彼女は思わずキュンとする
風が辺りの木々をサラサラと揺らしている。
空は晴天。
爽やかな昼下がり。
「本当にありがとう御座いました。これで安心して過ごせます」
「それは、良かったです」
頭を下げる村人にネオンは引きつった笑顔で答えている。
顔を上げた村人達も若干後退っている。
「あの。本当にそれを持って帰られるのですか?」
「うん!だって要らないんだよね?」
バッツはにこにこ笑いながら獣を担いでいる。
すごく獣臭い。
「はい。勿論お持ちになるのは構わないのですが、大丈夫ですか?その大きさでは持っていくのは大変では?」
「大丈夫だよ?コレぐらいなら担いでも帰れるから!」
底抜けに明るい冒険者の様子に村人は安心したような顔をした。
「やはり世界を旅する冒険者様ともなると私達凡人では到底考えられない事をなさる」
いや。しない。
冒険者でも巨大なグズリオンをそのまま持ち帰るなど聞いたことも無い。
「ではお気を付けてお帰りください」
「はい。では失礼します」
二人はそのまま村を離れる。
このまま村に入るわけにはいかない。
「ネオン大丈夫?疲れてない?少し休んだ方がよかったんじゃないかな?」
バッツは重さを感じさせない軽快さでネオンに話しかけてきた。どうなってるんだろう、この人。
「大丈夫。ほとんどバッツ一人で倒したようなものだし」
あっと言う間だった。
突っ込んできたグズリオンを一突きだった。
急所を的確に。持っていた槍で。
「そんな事ないよ?ネオンが見つけて教えてくれたから間に合った」
にこにこ笑うバッツにネオンは思わず微笑んだ。
なんだかバッツと居ると色々考えるのが馬鹿らしくなってくる。
「でも、そんなの持って帰ってどうするの?」
「解体して売れる物は売るつもりだけど、その前に証拠として持って行こうと思って」
証拠とはなんだろう。
バッツはニヤッと笑う。
「ギルドのおっちゃんがさ、俺にグズリオンを倒せっこないって言ったから賭けをしたんだ!もし俺がこの依頼をこなせてその証拠を持って帰ってきたら俺のギルド査定を上げて更に宿代と食事代も上乗せしてくれるって!!」
ネオンはそのギルドのおっちゃんの慌てる様子が容易く想像出来た。自業自得とは言え若干気の毒でもある。
「バッツ。ギルド査定は依頼窓口では勝手に上げられないの。だから宿代と食事代で許してあげて?」
ネオンの言葉にバッツはキョトンとしてから首を傾げた。
「そうなんだ?出来ないなら言わなきゃいいのにね?」
それにはネオンは苦笑いで返した。
誰が駆け出しハンターにこんな上級者向けの依頼をこなせると思うものか。もしかして、とネオンはバッツに尋ねる。
「バッツ。あなたギルドで依頼を受けた時、自分のギルド査定を正確に伝えなかったんじゃないの?」
「どうだったかな?昨日冒険者登録したばかりだとは伝えたけど?」
やはり。ネオンは困った顔でバッツに再度確認する。
「因みに今、バッツのランクはどうなってるの?」
「えっ〜とね・・・・・」
バッツは上を向いて暫く考えると思い出したのかネオンに最高の笑顔で答えた。
「S1ランクだって!」
ネオンはそれを聞いて目を閉じた。
(でしょうね!)
