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歌姫への贈り物

ネオンは泣きながらバッツに抱きついていた。

その声はいまだ波紋を作り空気を振動させている。

そんな彼女の周りに次々と妖精が集まってくる。


[ネオン、ネオン歌って]


[貴方の歌を聴かせて]


歌。歌?こんな時にまで。大切な者を奪われた自分に歌えと言うのか。

何故そこまでして歌わねばいけないのだ。


「嫌よ!歌わない!歌いたくない!!もう私達の事は放っておいてよ!!!」


今まで幾度となく諦めてきた。自分の全てを。この世界を守る。その使命の為に。それなのに。


「私が、私達が必死になってこの世界を救って、それが何になると言うの!!!それでこの世界やこの世界の人達は私に何かしてくれた?何もないわ。ただ、私が得たものは苦しみだけだった!!」


妖精達は顔を見合わせて首を傾げている。こんな事、彼等に言ってもしょうがないと分かっている。だが止まらない。


「私は多くを望んだつもりはないわ!ただ、私が愛した人達に幸せになって欲しかった!バッツに、幸せになって欲しかった!!」


何故こんな事になったのだろう。

本当ならネオンが儀式を終えた後、バッツがこの地を芽吹かせる筈だったのに。ネオンは泣き崩れた。そんな彼女に妖精はよく分からなそうに呟いた。


[バッツの幸せはネオンが生きて幸せになることだよ?]


それに、ネオンはハッとした。


[人ってよくわからないね。幸せにしたいって言ってるのに全く違うことするんだもの]


そうだ。最初にバッツを黙って置いていったのはネオンだ。それなのに自分は同じ事をされてこんなにも苦しんでいる。ではもしこれがバッツだったなら?分かりきっている。彼も苦しむ。ネオンを失って。


ネオンは力を失い横たわっているバッツを抱きしめた。

頭上では花がもう少しで開ききる。


ネオンは泣いた。バッツの頭を抱きしめながら、そして愚かな自分に気が付いた。彼を最も傷つけたのはきっと自分だ。これはきっと罰なのだ。彼を置いていく癖に自分勝手に想いを伝えたネオンに対する罰。


[彼に歌ってあげないの?]


そうだ。彼の魂はここにいる。最後に彼に歌ってあげたい。


[ちゃんと届くように力を貸してあげる]


ネオンは虚ろな目で花を眺めながらポツリ、ポツリ歌い始めた。


「眠れぬ夜は、輝く星を見守るものに、なるといい」


[輝く星の数の分貴方の愛があるでしょう]


「眠れる夜は囁く森の話し相手になるといい」


[その囁きを聞いたなら他人の愛を知るでしょう]


「貴方はその小さな手で、私に幸せを運ぶ天使、貴方はいくつもの夜を越えて全ての愛を知るでしょう」


[あっというまに朝はくる、さぁ目を閉じてごらん?]


輝く星が見えるでしょう?さぁ耳を澄ましてごらん?

森の囁きが、聞こえるでしょう?

貴方は愛に包まれて幸せな眠りにつくでしょう

眠れ眠れ愛子よ私の愛に包まれて



ネオンはいつかバッツに歌った子守唄を歌ってあげた。

彼の魂が安らげるよう、そしてそれは沢山の妖精達の歌声も重なり美しく広がっていく。ネオンは目を閉じた。


(これで終わり。全て)


もう二度と歌わない。

彼に歌ったこの子守唄を最後に自分も眠ろう。

そんな彼女の耳に何故か終わった筈の妖精の歌声が聴こえてきた。


[[ルールールーラー、ルールールールー]]



ネオンは目を見開いた。気がつくとそこには敷き詰められる程の妖精達が光を放ってそこにいた。こんな数の妖精ネオンでさえ見たことない。


[優しい掌に、また眼を閉じる朝陽さす朝]


これは何だ?子守唄に続きがあるなどネオンは知らない。


[鳥のさえずりに、柔らかい風]


子守唄じゃない。これは・・・。


[夜の夢がまだ、覚めるのが名残り惜しくて]


新しい歌だ。新たに作られた歌。


[それでも僕は君に会う喜びに、その眼を開けた]


「・・・・バッツ?」



愛を知る喜びも愛を知る苦しみも

夜の夢が僕に全て教えてくれた

君の持つ愛しさも僕の持つ愛しさも

あの広い空の彼方へ光となって降り注ぐ



[歌ってネオン]



