00.プロローグ
※プロローグなので短めです。
すでに視力は失われていた。
視界を深い闇に覆われたまま、伝わる振動と身体に触れるものを通して何とか自分の状態を把握する。どうやら、幾重にも毛皮や布で包まれ、揺れる幌馬車の荷台に寝かされているようだ。
手足に力が上手く入らず、起き上がろうとしても身体が震えて思うようにいかない。前回目覚めた時よりも確実に呪詛による症状が悪化していた。
不安が募り、どうしても弱気になってしまう。
「サイラスに、もう一度会えるのかな……」
かつてわたしが精神的に参っていた時に颯爽と現れ、助けてくれたおじさん。一目惚れをして、そんなおじさんに嘘をついてお持ち帰りして、一緒に過ごした数か月間の思い出が脳裏を駆け巡る。会いたいよ、サイラス……。
反応を期待した言葉ではなかったのに、震える手を誰かが掴んで両手で包み込むようにぎゅっと握り込んでくれた。あたたかい手だ。
「バカ、会えるに決まってるじゃない。あのサイラスが失敗すると思う? 有り得ないから! ティナはいつも通り能天気に前だけ向いて笑ってなさいよ。数少ない取り柄でしょうが」
耳慣れた凛とした声。怒ったようなキツイ口調ではあるけれど、必死に励まそうとしているのが、握ってくれた手から伝わってきて、心に灯がともる。
「……ずっと、傍にいてくれたんだ。ありがとう」
「仕方なくよ」
彼女がどんな顔でそれを口にしたのか容易に想像できる。きっと、そっぽを向いて必死に澄ました顔をしているのだろう。もしかすると耳の先が赤くなっているかもしれない。
笑っていられる状況ではないけれど、心が少し和んで、クスリと笑いが洩れた。
「はぁ――っ、もう! 笑える力がまだあるなら、まぁ、よかったわ」
安堵の息を吐きだしながら手を強く握ってくる彼女に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。多分、傍目にもわたしの状態は相当よくないのだろう。
「心配かけて、ごめんね。敵の動きはどうなった?」
「少し前の斥候からの報告だと、予想よりも動きだしが早いみたい。逃げきれそうにないわね。きっと日が暮れる頃には戦うしかなくなると思うけど、あの分隊長がどう判断するかは分からないわ」
今、わたしたちは祖国を離れ、内戦が始まろうとしている聖バルゴニア王国の領土を少ない人数で北に向かって駆け抜けようとしていた。
「敵の数と、味方の数は?」
「敵は公爵領の騎兵中隊が出てきているみたいでおよそ二百。味方は三名の騎士と傭兵が五名。最初の人数から変わっていないわ」
自分が足手まといになっている自覚があるだけに、意識を失くしている間に仲間の被害が出ていなくてホッとする。
それにしても二百か……予想より多い。完全にわたしたちが本命だと判断したのだろうか。追いつかれて白兵戦になれば数で押し切られる。接近戦に持ち込まれる前に、全魔力を使い切ってでも敵を減らさないと。
一度きりなら、まだ貢献できるかもしれない。
「わたしも、魔法をぶっ放すぐらい……できるよ」
「あんたね。バカじゃないの。自力で動くことも出来ないくせに」
「身体は動かないかもしれない……けど、魔法だけなら大丈夫……やってみせるから分隊長に、伝えて……」
「――いいわ。いちおう伝えておく。でも、震えがまた酷くなってる。もう喋らなくていいから、出番がくるまでもう少し休んでなさい。気休めでしかないけれど、またホーリー・ブレスをかけておくから」
言葉を発する事さえ苦しくなり始めたわたしに対する優しい言葉に、胸が熱くなる。聖なる息吹の魔法を唱えてくれたのだろう。あたたかい熱に包まれて、震えが少しだけ治まっていく。
意識が薄れ――ふたたび思い出の数々が、頭の中を次々に駆け巡り始めた。
故郷の村での穏やかで楽しかった毎日。優しい父と母の笑顔。拗ねたような表情の幼馴染の姿。王都に出てきて、おじさんをお持ち帰りするという自分でも信じられないような大胆なことをしてしまったあの日のこと。それから始まった、おじさんとの幸せで、楽しくて、激動の日々が――。
※連載を望む声を頂きながら形にするのが予定より遅くなってしまいました。期待に応えられるか不安を抱きながらですが、連載版も温かい目で応援して下されば嬉しいです。
短編時と違いシリアスな雰囲気から始まってしまいましたが、一話は時間を遡り、故郷の村で幼馴染とどんな関係だったのかを描きたいと思います。
二話は冒険者パーティーを追放されたときの様子を。おじさん(サイラス)が登場するのは三話からです。