなかったくせに。知らない人が聞いたら優しいだなんてとてもではないけれど思えないけれど、普段を知っていれば充分に柔らかい声を、どうして。どうしてこんな時に初めて聞く声を。

 怒っていない時の神官長みたいな声を、するのだ。


「聖女に仕える神官として、職場を同じくする同僚として、謝罪する。見つけ出すのが遅れて申し訳なかった。お前が生きていたことに感謝する」


 深々と下げられた頭を見れば、さっき堪えきったのに、もう駄目だった。鼻の奥を痛ませた熱が瞳からあふれ出る。ぼたぼたと落ちてお茶をしょっぱくしていく。水面は、投入される塩水と嗚咽の振動で激しくぶれ、もう私なんて映してはくれない。神官長と同じ色してるのに、私を見てくれない。


「ぅ、え…………ひ、っ…………」


 去年の私の誕生日に、神官長は言った。お前さえよければ養子縁組をしないかと。返事は急がない。自分のことを父と呼んでいいと思えたら言ってくれ。そう、言った。言ってくれた。

 だけど、何だか恥ずかしくて、顔を見ればふざけてしまって。真面目な話をするのがとてもとても恥ずかしくて。だから、今度こそと。人のいない場所を選んでこそこそ練習して。前夜なんて緊張しすぎて遅くまで眠れなくて。

 そうして目が覚めれば、お父さんは、私を忘れた。


「家族、家族にしてくれるって、言ったのに。私の、家族、に、私、を、家族に、して、くれる、って、言った、のに……なんで、なんでぇ……おと、おとうさんの、ばかぁ……!」


 友達だと言ってくれた人がいた。妹みたいなもんだと言ってくれた人がいた。悪友だと言ってくれた人がいた。うちのちび共みたいなもんだと言ってくれた人がいた。家族も友達も、家も名も、何一つ持っていなかった私に、それら全てを与えてくれた人がいた。

 どうして、それを根こそぎ奪われなくてはならなかったのだ。

 半月間一度だって泣かなかった。なのに一度決壊すればもう止まらない。

 エーレは泣きじゃくる私を何時間も黙って待っていた。


 





 泣いて泣いて泣いて。我慢していた分を全て泣き尽くせば、猛烈に腹が立ってきた。何にも持っていなかった孤児が全てを手に入れたのは偶然の産物であった。だから偶然全部奪われていいと。そうかそうか殴り飛ばすぞ。


「……っ飛ばす」

「聖女の寝言としてどうなんだそれ。聖女じゃなくてもどうなんだ」


 何かが目を覆うようにべたりと乗せられた。びっくりして目を開けば、真っ白な光景が広がっている。


「何……」


 やけに痛む関節と頭に苦戦しながらそれに触れれば、濡れたタオルだった。


「起きたか」


 顔だけ倒して視線を向ければ、エーレが座っていた。

 どうやら泣き疲れた私はベッドで眠っているらしい。どうやってベッドまで移動したのかはすぐに分かった。握っていたらすぐに温かくなってしまったタオルを渡した腕がぶるぶる震えていたからだ。宣言通り、明日は酷い筋肉痛だろう。

 その手を掴み、力を篭める。熱と光が私の身体を走り抜け、彼へと届く。病や怪我ではないので完全に消し去ることは難しいが、これで少しはましだろう。視線を上げれば、苦虫を噛み潰したような顔が私を見下ろしていた。


 部屋の中は薄暗く、枕元で神力によって灯された淡い光が揺れているだけだ。厚いカーテンが閉まっていることもあるだろうが、外から漏れ入ってくる光はなく、どうやら今は夜らしい。


「……余計な体力を使うな。とにかく熱を下げ、身体を治せ。話は全部それからだ。医師の見立てでは疲労と衰弱、化膿による炎症によるものだ。栄養をつけて休んでいれば治る。だから寝ていろ」

「……ぶっ飛ばしに行きたい」

「十日後までに治せばいい」

「何が、あるの?」

「聖女選定が行われる」


 成程。聖女が不在だと、災害や流行病が猛威を振るうと言い伝えられている。そのくせ聖女とは世襲制ではなく、先代が死ななければ当代聖女は現れない。どこに現れるかは分からず、国を挙げて探し出さなければならないのだ。