ネオンはぐしゃりと顔を歪めた。

これはバッツだ。バッツの歌だ。彼がネオンに送った歌。

ネオンは抱きしめていたバッツを撫でて身体を起こし息を目一杯吸い込んだ。そしてそのメロディをなぞるよう凛と声を張った。彼の作った歌が届くように。


彼女の歌声は、その時まだ開ききっていなかった大輪の花に力を与え、次の瞬間。大輪の花に数えきれぬ程の光の渦が空の四方八方から流れを作って吸い込まれて行った。


彼女は涙を流しながら歌った。

愛しい彼の歌を。ネオンの為に残してくれた最後の声を。



[さぁ目覚めよう、君が待つ朝が来る]


[光輝く太陽の下へ、君を連れていく為に]



花が力強くその花びらを開いた時。

彼等は現れた。


[[ネオン!]]


それは身体を持たぬ魂になったロゼ達の姿だった。

ネオンは呆然と彼女達を見た。


「え?何故・・・・・」


[本当冷や冷やしたわ。どうやら間に合ったみたいよ]


ロゼはそんなネオンに構わずいつもの調子で話している。

ネオンはいまだに事態が掴めていない。


[バッツ一人で行かせるわけないでしょ?危なっかしい。私達も一緒に身体から抜けて花を開くの手伝ったのよ。もうすぐバッツも帰ってくるわ]


ネオンはそれには口をパクパクさせ叫んだ。


「なんて危険な事を!!体に戻れなかったらどうするの!」


ロゼの隣にいた女性が屈んでネオンを覗き込んだ。


[ごめんなさい。驚かせてしまって。時間が無かったんです。バッツは貴方に会いに行くと聞かなかったし、ろくに説明もせず時間が来てしまって]


その女性は困ったような顔でネオンに謝罪した。その顔がバッツと被って見えた。


「ステラ?」


[はい。そうです。バッツをずっと守ってくれてありがとうございます]


彼女はそう言って微笑んだ。


[おい。あまりのんびりもしてられないぞ。アンタそれでどうするんだ?歌えるのか?]


その後方にいた綺麗な青年がぶっきらぼうにネオンに声をかける。ネオンはハッと上を見上げた。


[回帰の唄を歌ってくれる?]


そうだ。それがネオンの本来の役目だ。ネオンはチラリとバッツを見た。彼の魂が見当たらない。


[あー。大丈夫。今、彼と会ってるのよ]


ロゼがそう言うとステラは困った顔で笑った。


「まさか・・・レイヴァン様と?」


[ずっとバッツの側に引っ付いてたみたい。酷いでしょ?私は放ったらかしよ?]


ステラはプンプンしているが本気で怒っていない。

きっと分かっているのだ。それが必要だったのだと。


[私達は先に戻るわ。貴方が歌えば私達の身体も元に戻る筈だからね]


体と魂の繋がりが強い内に元に戻さねばならない。

ネオンは立ち上がって強く頷いた。




****





[レイヴァン様って性格悪いの?]


[誰だい?そんな事言ったのは]


[え?カイル]


バッツは花の上でレイヴァンと話していた。


彼はバッツが身体から抜け出す瞬間彼を守るようにバッツを抱きしめた。少しでも魂が傷ついてしまわぬ様に。


[それはそれは、随分私は嫌われているようだ]


[そうかな?そんな事ないと思うよ。でもカイルってちょっとレイヴァン様に似てるんだよね。何でだろ?]


[それはまぁ遠くとも血は繋がっているからね?]


レイヴァンは笑った。バッツはその横を見て不思議に思う。


[あんなにレイヴァン様に会いたかったのに、こうして会ってみると全然普通だ。変なの]


あんなに会えなくて苦しかったのに気が抜けてしまう。

レイヴァンはバッツの頭を軽く叩いた。


[家族なんてそんなものだ。だが別れは必ず誰にでもやって来る]


[もう、会えないよね]


レイヴァンもこのまま回帰していく。そして生まれ変わる。


[そうだなぁ。確かに私ではなくなるがもしかしたらまた会えるかもしれないぞ?例えばお前達どちらかの子供として]


[え!!!]


レイヴァンは大笑いして下を見た。

バッツとネオンが下にいる。


[可能性としてはステラの子の方が高いかもな?カイルへの嫌がらせも込めて]


[なにそれ、面白いからカイルに教えてもいい?]


