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大輪の花


「本来、大輪の花は常にその蕾を開いています」


アスターシェは広いバルコニーのベンチに腰掛けているバッツ達に語り始めた。


「しかし、百年ほど前その蕾は閉じてしまいました。何の前触れも無く。そしてそれ以来開いていません」


「何故閉じてしまったのです?」


「あの花は魂の帰る場所なのです。言い方を変えればその魂の帰還こそあの花の栄養、エネルギーになります」


人の魂が栄養とはまたやっかいな植物である。

皆微妙な顔をしている。それを見てアスターシェは微笑んだ。


「誤解しないで下さい。栄養とは言っても魂が消えるわけではありません。魂はあの花に帰りまた生物として生まれ変わる為に旅立ちます。その流れによってあの花は活動出来るのです。しかし魂の帰還が百年前から滞っていたのです。それが原因で恐らく花が閉じたのではと思っています」


「ではここに帰って来ない魂はどうなるのですか?」


ステラの問いにアスターシェは笑顔を消した。


「浄化されず彷徨う魂は時間をかけて穢れ澱みになります。そしてこの大地に染み込みこの地を汚し内側から壊していきます。それは大地だけではありません。この地に生きる全ての者に影響を及ぼします」


「どうして魂は帰らなくなったんだろう?道が分からないのかな?」


バッツは素朴な疑問を口に出した。死んだ後の事など想像出来ない。


「実は昔から此処に帰れない魂は沢山あります。この世に未練があり此処へ来ない者。また、何かに執着して生き返るのを拒む者、様々です。それを正しく導くのが司祭や聖職者の仕事でもあります。又はガルドエルムで行われる"祝福"にもこの力があります」


ロゼとベルグレドはピクリと指を動かしたが表情は変えなかった。エルディは黙って目を閉じて聞いている。


「先程ステラが疑問に思った事は実は強ち間違いではありません」


そう言われてどの話だろうと記憶を辿ってみる。


「人間族だけが直接この地に干渉できる?」


「この地の種族の割合は人間族が圧倒的に多い。その人間族の魂の帰還が急激に減った、と私は考えています」


それはつまり、どういう事なのだろう?何が問題なのか理解出来ない。バッツが一生懸命考えているとすぐに意味を理解したロゼが複雑な表情で答えを聞いた。


「つまり。この花を機能させるには人間族の魂でなくてはならない。ドワーフでもエルフでもコルボでも魔人の魂でさえ役に立たないと?」


「恐らく」


それは中々厄介な話である。この花を管理しているのはエルフ族だ。それなのに必要なのは人間族の魂だとは。


「大輪の花を咲かせるだけなら我々にも何とか出来ます。しかしその後また魂が滞れば直ぐに蕾は閉じてしまいます。それでは意味が無いのです。その為に迷える魂を一度に導かねばなりません。その為にネオンの歌が必要になります」


ネオンの名前が出てバッツは胸を押さえた。

本当は今すぐにでもここを飛び出して会いに行きたい。


「彼女はエルフ族でも大変珍しい声を持って生まれた歌姫です。その才能は計り知れず正しく使う事が出来れば大きな力になります。しかし・・・・・」


アスターシェは憂いの表情を浮かべた。

バッツとホネットは息を飲んで続きを待った。


「彼女は歌う事が苦痛なのです。それは全て他でもない私達の所為で」


「歌うのが苦痛?」


ただ歌うのが何故苦痛なのだろう?歌姫と言われるなら声は綺麗な筈だ。


「私達一族はお分かりの通りこの地の育みを長年に渡り守り、それを絶やさぬよう必死に次の世代に伝えて来ました。その為に多種族の文化を持ち込まず、また漏らさぬ様徹底して来たのです。その結果、盲目で独善的、閉鎖的な考えに囚われ孤立し、他種族から見放されました。私達の国はもう私達だけではどうにも出来ない程、追い込まれているのです」


閉鎖的と、言う事は他からの助けも求めないと言う事だ。それはつまり、自国で立ち行かない事態になった時そのまま終わりを待つしかない。と、いうことになる。


「ネオンはその歌で僅かですか植物を芽吹かせる事が出来ます。しかしそれは一時的です。バッツの様に一度戻した芽吹きを長く維持させる事が出来ません。その為に彼女は生まれた時から親や家族と離され、ひたすら歌い続けさせられました。まるで道具のように」


