ババア
その容姿は正に魔女
鍵鼻に黒色の服、先がくたびれたように曲がっているトンガリ帽子、折れ曲がった腰、枯れ枝のような細腕に見合わない大きな杖、くしゃくしゃになった顔の皮膚に切れ込みを一本入れたような目、おまけに何か行動するのに一々ふぇっふぇっふぇっと笑い声を漏らす。
お手本のような魔女。
それが今の俺の主、フェルナ・カルギアル・グレムルという老婆だ。
他を知らないため、その実力の程は不明であるが、衰えてなお好奇心を失わず、珍しい物に目が無いらしいというのは、俺への反応でよく分かった。
「あんた、能力的にみれば確かに強くは無いみたいだけど、生存能力だけは少し、いや、見ないレベルでずば抜けてるね。」
その好奇心から、今まで様々な物を見てきてであろう彼女から、そんな言葉が出るのは恐らくかなり珍しい事なのだろうとは思う。
しかし、元地球人である俺からすれば、それはまあ当然の事だろうと納得できる。なんせ今の俺はゴキブリ。地球上で太古からほぼその姿を変える事なく、完成されている生態を保ち続けている生物である。
「あんたのスキルで呼び出した奴とは少し違うみたいだけど、一体どこの地方にいた生き物なのかね?」
婆さんは俺の横に平底のフラスコをコトリと置きながら、そう問いかけてくる。
そのフラスコの中には、昨日呼び出した眷属であるチャバネ君が一匹入っていて、何も考えて無さそうな感じでフラスコの底をぐるぐると歩きまわっている。
「呼び出したほうはほぼ知性は無さそうだけど、あんたは何か違うね、ちょっと人間臭い」
細い瞼が少し開き気味になり、老婆とも思えぬ好気心という輝きを灯して、俺とチャバネ君を炙って来る。
「まだそこまで感覚が共有はできてないみたいだけど、おおよそあんたの感情の動きは分かる。大丈夫、食ったり、命に関わる実験台にはしないよ。・・・こっちの言葉は理解しているみたいだね。つくづく不思議な生物だよ。」
じっくりと観察されていることに恐怖を感じてはいて、その感情の揺らぎを悟られていたらしい。そして、安全を保証するような言葉を掛けてられて、少し安心したのも悟られ、結果言葉が理解できると結論を出したと。
回りくどいやり方だと思うが、それにも何かしらの意味があるのかもしれない。
感情が分かるだけで、思考を細部まで読まれてる事は・・・まあ今の話を信じるなら無いのであろう。普通に嘘を言っているという事は、ことこの老婆に関してはありえる話だから、信じすぎるのはまずいかもしれない。
「言葉が分かるなら、昨日にした事とか少し説明しておこうかねぇ。難しく話しても理解できないだろうから簡単に話すよ。
ひとつ、あんたは召喚魔法で私の弟子のカリナによってここに飛ばされてきた。
ふたつ、カリナが契約を拒否した。
みっつ、私が代わりに契約をした。あんた私の血を飲んだね?あれが契約。
よっつ、基本は自由に動けるよ、その気になれば私を殺す事もできる。
いつつ、召喚したカリナに直接的な危害を与える事はできない。
むっつ、私が死ねばあんたも死ぬ。」
・・・まあ、まあうん、とてもわかり易かったけど。
ババア!てめえはめやがったな!?多少の理不尽ならまだ飲み込めるが、最後のだけは納得いかんぞ!?あんた老い先短いのにその条件はひどくない!?
「おお、おお、怖い怖い。恐怖で寿命が3年は縮んだよ。」
怒りの感情を感じ取ったらしく、ババアはニタニタしながら胸に手を当て後ずさる。
「まあ、最後に関しては、私の寿命で死んだ場合は無効になるさね。」
その一言にホッとして、少し怒りがしぼむ、直後、何か体に冷たい感覚が送り込まれてくる。
「ただし、死ぬ間際に少しでもあんたが危険だと感じた時は、体が動かなくなる前に自害するよ。それだけはよく覚えていな。」
切れ長の目、老婆とは思えぬ殺気と覚悟。その姿に思わず恐怖よりも(うわ、この魔女カッコいいな)と思ってしまったのは、前世知識のアニメとか漫画でこういった人物が好きだったからか。
「あんた・・・やっぱりオカシイね」
感情の揺らぎをみて、そんな魔女がドン引きしていたのは、少し心外という物である。
(召喚されちまったなら仕方ない。まあ気楽にゴキブリ生を楽しんでみるとするかあ)
諦めるのは得意だ。少し特殊な主に仕えて、異世界を楽しむのも、まあ悪くは無いだろう。