納得の強さである。
****
「一緒の部屋で大丈夫だった?」
女の子のネオンに気遣いをみせるバッツに、ネオンは笑って頷く。
二人は今、ラーズレイの宿屋に来ている。
約束通りグズリオンを持って帰って来たバッツを意外にもおっちゃんは大笑いで迎え入れた。
そのままグズリオンは手早く解体され、欲しがる者に売られていきその全てのお金をしっかり頂き、約束通り宿屋と食事代も用意してくれた。しかもお風呂付だ。リッチである。
多分大分臭ったのだろう。
「ラーズレイは人が多いからしょうがないわ。それに同室の方が格段に安く泊まれるから」
「そうなんだね。ネオンは本当に物知りで助かるなぁ」
いちいち褒めてくれるバッツがこそばゆい。
ネオンは疑問に思う事を聞いてみた。
「バッツだってすごい強いよ?どこで戦い方を教わったの?」
「それは、レイヴァン様が・・・・」
「レイヴァン様?先生か何か?」
ネオンの問いに若干バッツの言葉が力を失って行く。
「俺の育ての、親かな?俺、孤児なんだ」
ネオンはハッとバッツを見た。バッツは少し困った顔で笑っている。
「ご、ごめん。思い出したくない事を聞いてしまった?」
ネオンが聞くとバッツはブンブン首をふる。
そしてニカっと笑った。
「全然?レイヴァン様は司祭様の癖に凄い強かったんだ!」
バッツが嬉しそうに話しているのをネオンは微笑みながら聞いた。
(過去形。きっとその方は亡くなってしまったのね)
無邪気に話をするバッツを見ながらネオンはそのレイヴァンと言う人物像を想像した。
(きっと、とても素晴らしい方だったのね。この人をこんな風に育てた人なんだもの)
ネオンは人間族があまり好きではない。
昔から彼らは自分達を見つけると興味本位で近づいて来て利用しようとしたり差別したりした。
勿論エルフ族だってそういう人はいるから全て人間が悪いわけではない。しかし受け入れられない悲しさは付いて回る。
(本当に今時珍しいくらい純粋で真っ直ぐだわ)
ネオンは会ったばかりのバッツに素直に好感を覚えていた。
その夜。
ネオンは誰かの呻き声で目が覚めた。
(なんだろう?何か声が・・・)
窓の外を見てみるが何も無い。
ふと後ろを振り返るとバッツが布団に包まり微かに唸っていた。
(え?バッツ?まさかどこか痛めてた?)
ネオンは心配になりバッツのベッドに近づいていく。
するとバッツはぶるぶると身体を震わせていた。
「バッツ?どこか具合が悪いの?」
ネオンが声をかけるとピタリと震えが止まりか細い声でバッツが知らない名前を口にした。
「ステラ?」
顔を上げたらしいバッツの顔が暗くてよく見えない。
ネオンはベッドに腰掛けてバッツを覗き込んだ。
「大丈夫?ここがどこか分かる?」
もしかしたら頭をぶつけたのかもしれない。
ネオンはバッツの頭に手をかけた。
「どこか痛いの?辛そうだったけど・・・・」
バッツはキョトンとした表情でネオンを見ている。
その顔はまるで少年・・・・いやもっと幼い子供のようだ。ネオンは本当に心配になった。
「そっか。ここは違う場所だった」
バッツは笑った。笑ったはずだ。
「バッツ・・・・」
ネオンは思わずバッツの頭を自分に引き寄せ抱きしめた。
まるで母親がぐずる子供をあやすように頭を撫でる。
こんなのおかしい。
会ったばかりの青年相手に、こんな事するなんて。だがネオンには彼が青年に見えなかったのだ。
「ネオン?どうしたの?」
バッツの声が酷く幼い。
ネオンは撫でる手を止めずバッツを寝るように促した。
「大丈夫よ。眠れるまで側にいる」
その言葉が彼に必要な気がした。
バッツはその言葉に安心したようにゆっくりと瞼を閉じた。
次の日ネオンが目を覚ますと目の前にはスヤスヤと眠るバッツの顔が目の前にあった。
「・・・・・・・・・っ」
叫びそうになって寸前で堪える。
昨夜の事を思い出したからだ。
(う、動けない・・・)
目の前のバッツがネオンの服を掴んで寝てしまっている為身体が起こせない。バッツはいまだ気持ち良さそうに寝ている。
(ね、寝顔まで幼い)
なんだかそんなバッツを見てホッコリしてしまったネオンはゆっくりと瞼を上げたバッツと目が合ってしまった。
「「・・・・・・・・・・・」」
二人で数秒黙る。
暫くしてバッツは恐る恐る口を開いた。
「お、おはよう?」
「うん。おはよう」
目の前のバッツは何だか困った顔をしている。
ネオンはその顔をみて思わず吹き出してしまった。
「あれ?俺なんで?何かした?俺」
今だに固まったまま大混乱中のバッツにネオンは笑った。
「ちょっと寝ぼけただけよ。大丈夫そうで良かった」
そう言ってネオンは身体を起こす。
そんなネオンにバッツは困った顔のまま聞いて来た。
「ネオン怒ってない?」
「怒ってないわ。私も寝ぼけてたから」
そう返すとバッツはやっとホッとし笑顔をみせた。
正直言ってネオンはそんなバッツに・・・キュンとした。