やはり、とホネットは歯ぎしりした。

ホネットはネオンがここに帰ると行った時。全てを諦めた様な表情をしたのを見逃さなかった。


「私はこの国の王ですが、私もこの国の道具に過ぎません。今まで私が望んだ事が叶った事など一度も無かった」


アスターシェは目を閉じてそれでも口元に笑みを作った。


「エリィ。貴方の飛ばしてくれた予言のお陰で私はネオンを外に出せたのです。それが無ければ彼女はバッツに出会えずバッツもここに足を踏み入れなかったかもしれないですね」


彼女の発言に皆が驚愕し一度に振り返った。

注目を集めたエリィは首を可愛く傾げた後、可愛らしい笑顔で笑った。


「エ、エリィ?そうなの?」


これにはロゼも知らなかったのか、たじろいでいる。

エリィは「うん!」と笑顔で頷いた。


「だってネオンずーとずーと泣いてたから。本当は出て行かなくても会えたかも知れないけど、可哀想でしょ?」


バッツはそれに眼を見開いた。


「泣いてたの?ネオンが?」


「うん。狭い部屋に閉じ込められて、いつも一人で泣いてるって妖精さんが教えてくれたの。だからそこから出してあげてって伝言を伝えたんだよ?」


「・・・・バ、バッツ?大丈夫?」


「何が?」


ステラの心配そうな顔にバッツはすぐに返事を返した。

だが皆の顔が若干引きつっている。その理由がバッツには分からない。


「分かる。怒り心頭なのは僕もだけど落ち着いて。バッツ今、自分がどんな顔してるか分かってないでしょ?」


分からない。だがそんな事どうでもいい。


「ネオンはどこ?」


「彼女は大輪の花の木の根の真下の祭壇に居ます。花を開く為の準備をそこでしています」


「彼女に会って来る」


バッツが立ち上がるとアスターシェは首を横に振った。


「それは許可出来ません」


そのハッキリとした口調に思わず皆姿勢を正した。

バッツはまっすぐ彼女を見た。彼女も真剣にバッツを見据えている。


「彼女は恐らくこの儀式でその生を終えます」


アスターシェがそれを口にした瞬間。バッツの身体から膨大な魔力が噴き出した。皆、驚いて立ち上がる。


「「「バッツ!!」」」


「そう。彼女の魂を原動力にして一気に花を咲かせる予定になっています。あの、忌々しい古参共の企みで」


しかしアスターシェはそのままバッツを真っ直ぐ見据えて話し続けた。その姿は凛としていた。


「この国の中であの花を咲かせる力を持つ者はネオンしか居ません。この機を逃せば、もう私達には二度とあの花を咲かせる事は出来ないでしょう。しかしネオンを助けようにも一度身体から離れた魂を元に戻す事は容易ではありません。それでも・・・・」


アスターシェは微笑んだ。

バッツはその微笑みにゆっくりと噴き出した力を戻して行く。


「簡単でもそうじゃなくても、関係ない。やる事は決まってる」


彼女に会いに行こう。

バッツは決めた。


「正直、上手くいく保証は何もありません。失敗し、全てを失う可能性もあります。勿論、貴方達もです」


アスターシェは全員に視線を向けた。

ロゼはエルディを。ステラはカイルを見た。


「それでも。やるのですか?」


アスターシェは何をするとは口にせず皆の意見を伺う。


「ごめんなさい。エルディ」


ロゼはにっこりと笑ってエルディに宣告した。


「ちょっと早いけど一緒に死んでくれる?」


その言葉にバッツは眼を見開いた。

エルディはロゼを愛おしそうに見ると微笑んだ。


「ああ、構わない」


ステラはバッツに近寄ると彼と手を繋いだ。カイルはいつのまにか背後にいてバッツの首に腕を巻きつけている。


「言っただろ。お前のしたい様にしろって。後は任せろ」


「でも、ベルグレドは・・・」


「別にかまわないよ。どうせあんたら失敗したらこの世界も終わるんだろ?」


ベルグレドは怠そうに応える。それにエリィが口を挟んだ。


「ベルはね、素直じゃない人なの」


「誰だ!そんな事エリィに言ったのは!!」


そう言いつつ犯人であろうロゼの方を睨みつけた。

ロゼはとぼけた顔をしている。

ホネットは当然だね!と言いたげな顔だ。


「バッツ。私達も貴方と行くわ。ずっと側にいる」


ステラも笑った。その顔は普段通りの戯けた彼女の顔だった。バッツの心は満たされていく。今までになく溢れていく。自分はもう一人だと怯えなくていいのだ。


「では、ここからが本題です。命運はネオンが歌えるかどうかに、かかっています」


アスターシェは真剣な顔でその話を切り出した。


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