[子供が出来るまで黙っててくれ。楽しみは後で取っておくタイプなんだ私は]


やはりレイヴァンは性格が悪いかも知れない。バッツは立ち上がるとレイヴァンを振り返った。


[俺、いくよ]


[ああ、行っておいで息子よ]


二人は笑い合った。

バッツはそのままその場から飛び降りて行った。


「また、あんな嘘をついて。良かったのですか?」


バッツが離れた後、その背後からアスターシェが現れた。レイヴァンは笑って下を見る。歌っている彼女の下へバッツが飛び込んで行く。


[あの子達はもう大丈夫だ。私がいなくともちゃんと生きて行ける。私は役目を果たせて満足していますよ]


レイヴァンの魂はもう回帰出来ない。

例え回帰出来たとしても人にはなれないだろう。

彼の魂はここに来るまでの間に穢れ過ぎてしまった。

バッツと一緒にいた為に。


[私が中に入り中に穢れが広がっては困ります。やはり浄化されて消えるのが一番ですかねぇ?]


軽い調子のレイヴァンのセリフに不機嫌な声がかけられた。


「やっぱあんた録でもない人間だな。聞いた通りだ」


そこにはカイルとロゼを抱いたエルディがいた。


[おや、これはまた。手厳しい]


カイルはレイヴァンの前まで来るとニヤリと笑った。

レイヴァンはそんなカイルに首を傾げる。レイヴァンはカイルと引き離されていた。彼の事をよく知らないのだ。


「いいぜ。あんたを俺の子供にしてやる」


「・・・はい?」


隣でエルディが剣を抜く。レイヴァンはギョッとしてカイルを見た。


「大丈夫。しっかり俺とステラで嫌と言うほど可愛がってやる。そんであきれるくらい親バカぶりを発揮してやろう。エルディ、頼む」


事態が把握出来ていないレイヴァンにアスターシェはにっこりと微笑んだ。


「あなたの魂は確かに浄化し導いただけではもう戻りませんが実は一つだけその流れを戻す方法があるのですよ?」


レイヴァンは嫌な予感がして両手を上げた。


[ちょ、ちょっとお待ち下さい]


「それは祝福です。貴方も知ってはいるでしょう?良かったですね?まさかそれが使える者がこんなに近くに居たなんて」


アスターシェは満面の笑みである。レイヴァンの顔は引きつった。皆笑っているのに何故か笑顔が怖い。


「ステラとバッツの育ての親だ。喜んで協力させてもらう」


エルディはそう言うと、そのまま剣をレイヴァンに向かって突き刺さした。剣は光を放ち一瞬にしてレイヴァンを包み込んだ。


「レイヴァン・スタシャーナお前に祝福を与えよう」


エルディがそう口にすると今まで寝ていた筈のロゼの口の端が僅かに上がった。

レイヴァンは困った顔で上を見た。


[やられた。やはり口は災いの元だったか]


「ちゃんと俺たちを目指して来いよ?待ってる」


カイルの言葉にレイヴァンは諦め微笑んで眼を閉じた。


[本当にお前達は、そうやって。結局私を幸せにしてしまうんだ。こんな罪深い私を]


レイヴァンの閉じた瞳から一雫涙が落ちた。彼は呟いた。


[クリィスティナ。すまない。先に行っているよ]


彼の身体は光の球になりそのまま花に吸い込まれた。

カイルはそれを苦笑いしながら見送った。



ネオンは歌いながら自分の中にある力に驚いていた。

いつもは少し歌だけで疲れてしまうのに全然疲れない。


(凄い。まるで無限に溢れてくるみたい。気持ちいい)


そんな彼女の下へ何かが降りてくる。

彼女は歌いながら上を向いた。


空には無数の光がいまだ花に吸い込まれそして辺り一面で妖精達が歌い輪になって踊っている。


その中心からネオンが待ち望んでいた彼がネオン目掛けて降りてくる。


(ああ。バッツ!)


ネオンは大きく手を広げた。

彼に触れられないと分かっていても彼女は一番に抱きしめたかった。


[ネオン!]


ネオンはバッツを抱きしめた。その身体はすり抜け消えてしまったがネオンはもう悲しくなかった。


そしてネオンは背後からその身体を抱きしめられた。


「ネオン。有難う歌ってくれて」


とても暖かい。ネオンは身体を預けて目を閉じる。まだ止まらない涙が彼女の閉じた瞳から頬を伝って流れていった。


「愛してる」


もうすぐ日が昇る。

その日バッツ達はソルフィアナでそれはそれは美しい朝陽が昇るのを美しい音色と共に目の当たりにしたのだった。

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