 当代聖女が不在となると、当然聖女捜索と選定が行われるだろう。選定を通らなければ聖女にはなれない。これは国の都合でそうなっているのではない。神によりそうなっているのだ。他国では違うようだが、少なくともアデウス国の聖女とはそういうものである。

 聖女は、選定を越え、就任の儀を執り行わなければ聖女としての力に目覚めない。聖女としての力の大きさもそれまで分からないのだ。


 そこで一つ疑問になった。熱でがんがん揺れる頭を宥めながら、エーレを見上げる。


「私、選定の儀なんてやりましたっけ?」

「………………やっただろうがっ!」

「えー……? 覚えてない……」


 やったのなら神官長からお前が聖女だと言われる前にやったのだろう。うんうん唸りながら記憶を掘り返す。


「選定って神殿でやる?」

「当たり前だ」

「えー……ん? あ、合宿?」


 そういえば、色んな年齢の女性達と泊まり込みで色々したことがあった。鏡を覗き込んだり、祈りを捧げたり、色々したものだ。

 神官長からは、一人だと勉強をさぼるから勉強合宿に入れると言われた気が……まさかあれか!?


「どう考えてもそれだ、大馬鹿者!」


 成程。ちゃんと選定やってた。勉強してないけどいいのかなと思っていたけれど、藪をつついて蛇(勉強)を出すのも嫌だったので黙っていた自分を思い出す。

 もう八年も昔なのに、今と全く変わっていない。成程、皆が勉強させたがるのも頷ける。


「でも私、選定に入れるかな……追い出されたのに?」

「聖女候補は自薦他薦問わないが、どちらにしてもお前は俺が候補として掲げる。何らかの理由で神殿に恐ろしい術がかかっていようが、選定の儀を歪められるわけがない。どんな不正も通らない。あれは、人の意思など関係の無いものだ。逆に、お前が選定を越えられなければ、この国はまずいことになる。当代聖女がいるにもかかわらず聖女としての任につけない。そんなこと、お前を選んだ神がお許しになるはずがない。この国は神の怒りを買うだろう。お前には、お前の為だけじゃなく、国の為にも聖女の地位に戻ってもらわねばまずい」


 それは私だって分かっている。人の都合でどうのこうの出来るなら、歴代聖女は貴族や政治家の家系で構成されていただろう。人の手も都合も届かないものだからこそ、聖女は尊ばれるのだ。……男女混合型起床係を考えると、当代聖女は全く尊ばれていないし、私も尊ばれる言動をしていた自覚は欠片もないが。


「お前は、神官長達に聖女の力を使ったか? お前の術は、お前の言動からは到底信じられないが、歴代随一の癒やしと浄化だろう」

「一言余計だと思いますけどね、それ。どちらにせよ、私の力は対象者に触れないと発揮できない。あっという間に捕縛されて誰にも触れなかったから無理よ」


 後ろ手に縛られたとはいえ、隙を見れば兵士の一人くらいには触れたかもしれない。でも、それでどうしろというのだ。哀れにも一人術を解かれた兵士が私の無実を訴えても、彼も共犯と見なされて罰を受ける。それで終わりだ。

 幸いにも叩き出されるだけで済んだので、世界がひっくり返った絶望を知るのは私一人でいいと思った。

 まあ、ここに哀れな子羊はもう一匹いたわけだけど。



「どうしてエーレは私のことを忘れなかったのかな」

「分からない。城から離れていたことは事実でも国中を巻き込んだ術だからな、出張先が国内だった俺も例外なくかかっていてもおかしくないが…………何にせよ、今は答えを出せる段階にない。選定の儀に備え、お前は身体を治せ。ひとまず今日の所は、お前を捕獲できたことでよしとする」

「保護って言おう?」

「お前も、大人しく捕縛されたことは褒めてやる」

「保護って言おう!?」


 捕獲はないだろう捕獲は。捕縛はもっとないだろう。今回は木に登っていたわけでも屋根に登っていたわけでもなくゴミ山に登っていただけだ。そう言いたかったのに、少し疲れたのか、一つ息を吐いたところで沈むように意識が途切れた。

