花開く時
ネオンは一人、祭壇の間の真ん中にあるクッションの上に膝を抱え座っていた。
(バッツ。大丈夫だったかしら。無事ステラと会えるといいけど)
彼女は帰ってからしばらくしく閉鎖された空間で過ごしていた為、外の事が分からなかった。
バッツ達がすでにこの国にいる事をまだ知らされていない。
(魂になってからもちゃんと歌えるのかしら?全く想像つかないわ)
彼女は真上にある大輪の花の蕾を見上げた。
もうすぐ彼女の人としての人生は終わりを告げる。
ネオンは自傷気味に笑った。
(ろくな人生ではなかったけど最後は楽しかったな。最初外に出された時は辛かったけど、あれがなかったら私は本当につまらない一生を終える所だった)
今なら素直に歌える気がする。ずっと嫌だった歌を。
誰かがドアをノックした。ネオンが眼を向けると宰相が中に入って来る。
「儀式を行うのが明日の朝に決まりました。貴方に会いたいという方がいらっしゃいます。お会いになられますか?」
ネオンに会いたいという者など思いつかない。両親だろうか?しかしもう何年もほったらかしだ。今更、情でも湧いたというのだろうか。あり得ないが。
「はい。最後ですから」
最後くらい誰かと会いたいと思ったのかも知れない。
ネオンは頷くと宰相は出て行った。しばらくしてドアがノックされる。
「はい。どうぞ」
しかしドアは少し開かれるとそのまま止まった。
ネオンは不思議に思い、身体を乗り出した。
なんだろう。何か引っかかったのだろうか?
するとドアの隙間からひょこりと見覚えのある顔が出てきた。ネオンは、思わず声を上げた。
「バッツ!?」
バッツ達が来ているなんて聞いていない。
ネオンは驚きで固まった。
バッツは顔だけ出したまま困った顔をした。
「ネオン。怒ってる?」
別れ際の事を聞いているのだ。ネオンはバッツが居なくなった間にいなくなってしまった。怒って出て行ったと思っているのかもしれない。ネオンは嬉しくて思わず微笑んでしまった。
「怒ってないわ。バッツこそ怒ってない?」
ネオンがそういうとバッツは安心したのか部屋に入って来た。その様子にネオンは違和感を覚える。
「・・・バッツ。なんか、変わった?」
見た目は全く変わっていない。だが何だろう。何か違う気がする。
「そう?じゃあ少しは大人になったのかも?」
バッツはスタスタとネオンの前まで来ると彼女の隣に腰掛けた。
「大事な儀式がある前にごめんね?アスターシェ様が特別に会う事を許可してくれたんだ。早く謝りたかったから」
ネオンは内心ホッとした。バッツは儀式の内容を知らされていない様だ。それにしても、距離が近い。
「あ、うん。そうなんだ。わざわざありがとう」
ネオンは恥ずかしくて顔を伏せた。何だろうドキドキする。チラリとバッツを見ると、とても優しく微笑んでいる。
「ステラとは会えた?」
「うん。お陰様で。後で紹介するよ。儀式が終わった後で」
ズキリとネオンの胸が痛む。
もう、こうやって彼と話すのは最後になるだろう。
ネオンはギュッと膝を抱えた。今言ったら卑怯だろうか?
「バッツ。私」
目の前で自分の大好きな人が笑っている。この、最後の夜に。何て私は幸せなんだろう。ネオンは心からそう思えた。最後まで大切な人と会えず死んでいった者をネオンは知っている。
「貴方が、好きなの」
震えた声が彼女の口から出た。もう、伝えられないと思っていた言葉を。
「お、男の人として」
バッツなのでちゃんと念を押した。誤解ないように。
彼はそれを聞いて一瞬キョトンとした。これは伝わってないかも?と思ったネオンにバッツから意外な返答があった。
「うん。気付いてたよ」
「え?」
バッツはそう言ってネオンの降ろされた髪に触れた。
彼女は儀式のドレスを纏いその髪や肌には綺麗に装飾されたアクセサリーをつけている。
「ずっと見てたから」
ネオンは思わず耳を疑う。それは、どういう意味だろう?
