心芽吹く
バッツとエルディが村に戻るとホネットとロゼは外で二人を待ち構えていた。バッツは困った顔でエルディを見るとエルディがバッツを前に押し出した。バッツはそのまま固まってゆっくり頭を下げた。
「・・・・・ごめんなさい」
しかし二人からはなんの返事も返って来ない。
これはいよいよ本気で怒らせたかもしれない。バッツは恐る恐る顔を上げて二人を見た。
すると二人は険しい顔でバッツを見ている。
エルディはその様子に些か違和感を感じて尋ねる。
「ネオンはどうした?」
バッツはびくりと体を揺らす。その様子にホネットは溜息を吐いた。
「帰ったよ」
「・・・・・え?」
意味が分からない。帰ったとはどういう事だろう。
「国に呼び戻されて。ソルフィアナに帰った」
その瞬間。バッツの身体は村の外に駆け出そうと身体を翻したが、寸前でホネットに腕を掴まれる。バッツは驚いてホネットを見た。その顔は見たことがない程怒りに満ちていた。バッツの腕にホネットの手が食い込む。
「君はいつもそうだ。肝心な時逃げ出す癖に中途半端にネオンを振り回す。追いかけてどうするつもり?まさか戻って来いとでも?自分は無責任に抜けると言った癖に!」
その通りだ。ホネットの言っていることは正論だ。しかしバッツは引き下がらなかった。
「でも俺、まだ何も言ってない」
「何を?彼女に何を言うつもりなの?」
バッツはそう言われて頭を押さえた。
頭が痛み出して冷や汗が出てくる。ホネットはそんな苦しむバッツに少し腕を緩めた。
「おれ、俺。多分ネオンが好きなんだ」
多分かよ。と、言ってやりたい所だがホネットは口に出さなかった。彼がその言葉を認める事がどんなに大変か知っていたから。
「でも、いい加減な事は口にしたくなかった。もし違って傷つけたくなかったし・・・・」
拒絶され、自分が傷つくのが怖かった。怖いと感じていたのだ。バッツは。
「ホネットはネオンが好きなの?」
「好きだよ。でもバッツと同じ好きじゃない。友達や仲間に抱くそれだよ。種類が違う」
ホネットは真剣な顔でバッツを見た。
「バッツ。ネオンに会いたいならまずステラを見つけよう。多分、今行ってもソルフィアナには入国出来ない。ネオンは自分の仕事をする為に帰った。花を咲かせる仕事だそうだ。その後君の力が必要になる。でも今のままじゃ多分役目はこなせない。君の幼馴染の力も必要になる」
その瞬間。バッツの表情は明らかに、そう。今までどんなに苦しくても笑うか無表情だった彼の顔が苦痛に歪んだ。
ホネットはそれを息を飲んでみた。
「でも。ステラはもう、俺の事見捨てたかもしれない」
そんなバッツの肩をエルディはそっと掴んだ。もしかしたらそれがバッツの頑な心を解くヒントになるかもしれない。
「何故だ?」
バッツは酷く痛む思考の中でも何とか意識を保ち思わぬ事を口にした。
「死のうとしたんだ。俺」
「・・・・は?」
ホネットはあまりにバッツからかけ離れた発言に一瞬意味が分からなかった。
「だって。俺はもう必要無くなったと思って。だって、ステラにはカイルがいるだろ?俺はステラを守る為に居たんだから生きてても意味はないと思ったんだ」
ロゼはそれを聞いて両手を握りしめた。そもそもバッツは自分の事を人だと思っていたのだろうか?