 私は、眠りたくなんて、なかったのに。







 悲鳴を上げた。けれど声は音にならず、熱く掠れた無残な吐息が喉から漏れ出しただけだ。

 無残なほど暴れ回っている心臓を無意識に押さえ、鎮静を待つ。頭は夢と現実の境で混乱しながら、激しい動悸で送り出された血液でやけに冴えている。視線だけを動かし状況を把握しようと努めた瞳に、ちかりと光が差した。

 カーテンの隙間から強い白が差し込まれている。夜が明けたのだと分かった。そして己が目覚めたことも。胸を握り潰していた手をそろりと解く。


 夢を見た。あの日から毎晩見る夢だ。何のことはない。ずっと送ってきた穏やかで騒がしく、何気ない日々を辿っただけの、酷い悪夢だ。


「…………エーレ?」


 ベッドの横を見ても人の姿はない。当然だ。よっぽどの病状でなければ、一晩中つきっきりになる必要もない。まして、状況が状況だ。彼も忙しい身の上である。それなのに、喉を大きな氷の塊が通り過ぎていく。冷たく固い塊は、胸元で止まり、張り付いた。

 熱でがんがん揺れる頭より、無理やり起こして節々が痛む身体より、緩慢な動作で床に下ろした包帯が巻かれた足より、胸が痛い。寒い。寒くて暗くて痛い。

 白い息が出ていないことが不思議なほど寒い。カーテンの隙間からは強い光が差し込んでいるのに、ここだけ深夜のように感じる。

 ちかちかと点滅する視界を擦り、扉を開けた。

 廊下をぺたぺたと進む。身体を支えきれず、壁に手をつき、半ば引き摺るように歩く。扉はいくつかあった。でも、どれを開ければいいか分からない。どれを開ければ正解なんだろう。どれも正解じゃなかったら、どうしよう。

 そう思うとどの扉にも触れられなくて、結局出発した場所から一番遠い扉に手をかけた。少しでも結果を後回しにした、臆病な決断である。


 熱のせいで体温が上がっている掌には酷く冷たく感じるドアノブを、ゆっくりと回す。そこには見覚えのある部屋があった。床いっぱいに本が積まれた中に、かろうじてスペースを用意されたテーブルとソファー。

 昨日私が食事をした部屋だ。

 そのソファーから伸びた足を見つけ、ふらふら近寄る。

 随分久しぶりとなった食事と呼べる物が乗っていたテーブルにも、床にも、そしてソファーで眠るエーレの身体の上にも本があった。本の量から考えると読書ではなく調べ物をしていたのだろう。開きっぱなしになっている本は、ページの重みで勝手にページが進んだのか背表紙の裏が見えている。そこに押されている印は神殿の物だ。

 元から借りていたのか、それとも私が寝ている間に借りてきたのか。どちらにせよ勤勉なことだ。

 突っ立ったままぼんやりそれらを眺めていると、小さな声がした。唸り声とも呻き声とも呼べそうな、機嫌の悪い声につられて視線を向け、ひゅっと息が止まった。


 私の気配で目が覚めたのか、エーレの目蓋が開いている。そして、大きく見開いた。


 心臓が、止まったのか跳ね上がったのか分からない衝撃を生み出した。最後にし損ねた呼吸で空になった肺に無理矢理息を吸い込み、勝手に吐き出された言葉が呼吸の代わりとなった。


「申し訳ありません。何も、盗んではおりません。お疑いでしたらどうぞ身体検査を。お許し頂けるのであればすぐにお暇致します」


 頭が凄まじい早さで回っている。けれど何一つ、本当に何一つとして有益な言葉も思考も出てこない。凄まじい速度で早鐘を打つ心臓と同じ速度で視界が点滅する。酷い吐き気がなければ、意識を失ってしまいそうだ。

 縋れるものが自分の意思ではなく吐き気だなんて笑えると、全く笑っていない私が思考の端で嘲笑っている。


「お前……」

「ごめんなさい、すぐ出ていきます、すみません、ごめんなさい」

「こら、待て!」


 後退りし、素足が本の山にぶつかった。反射的に振り向いた勢いのまま走り出す。本の山が崩れたと気付いたが止まれない。しかし、背後でもっと大きな音がした。衣擦れの音も相まって彼が飛び起きたのだと気付いて心が竦み上がる。

