迷子の幼子
「バッツ。お前は普通の人間とは少し違う」
幼いバッツにレイヴァンはあらゆる事を教えた。
レイヴァンはバッツの頭を撫でながら彼に分かるよう話しを始めた。バッツは床に胡座をかき顎だけをレイヴァンの膝に乗せて話を聞いた。
「どこが違うの?」
「そうだな。持ってる魔力が凄く多い」
レイヴァンは下に落ちている小石を拾ってバッツに渡す。
「これが普通の人間の魔力だとする。これに対してお前の魔力は今暮らしているこの国の土地ぐらいの大きさだろう」
「え?でっか!」
「そうだ。普通の人間はこんな物は持てない。だがお前やステラは違う。神様がやるべき事を出来るようにする為にお前たちだけに与えたものだ」
「前、言ってた神の御子ってやつ?」
レイヴァンは笑いながら頷いた。バッツはレイヴァンと二人で過ごすこの時間がとても好きだった。
ステラと三人でいるのも勿論嫌ではないし楽しいが、二人きりの時の方がレイヴァンの話がいっぱい聞けたからだ。
レイヴァンはステラには詳しい事は話したがらなかった。バッツにだけ色々教えてくれた。
「そうだ。この世界にいる神の御子は5人。お前達はそのうちの二人だ。他の三人にもやがて会うことが出来るだろう。お前達は引かれ合うように出来ている」
「ふーん。それで俺は何をすればいいの?」
「いつか、この世界が壊れそうな時、お前の力でこの大地を芽吹かせる事それがお前の役目だ。そしてステラが役目を果たすまで決して死なせてはならない」
レイヴァンはそう告げながら悲しげにバッツを見た。それは何かと葛藤しているような表情であったが、バッツにはそんなレイヴァンの変化はわからなかった。
「大地を芽吹かせるってどうやるの?祈ればいい?」
バッツは土魔術を使う。
土や岩を変形させたり植物を操ることが出来る。
しかし全て操作出来るだけで花を咲かせたり出来るわけではない。勿論出来る者もいる。
「そうだなぁ。祈るというよりは愛情を流す、という表現の方が正しいな」
バッツの頭の上はハテナマークでいっぱいになった。子供には中々難しい内容かも知れない。
「例えば畑に種を蒔く時や水を与える時にこの種がしっかりと芽がでるよう世話をするだろう?自分が育てた花の種が芽を出した時それに対して喜びが生まれる。そして次は芽が無事に成長し、花を咲かすのが楽しみになる。そうやって自分が育てた花を愛情を持って育てていく。そんな気持ちだ」
うーんとこれにもイマイチ反応が悪いバッツにレイヴァンは苦笑いした。
「まぁ難しいか。少しずつ理解していけばいい」
「レイヴァン様は俺に大地を芽吹かせて欲しい?」
無邪気に聞いてくるバッツにレイヴァンは微笑んで頷いた。バッツはウキウキしながらじゃあ頑張ると笑った。
「俺、頑張って大地を芽吹かせる!それでステラを守って死んだら俺の役目は終わるんだよね?」
笑顔で言い放つバッツにレイヴァンの顔が凍りついた。
バッツはそれに気が付かないまま楽しそうに笑っている。
「そっかぁいつ俺の役目が来るのかなぁ?早く大人にならないと!」
「バッツ・・・何故、自分が死ぬなどと・・・」
頭を撫でていた手が止まってしまってバッツは少し物足りない気持ちでレイヴァンを見上げる。レイヴァンは変な顔でバッツを見ている。バッツは彼の表情を変な顔だと思った。
「?だってステラは危険な扉を開くんだよね?危ないから俺も一緒に行かないと。俺はオルゴールを聴いたからステラよりは長く保つんじゃないかなぁ?」
レイヴァンは血の気が無くなった自分の顔を両手で覆い隠した。バッツは本来とても頭のいい聡明な子供だった。
破滅のオルゴールを聴いてしまい人格は全くの別人になってしまったが、彼は自分の役目をしっかり理解していた。
「お前は死んだりしないよ。死んだりしない」
「そうなの?でもステラは分からないんだよね?ステラは死んじゃダメだから、もしもの時は俺が替わりになってあげるよ!」
そうだ。結局レイヴァンのステラを守れという言葉は最終的にそういう意味に行き着く。身を呈してステラを守れ、と。バッツはそれを正しく解釈して言葉にしただけだ。
