エルフ族と神の御子
四人は宿屋のテーブルを囲んで食事をしていた。
バッツはまだ眠っている。
赤い髪の女と連れの男はロゼとエルディだと名乗った。
「さて、自己紹介も済んだことだしご飯でも食べようかしらね」
話を聞く気満々だった二人はガクッと傾いた。
ロゼはお構い無しにエルディにお皿を渡している。
「いやいやいやいや。さっきまでの緊迫した雰囲気は何だったの?話し聞く気満々だったんだけどな?」
ホネットが体を起こしながらジト目でロゼを見る。ロゼはパンを千切って口に放り込むと構わずスープに口をつけている。食事をしろという事らしい。
「まぁ簡単に言えば私達はバッツの家族であるステラと知り合ってステラを放り出して行ったバッツを探してたの」
食べ物を飲み込むとロゼは自分達が何故バッツに会いにきたかを説明した。確かにバッツはステラとはぐれたと言っていたがまさか放り出すなんて。ネオンはチラリとロゼを見た。
「こんな事ならステラからもっと詳しい事情を聞いておけば良かった。てっきりバッツは普通の青年だと思っていたものだから。まぁ普通ではないのだけど」
何を言っているのだろう。普通だけど普通じゃないとは?
ホネットとネオンはさっぱり理解出来ない。
「バッツは普通の人間じゃないわ。ネオンはエルフよね?神の御子の存在を聞いたことないかしら?」
神の御子?ホネットは聞いた事がない。ネオンに目で尋ねようとしてホネットは口を閉じた。ネオンはどうやら知っているようだ。しかもあまりいい情報では無いらしい。
「まさか・・・・・・バッツが、御子なんて言わないわよね?」
ネオンの顔色がとても悪い。
これは内容を詳しく知っている者の反応だ。
「そのまさかよ。そして私も、ステラもそうよ」
「では、やはり"世界の終わり"が近づいているのね」
ネオンは両手で顔を覆った。
皆ネオンの言葉を聞いて手を止める。
「世界の終わりとは?」
「この世界は数千年に一度終焉を迎える。それを食い止める為、人間族から生まれてくる宿命の子供達のことを神の御子というの」
ロゼはネオンが自分よりも神の御子に詳しいことに驚いた。まさかこんなところで事情を知る人物に出会えるとは。
「もしかして。エルフ族は代々5つの宝玉についての言い伝えか書物が残されているの?」
「書物はないわ。全て口伝よ」
ロゼは自分の盲点を恥じた。
エルフの国ソルフィアナに出向いたことはある。
そこで特別な許可をもらい書物を見せてもらったのだが、そこには何も書き残されていなかった。
当たり前である。大事なことは全て口伝で伝えられていたのだ。
「ロゼの話で何故、私がこの役目を担うことになったのかも分かったわ。人間族が忘れてしまった神の御子の存在を何故エルフ族が口伝してまで代々伝えてきたか、知っている?」
ロゼは正直に首を振った。ネオンは頷くと自分の胸に手を当てた。
「世界が終わりを告げるのを少しでも食い止める為に私達は存在する。腐り枯れた、穢れ淀んでいくこの大地を芽吹かせ清め人が生きられる大地に戻す為。それはあなた方と私達エルフ族で行わなければならない」
「だから、四大元素。そして聖なる力が必要なのね?」
四大元素とは魔力属性の素。火、風、土、水である。そして大地を穢れから清める聖。
「それを行う為にはソルフィアナにある大輪の花を咲かせなければならない。でもその花はもう数百年ずっと開いていないの、間に合わないのなら無理矢理咲かせるしかないけれどそれはアスターシェ様の許しがなければ無理だわ」
それに、とネオンは付け加える。
「バッツにはこの役目は果たせないかもしれない」
「何故?彼の力が不安定だから?」
ネオンは気づいてしまったのだ。
ずっと彼に抱いていた違和感。それが何かを。
「その役目を果たす者はこの大地を愛していなければいけないの。いえ、愛が何かを感じる事が出来なければならない」
ネオンは悲しげに三人を見渡した。
「気づいてしまったの。彼は、彼には本来ならある筈の感情が欠落している。恐らく彼自身の問題ではなく何者かに意図的に心を壊されたのだと思う」
皆その内容に絶句する。壊された?心を?一体どうやって?