 身体の末端まで全く力が入らず、逃げ遅れた手首を掴まれた途端、心の底が悲鳴を上げた。それなのに口から飛び出たのは、泣きたくなるほど情けなくか細い、糸のような呼吸だった。


「ごめんなさい殴らないで」


 掴まれていない腕で自分の頭を抱え、目一杯エーレから逸らす。


「事情は分かっていても流石にいま、いま、は、知っている人から殴られるのは、ちょっと、無理。ごめんなさい、すぐ出ていきますから、ごめんなさい、見逃してください。すみません、見逃して、何も、何もしていません。だから、お願いします。見逃してください、お願いします、見逃して、殴らないで、ごめんなさい、殴らないで、見逃して」


 頭も思考もぐらぐら揺れて、身体は煮えるように熱いのに芯から凍えていく。吐き気が酷い。寒くて熱くて目が回って、世界が砕ける。

 砕かないで。お願いだから。縋る物が、知らぬ間に全て失っていた私の縁が、不意に思わぬ所から少しだけ帰ってきて、それを、いま、すぐに、砕かれたら。笑って立ち直ることは、できない。だって私は昨日既に一度折れてしまったのだ。砕かないで。痛みで記憶を、嫌悪で思い出を、軽蔑で想いを、砕かないで。お願いだから、せめて、いま、この瞬間だけは。

 目眩が酷くなり足が縺れる。だけど早く、早く去らないと。昨日、張り詰めていた心が折れて初めて修復を開始できたはずの心が、それをさせてくれた人の拳で砕かれたら、死んでしまいたくなるだろう。


「マリヴェル!」 


 地上で溺れ焼けていく私の、掴まれたままの腕が強く引かれた。気が付けば、後ろから腕が回され、強く抱きしめられていた。否、抱きかかえられていた。宙ぶらりんになった私の足が床から離れている。


「お前、恐ろしいな!」

「……え?」


 子どもが子どもを抱き上げたかのような体勢のまま、エーレはくるりと向きを変えた。その勢いで宙ぶらりんの私の足が振り回され、本の山を新たに崩したがエーレは視線をやりもしない。すたすたと廊下を進んでいく。


「現状唯一の味方である俺が、この状況下で記憶を失った可能性に思い至ったにもかかわらず、聖女の力を試しもせず姿を消そうとする奴があるか! 恐ろしい行動だぞ、それは!」


 子どもよろしく抱えられたまま呆然と顔を上げれば、エーレは本当に青褪めていた。体勢が体勢なので顎を動かし視線を上げるしかなく、下から見上げていると、青褪めた顔に段々怒りが湧いてきたのが見えた。


「どんな手を使ってでも味方を確保しろ! 神官の前から去る聖女があるか! いつもさぼりの際に発揮する驚異的な発想と頭脳と機転と粘りはどうした! 俺を含め、多数の人間からあれは軍師の才かただのくそガキかと評される思わず拳が出そうになるふざけた策をこういうときに発揮せずしてどうするんだ!」

「……皆そんな風に思っていたの?」

「王子と一緒にメイドの格好をして城を抜け出したたわけはどこのどいつだ」

「発案は王子です」


 そして衣装を用意したのは私である。

 エーレの美しい額にびきっと青筋が走り、慌てて口を噤む。そのまま元いた部屋に運搬され、ベッドに下ろされた。いつものようにぶん投げられるかと思いきや、恐ろしいほどそっと下ろされ、心臓が凍りつくような思いをした。いつも容赦ない人が優しいと怖い。


「俺が驚いたのは知らない人間が家にいたからではなく、まだ動けるはずがないと思っていたお前が起き上がっていたからだ。寝ていろたわけが。記憶が無くなるなどとふざけたことをしでかされた前例がそこら中に転がっているのに、俺が何も対策をしていないわけがないだろう」