「バッツ、お前の代わりもいないんだ。だからお前も無事に帰っておいで」
震える手でバッツを撫でる。
バッツはそれには少々困った様な顔をした。
「でも、ステラはレイヴァン様の本当の家族なんでしょ?俺よりステラの命の方が大事なのに・・・・」
「バッツ!!!」
バッツの言葉にレイヴァンは怒気が篭った声を上げた。
それにはさすがにバッツも驚いてレイヴァンを伺った。
「二度とそんな事口にしてはいけない。お前もステラも私の子だ!どちらか一方が大事などと、お前は私の大事な息子なんだぞ?!」
「・・・・ごめんなさい」
レイヴァンの言葉を怒られたと勘違いしたバッツは訳もわからず謝った。しかしバッツには理解出来ない。
「いや、大声を出して悪かった。バッツすまない」
(何でレイヴァン様は嘘つくんだろう)
バッツはレイヴァンに抱きしめられながらボンヤリ考えていた。
(俺とステラが同じ訳ないのに、何で・・・・)
レイヴァンは気がついていなかったのかも知れない。
しかし子供は聡い。
レイヴァンがステラにだけ違う感情を向けていた事をバッツは気がついていた。
そしてそれは当たり前であると理解していたと思う。
でもレイヴァンはバッツにだってとても優しくしてくれた。あの事故の後、レイヴァンはステラよりバッツといる時間の方が長くなった。
恐らくバッツが神の御子だと知れたからだとバッツは思う。彼はそれが素直に嬉しかった。
レイヴァンが自分を気にかけてくれる事が。
ただその感情を正しく理解は出来ていなかった。
彼はいまだ自分は"レイヴァンのステラ"を守る者としての価値を持っている、という認識でいた。
レイヴァンが自分を愛しているという認識は無かった。
それはレイヴァンの愛情を受ける相手がステラだったからだ。ステラはレイヴァンが望んで神が与えた子供だった。そしてバッツにとってもステラは自分が守るべき大切な存在として心が壊れても尚しっかり彼の中に刻み込まれていた。
ステラがレイヴァンから愛されるのは当たり前でその事を不満に思った事など一度だってなかったのだ。
なかったのに。
彼を知ったバッツの心の栓は、ねじ切れて溢れた。
「・・・・・何で?」
「・・・バッ・・ツ・・あい、して・・いる」
バッツに抱き起こされたレイヴァンの瞳はもうバッツを見えてはいなかった。
だがその口からはバッツには理解し難い言葉が伝えられた。
「わた、しの。かわ、いい、息子、よ」
息が苦しい。動悸が激しくて目眩がするのにレイヴァンの言葉だけははっきりとバッツの耳に届いていた。
「かなら、ず、助けに、いく・・・バッツ・・おま、えを」
レイヴァンの涙が目尻から一雫落ちた。
彼の身体はその途端、光り出し足の先からその姿を消していく。
この国の司祭はその命を終える時その屍を人前に晒さぬ様浄化されるようになっている。バッツは慌ててレイヴァンを抱きしめた。
「待って!どういう事?説明して!レイヴァン様!!」
彼が消えてしまう。自分の前から。何故こんな事態になったのかバッツには分からなかった。
「嫌だ!!居なくなるなんて聞いてない!!!」
しかしバッツの願いも虚しく彼の目の前で彼の育ての親は跡形も無く消え失せた。
「・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」
そして次の瞬間バッツはいつもの様に平然とした顔で辺りを見渡した。
「あちゃーバラバラになっちゃった。もう元には戻らないかもなぁ」
教会は跡形もなく崩れている。
バッツは建物から出てふと破壊された花壇に目を止めた。
「・・・・・・芽吹く・・・花」
バッツが呟くと花壇から見る見るうちに樹木が絡まりながら土から盛り上がってきた。
出来上がったそれにバッツは手を当てる。
「なんだろう。コレ」
バッツは無意識に木の幹に文字を書いていた。
しかし何故そんな事をしているのかさえ自分には分からなかった。
「さて。ステラを早く迎えに行かなきゃ!レイヴァン様に怒られちゃうよ」
バッツはその文字には目を向けず来た道を走って行ったきり二度とその場所を振り返らなかった。