「でも、レイヴァン様はそれを止めた所為で消えてしまった。だからステラを探しに戻ったけど俺はどうしたら良かったのかな?」
「なんで・・・・・自分の事をそんなふうに?」
「神様がね。俺はその為に生まれたんだって俺に言ったんだ。だから俺はステラの側にいた。子供の頃からずっと。その役目が無くなったら俺は死ぬんだと思ってた」
ホネットはその話を聞きながら怒りでブルブル震え出した。誰がそんなことをバッツに言ったのだ。まだ幼いバッツに。
「だから!!何でそれで君が死ななきゃならないんだよ!!」
「だって。誰にも必要とされないなら生きている意味がないだろ?レイヴァン様もステラも俺が要らないなら俺はただの壊れたガラクタだから」
ホネットはあまりのバッツの言いように苦しくなって歯を噛み締めた。
「ふざけんな!!君がどんなに感情が欠落した大馬鹿野郎でも、君は物じゃない!!感情のある人間だ!!他の誰がなんと言おうと、君が不必要な人間だなんて事はないんだ!!なんて馬鹿なんだ君は!」
バッツはずっと苦悩していた。
ステラに会わなければいけないが、会ってレイヴァンの事を聞かれたらどう答えたら良いのか分からなかった。
そしてカイルとまともに向き合える自信がなかった。
自分の居場所を奪った彼と向き合える自信が。
「貴方はずっとずっと苦しかったのね」
ロゼはポツリと呟いた。その表情は憂いを浮かべていた。
もしかしたら彼女自身にもバッツの気持ちが分かったのかもしれない。
「ずっと苦しくて早く終わらせてしまいたかったのね?」
「・・・・苦しいかどうかは分からないけど確かにあの時少しホッとしたんだと思う」
バッツは自分の身体から溢れ出した魔力が暴走し、その力が自分を押し潰そうとした瞬間確かに安堵した。まさかそれをレイヴァンが命がけで止めるなどと考えもしなかったのだ。
「やっぱり、まだ俺にも役目があったから生かされたんだね」
「違うわよ」
ロゼは握りしめていた両手を開くと、ばちんとバッツの頬を勢いよく挟んだ。エルディもホネットも未だにバッツから手を離さなかった。
「もし、貴方に役目が残ってたとしても、ただの道具に人は命をかけたりしないわ。人はね自分の大切なものにしか命をかけれないものなの」
レイヴァンの最期の言葉を、この時バッツは思い出していた。バッツが信じていなかった彼の言葉を。
「バッツ。愛はね、一方通行なの。貴方が気付かない所で貴方は実は沢山愛されている。貴方がレイヴァンを愛したように貴方とは違う形でレイヴァンも貴方を愛していたのよ?でも、どんなに愛していても伝わらないものもある。きっとレイヴァンはそれが貴方に届かなくてずっと苦しみ自分を責めたんじゃないかしら?」
彼はバッツを愛していると言った。愛しい息子だと。
けれどバッツは内心全く信じていなかったのだと思う。
きっとそれを認めてしまった時、今以上の苦しみがバッツを支配する可能性があったのだから。
「でも、いいのよ。全てに応える必要はないし全てに気付く訳じゃない。でも否定だけはしないで欲しい」
そう。バッツは今まで否定し続けた。
全て笑って、何でもないかのように。
「私やエルディ、ホネットも違う形で貴方を愛している。種類が違うだけで愛はそこら中に溢れているのよ?」
「俺が何もしなくても?」
「そう。何もしなくても。今貴方から何も無くなったとしても私達は笑って災難だったわねって笑い合える。それだけの絆が私達の間にはもう出来ているから」
ロゼは笑った。ホネットはまだムスッとしている。エルディはやれやれとした表情だ。バッツはしばし沈黙してからポツリと呟いた。
「俺もいつか皆んなを普通に愛せるかな?」
「「「はぁ?」」」
皆んな同じタイミングで声を出したのでバッツは驚いた。
「君それ本気で言ってるの?」
ホネットは心底呆れた声を出した。バッツは訳が分からず目をキョロキョロさせた。皆一様に呆れている。
「バッツ。君とっくに僕達の事、実は大好きだよね?そういうのだけは凄く分かりやすいんだけど。気付いてないの?」
そう言われ、あれ?っとバッツは首を傾げた。そうなのか?
「もし僕のこと嫌いだったらネオンに触った瞬間に僕、抹殺されてると思うけど?君、僕達の事誤解して、そうだったら身を引こうとかちょっと考えたよね?馬鹿なの?」
「え?え?ん?そうなのかな?」
それは本当にわからない。そもそもネオンが好きという事実もさっきやっと認められたくらいだ。
「17年だよ?君と17年過ごした子が君を見捨てるなんて考えられない。でも、もし万が一本当にそんな事起こったとしても心配要らない」
ホネットはここでやっと笑った。それはまるで兄が愛しい弟に向けるようなそんな顔だった。
「その時は僕が責任を持って君をネオンの所へ連れて行くよ。ドワーフは一度した約束は破らない。そして仲間を裏切る事もしない。何があったとしても」
そんなホネットを見ながらバッツは言いようのないものが湧き上がってくる感覚に胸を押さえた。それが何なのか分からない。でもバッツはそれを拒絶せずに素直に受け入れられた。バッツは笑った。心のままに。そのバッツの笑顔に皆、眼を見開いた。
その笑顔は穏やかで優しい初めて見るバッツの笑顔だった