 冷たい視線で吐き捨てられたものの、布団を掛けてくれる手つきだけが優しかった。

 昔、風邪を引いたとき、布団を掛けてくれた大きな手を思い出す。いつも厳格で身形をきちんとしている人だったのに、熱が下がらず魘される私を一晩中看病してくれたとき、軽く崩した服と髪をしている姿がなんだかくすぐったかった。

 優しい人。初めて、生まれて初めて、庇護されるというくすぐったくも不思議な暖かさを持った行為を私に与えてくれた人。今は、私の名前すら覚えていない人。


「何か食べられそうか」

「……いらない」

「なら寝ろ。まだ早朝だ」


 そう言いつつ、ベッドの隅にどっかり座った衝撃で私の身体も揺れる。


「熱が高く、衰弱し、傷が膿み、栄養失調。お前ご自慢の悪知恵も鳴りを潜めるというものだな。気色が悪いからさっさと完治しろ」


 本当に辛辣である。弱ってべそをかいてしまうという情けない醜態を見せた知り合いに、気色が悪いとはなんだ気色が悪いとは。

 でも、その通りだ。本当に情けないし、こんなみっともない自分、今代聖女として、何より神官長に育ててもらったマリヴェルとして恥ずかしい。

 ゴミに埋もれて眠りながら、目が覚めたら夢ではないかと何度も思った。いつも通り、往生際悪くベッドにしがみつく私を容赦なく起こしにきてくれる人がいて、一緒に朝食を食べてくれる家族みたいな人がいて。友達がいて、悪友がいて。夢のようだなといつも思っていた空間が、確かな日常としてそこにあって。

 夢の中では確かに日常は続いていた。けれど目覚めれば誰もいない。存在しているのは、こちらを食い物にすることしか考えていない、者になりきれぬ物ばかり。私と同じ、物ばかり。


 昔に戻っただけなのに、夢が覚めただけなのに、心臓を抉り出したいほどつらかったなんて、笑い話にもなりはしない。


「分かってる。もう一回寝たら、しっかり食べて、体力を戻す。十日あれば、充分。だから」

「ああ、こんなふざけたことをしでかした奴に天誅を下しに行くぞ。正直、ぶん殴るだけじゃ気が収まらん」


 訳も分からず取り上げられて、はいそうですかと失えるほど、過ごした時間は浅くない。それにどうやら、私と同じほど怒っているらしい仲間もできたようだ。

 泣くだけ泣いた。絶望だって知った。だったら次にすべきことは、正しい怒りを持って、奪われた夢を取り戻すだけだ。


 いつもは品良く座っている姿しか見たことがないのに、今の足を開いてどっかり座っている様子は、全く違うはずなのに、むかし看病してくれた神官長を思い出した。立場も人目も気にせず、ただ当人だけである姿が、本当に、ずっと好きだった。

 言えばよかったかな。お父さんが、神官長としてではなく、ただ人のいいお父さんとしてそこにいてくれる瞬間が大好きだって。ずっと、お父さんって呼んでみたかったって。言えばよかった。


 また鼻の奥が痛み、目元が燃やされたように熱を持つ。泣くだけ泣いたのに、まだ泣けるから、絶望とはたちが悪いのだ。強制的に思考を舵取りし、方向転換する。

 そういえば、ここは彼の家なのだ。しかも、もしかするとだが、私がいま寝ているベッドは彼の物ではなかろうか。


「……私、貴方に嫌われていると思っていたわ」

「俺がお前を猛烈に蛇蝎の如く地の底から嫌っていようがいまいが、当代聖女を守るのが神官としての務めだ」

「そこまで嫌われているとは思っていなかったわ」


 ベッドを奪って申し訳ないという気持ちが消え失せた。このままぐっすり眠ってくれる。

 腹をくくり、布団を引っ張り上げた。今更になって身体中がずきずき痛む。心が痛すぎてそれどころじゃなかった痛みが存在を主張してくる。痛みを逃がそうと深く息を吸えば、部屋の匂いも一緒に吸い込んだ。紙とインクと僅かに香る神殿で焚かれている香の匂い。飾りっ気のない香りは、普段エーレが纏っているものと何一つ変わらなくて、少し笑ってしまう。