「ステラと言う人はもしかして聖なる鍵ではない?」
鍵と言う言葉にロゼもエルディも反応した。やはり。
「彼女は破滅のオルゴールを持っている筈。それは彼女にしか開けられない。そしてそれは何百年も昔に人間が聖なる鍵の為に作らせたものよ」
「そのオルゴールとやらはバッツが持っているとカイルは言っていたが?」
エルディはネオンに確認を取るがそれには彼女は首を振った。
「バッツに聞いてみないと分からないけど。バッツが本当に持っているなら安心だと思う。ステラにしか開けられないから」
「そのオルゴールが一体何の役割を?そんなに危険なの?」
ロゼが尋ねるとネオンは眉を顰めた。
「そのオルゴールにはエルフ族に受け継がれる禁忌の唄のメロディーが綴られているの。それを最後まで聴くとその人間の心や感情は消え去り、その人は只の生きる屍に成り果てる」
「「「な!!」」」
驚きのあまりロゼとホネットは立ち上がってしまった。そんな危険な物。何故ステラに必要なのだ!ロゼは思わず噛みつきそうになりネオンの表情を見て我に返った。
「ステラは神の御子の最初の役割。"全知の門"を開かなければならない。それは只の人では耐えられない役目だそうよ。無事にくぐり抜ける前に狂ってしまうほどに」
ロゼはあまりの内容にブルブル震え出した。
(そんな・・・・じゃあステラは・・・)
そんなロゼの震える左手にエルディの手が載せられる。
ロゼはハッとしてエルディを見た。その金色の混じるブラウンの瞳がじっとロゼを見つめている。
ロゼは目を閉じ再びネオンに視線を戻した。
「何故そんなことになったのかは分からない。でもバッツはその音色を聴いてしまったのだと思う」
「何故君にそれが分かるの?」
確かにバッツが通常の青年より思考や仕草が幼い事はホネットにもすぐに分かった。しかしだからといってバッツがそのオルゴールを聴いたかは分からない。
彼が感情を無くしているとは思えないのだ。
「演じてるから」
ネオンは悲しげに呟いた。
「育ての親のレイヴァン・スタシャーナが教えたままの人物になりきっている。そして、彼はそのせいで今追い詰められている」
そうだ。きっとそうに違いない。
彼は自分がどんな人間であるか分からないのだ。
レイヴァンと過ごしている時は問題無かった。彼の言う通りに過ごしていれば良かったのだから。しかし彼は突然放り出されてしまった。
彼を肯定してくれる筈の育ての親に。
「彼をこれ以上追い詰めないで。彼もきっと無責任に放り出された憐れな子供よ」
泣き出しそうなネオンの手にロゼの手が乗せられ握られる。
「そうね。私達は皆無責任に放り出された憐れな子供だわ。事情も分からず放り出され無責任に役目を押し付けられ、この世界の事情に振り回されている。苦しみながら耳を塞いで終わりを迎えるのを待つことだけが私達に許された自由なのかも知れないわ」
ロゼのエメラルドグリーンの瞳がネオンを映している。
ネオンは途端に自分が恥ずかしくなった。辛いのはバッツやネオンだけではない。皆この役目を背負わされ苦しんで来たのだ。
「でも私はそんなの絶対嫌なの」
エルディは隣で微かに口角を上げた。
ロゼはネオンの両手を握り掴んだ。
「私はこの世界の為に黙って死んでやるのも苦しみの中で生きて行くのもごめんだわ。そして他の四人もそう。不幸になんかさせたくないし幸せになって欲しい」
そのままネオンを引っ張って立ち上がらせる。
「貴方はどうなの?バッツに今のままでいて欲しい?本当に笑わせてみたいと思わないの?」
笑わせたいに決まってる。
泣いたっていい。怒ったっていいのだ。彼が彼らしく生きて行けるというのならなんだっていい。
「助けたい。バッツを」
「じゃあそうしなさいよ。彼がどうしていいか分からないと言うなら今度は貴方が教えてあげればいい。ただそれだけの事よ?」
そんな事自分に出来るのだろうか?
ネオンは眼を閉じた。初めてバッツと出会った時の事を思い出す。
まるで花開いたようにふわっと笑った彼の顔を。
「出来るかな。私に」
「出来る出来ないじゃないわ。やるのよ」
ロゼのその言葉にネオンは勇気づけられやっと微笑んだ。