「ネオンと出会ってからずっとネオンばかり見てた。無意識に。それが何でなのか言葉に出来なかっただけで」
「バッツ・・・・」
バッツ達の周りをフワリフワリと柔らかい光の球が浮いている。きっとここに導かれた人の魂だ。
「俺もネオンが好きだよ。誰よりも」
ネオンは後悔した。
自分が思っている以上に彼女はバッツが好きだった。
その彼が自分を好きだと言ってくれる。
そんな夢のみたいな事が起こるなんて想像してなかった。
「泣かないで。俺、ネオンを悲しませたくない」
「悲しいんじゃないわ。嬉しいの」
間違ってはない。とても嬉しい。でも、ずっと彼とは居られない。
「ありがとう、バッツ」
ネオンは笑った。出来るだけ精一杯、バッツが心配しない様に。バッツはそんなネオンの腰に手を回すとそのままネオンを抱き寄せその手に少し力を入れた。
「また、俺の隣で歌ってくれる?」
そう言われてネオンは驚いた。バッツはネオンの歌を聞いていない筈だ。
「一度歌ってくれたよね?夢の中でネオンの声が聞こえたよ」
出会ってまだ間もない頃、苦しそうなバッツに歌った子守唄。あれはちゃんとバッツに届いていた。
「ネオンの声、好きだよ。とても安心する。大好きだ」
(私の歌を、そんな風に純粋に褒めてくれた人なんて今までいなかった。)
バッツは出会ってからずっとネオンを肯定し続けてくれた。求められながら否定され続けたネオンを。それは彼女の支えになった。ネオンは嬉しくて自分もバッツの身体に手を回した。
「ええ。約束するわ。また、バッツの隣で歌ってあげる」
(例えこの身体がなくなっても、私の心は貴方の下へ飛んで行く)
バッツはそんなネオンの顎にそっと手をかけると上を向かせた。
「俺を信じて。絶対にネオンを一人にしない」
ネオンはバッツの言ってる意味が分からなかった。けれど微笑んで頷いた。
「うん。信じてる」
バッツの顔がゆっくりと近づいてくる。ネオンは抵抗せずそのままバッツに身を任せた。
彼の熱い唇がネオンの唇に優しく重ねられる。
そして何度も唇を重ねられてネオンはちょっと驚いてしまう。意外と情熱的だ。そのまま後ろに二人で倒れこみネオンは若干狼狽えた。
(え?え?バッツ?まさか、いやでも)
ネオンは真っ赤になって自分を抱き込む様に横になったバッツを見た。彼は眼を閉じてネオンを抱きしめたままだ。
「・・・バ、バッツ?」
ネオンは恥ずかしくて恐る恐るバッツに声をかけた。バッツからの返事はない。
(え?まさかこのタイミングで寝た?)
バッツならあり得そうだ。彼女はそろりと身体を起こしバッツに手をかけた。
「バッツ?まさか本当に寝ちゃ・・・・・」
バッツに手をかけたネオンは、その形のまま凍りついた。
「・・・・・・バッツ?」
彼女はハッとして上を向き花の蕾を確認した。
僅かだが、蕾が開いている。
ネオンはこの時、理解した。
「うそ・・・・・・・うそよ・・・・・」
儀式は明日の朝だと言った。だが、彼女は騙された。
「誰か・・・・・・お願い嘘だと言って」
(嫌、嫌よ。こんなの現実じゃない・・・・)
否定し続けるネオンの前でゆっくりと蕾が開いて行く。
ネオンはすぐ横にいるバッツを思わず抱きしめた。
「バッツ。バッツ!!お願いやめて!今すぐ帰って来て!」
ネオンは必死に呼びかけた。しかしバッツの身体にはすでに正気がなかった。それを思い知らされて、彼女は絶望感に打ちひしがれた。
「っい・・・・いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
彼女の叫びは波紋となり国全体に響きわたった。
その日ソルフィアナの住人はけたたましい地響きと共に大輪の花が開くのを目撃した。