「もしもこれを仕掛けた相手が私より聖女に相応しくても、絶対に負けないわ」

「お前が当代聖女なのは、生命の夢であり不可能の権化と呼ばれている不老不死の妙薬作成方法と同じかそれ以上の謎だが、こんな手段を用いてきた相手が相応しくないことだけははっきりしている」

「……そこまでの謎?」


 いくら残念聖女と呼ばれ続けた私でも、そこまで壮大な謎にされる謂れはない。控えめに異議を申し立てると、横しか見えていなかったエーレの顔が私を向いた。そこには凄絶な笑みが浮かべられている。


「聖女の見合い相手を軒並み女嫌いにし、会談をさぼろうと裸足で逃げるなど日常茶飯事で、六階窓から逃げ出し、入浴中の風呂場からタオル一枚で逃げ出し、川を泳いで逃げ出し、衛兵に扮して逃げ出し、王子の執務机の下に匿われ、木の上で昼寝して落下して骨を折り、風呂場で駆けて転んで爪を割り、王子と遠乗りで逃亡して遭難し、王子の見合い相手を軒並み女好きにし、神官長の悪口を言った敵対派閥の頭領相手に幽霊騒動を巻き起こし、五十も後半になった男が一人で風呂にもトイレにも行けなくなった事件、これらが巻き起こした騒動の極一部というふざけた輩はどこのどいつだ」

「当代聖女と第一王子ですね」

「……一度聞こうと思っていたが、お前と王子はいつの間に親しくなったんだ。先代聖女と王家の関係は冷え切っていたんだがな」

「さぼり場所が被りに被って、一人優雅にさぼる為の縄張り争いに精を出した結果、悪友という名の友情が芽生えました」

「お前、本当にどうして聖女なんだ? 王子はどうして王子なんだ?」


 私は、人ってここまで無表情になれるんだなぁと感心した。そんなもの、私が聞きたい。

 微妙な空気を払拭する為と、元よりするつもりだった話へ向けて、一度目蓋を閉じる。


「エーレ、私」

「何だ」

「貴方とは他人として、自薦で出るわ」

「……俺達は元々赤の他人だ」


 それもそうだなと思う返答を聞きながら、思っていたより素早く訪れた睡魔に乗った。

 あの日から初めて、悪夢は見なかった。

 

 








 九日も寝て過ごせば、傷跡は薄ら残れど痛みはほぼ無くなった。熱もとっくに下がり、後は痩せて弱った身体を戻せばほぼ完治である。

 私が奪ってしまった寝台の代わりにエーレが使っていた居間のソファーに寝転がり、本を読んでいた私は、玄関から聞こえてくる音に顔を上げた。

 本の山をどけず、顔だけ出してじっと待つ。やがて両手いっぱいに紙袋を抱えたエーレが姿を現わした。そして、ソファーから顔だけを出している私を見て溜息を吐く。


「ただいま」

「――おかえりなさい」


 本をどかし、紙袋を置いたエーレは、コートを脱ぎながらじとりと睨んでくる。


「忘れたとしても対処してあると言っているだろう」

「だから、その対処を教えてくれないと全く安心できないって言っているの」

「話すくらいなら俺は死ぬ」

「益々不安しか湧かない!」


 皆が私を忘れた原因を特定できない以上、エーレもいつ私を忘れるか分からない。その不安が常に付きまとう。彼は対処していると言うが、何をどうすれば対処となるのかすら私にはさっぱりなのだ。だからせめて説明してくれと言っているのに、これである。

 彼は優秀な神官であることは間違いないので、それを信じるしかないが、どうしたって不安は残る。


「それはいいとして、お前、なんて格好をしてるんだ。服は用意しただろう」

「貴方の借りました。だって貴方が選んだ服、全部きっちりしすぎなんだもの。私、気楽な服が好みなの」


 エーレの服と、エーレが用意してくれた自分の服を組み合わせて適当に着ているのだが、いつも文句を言われる。呆れた目で見てくるが、こちらにも好みというものがあるのだ。正直見た目はどうでもいいが、着心地の問題である。


「基本的な聖女の規定に沿った服を選んでいるだろうが」

「休日の私を参考に選んでほしいのだけど」

「あれは公共の場でしていい格好ではない」


 そうでもないと思うし、更にいうとここは公共の場ではないのだが、長くなりそうなので流すことにした。正直私も、選べる贅沢に浮かれている自覚はある。

 それはともかく、ちょっとしたお店での食事にも困らなさそうな服を用意してくるのは、聖女として振る舞えという無言の圧力なのか、はたまたエーレの趣味なのか。





 エーレが買ってきた今日の夕食を紙袋から取り出して並べている間に、着替えを済ませたエーレが戻ってきた。席について食べながら話を聞く。


「選定、明日開始ね」


 エーレは一口大に千切ったパンを静かに飲みこんだ。


「ああ。……本当に、自薦でいいのか? 自薦は人数が多い。それこそ一日や二日では収まらない数が国中から集まることになる」

「いいの。こんなことをしでかした連中は私の顔を知っているかもしれないけど、こっちには何の手がかりもない。でも、私には、私以外に記憶を持った仲間が一人いる。それしか武器がない。けれどそれが最大の武器だと思っているわ」


 私は、フォークを突き刺した肉に大口を開けてかぶりつき、数度の咀嚼後、お茶と一緒に流し込む。




「エーレ。貴方は私の奥の手であり、懐刀よ」


 フォークを机に突き刺し、口角を吊り上げる。


「今代聖女マリヴェルの名において、必ず聖女に返り咲きます。よって、神への忠義をその胸に宿す神官よ。神を侮辱し、国を謀った不届き者の喉笛、切り裂いてやりなさい!」

「御意」


 深く、神へ向ける礼より僅かに浅く、王へ向けるものより僅かに深い、神官の礼。

 かつて多くの神官から向けられたそれを望んだことは一度もない。今だって惜しんではいない。けれど、たった一人から向けられるその礼がこんなにも心強い。


 聖女の座に未練はない。元より私に相応しいとは思えないし、気が付けばそこにあった不思議な地位だった。けれど、皆が大事にしていたから。私の大事な人達が、私を大事にしてくれた人達が、大切にしていたものだったから。だから、私なりに守ってきた。私なりに愛してきた。それを、奪われた。ならば、奪い返すまでだ。

 それに、聖女の座に未練はなくとも、付随する責任を投げ出していいものとは思っていない。聖人のような心を持った女、ではなく、実際に聖なる力を持った女が現れる理由は、そこに神がいるからだ。幻でも幻影でもなく存在している神秘を蔑ろにした結果が平和であった例はないだろう。

 敵が誰で、どんな力を持っているかは知らない。分かるのは、手段を選ばない、神をも恐れぬ精神の持ち主だということ。

 でも、大丈夫。私も、野蛮な行いなら少しだけ得意だ。建国史上、もっともゴミ山と過ごした時間の長い聖女をなめないで頂きたい。どんな酷い臭いにも、醜悪な淀みにも、怯みはしない。そんな健全なもの、とっくの昔に捨ててきた。今の私にあるのは、捨てなければ生きてこられなかった部分に、捨てたものよりもっと素敵で温かい何かをぎゅうぎゅう詰め込んでもらった心だけである。だから、ほら、最強じゃないか。


 むんっと気合いを入れてフォークを握った私を、ゆっくり顔を上げたエーレが見つめた。そして、静かに口を開く。


「だが、俺は武官ではない故に、正直、喉笛を切り裂くより先に手首が折れるだろう」

「悲しいね……思うんだけど、私がいま着ている女性用の服、着れるんじゃない?」

「着ない限り、着られないという可能性が残されている。それは希望だ」

「あ、はい」


 ちょっと懐刀が刀の様相を為していないけれど、まあ、頑張ろう。

































評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
こんな気になる所で終わり?!と思ったら、長編に移行されたのですね!嬉しいです!!作品一覧から、これからじっくり読ませていただきます〜!2人のキャラクターが大好きです!謎もワクワクする!素敵な作品をあり…
未完ならあらすじに書いといてほしい。 時間を無駄にした。
[一言] スクロールが仕事しない!? 続きが欲しいです。とても面白いのにここで終わるなんて!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