助けを呼ぶ声
オルゴールと偽りの聖女の後を追うように書いていきます。バッツとステラの区切りはほぼ一緒になるので。こちらの投稿はやや遅くなると思います。すみません。
ある教会で彼は育った。
彼がハッキリと思い出せるのは7歳の頃からの記憶である。
バッツは気がつくと、ぼんやりと膝をついていた。
何だろう。
自分は何をしていたのか全く思い出せない。
動けずそのままでいると、しばらくして人が走って来る音がする。
「みんな!!」
扉を開けた司祭らしい男はその状況を見て慌てて駆け寄ってくる。
まず座っているバッツに手をかけ、次に床に倒れている子供達に触れていく。
しばらくしてその男は真っ青な顔で一人の女の子を抱き上げバッツの側へやってきた。
「バッツ!大丈夫か?どこか痛い所は?」
バッツの身体を必死に撫でて異常がないか調べている。
バッツはそんな男を不思議な顔で見上げた。
「どうしたの?レイヴァン様。変な顔して」
バッツが喋った途端にレイヴァンと呼ばれた男は激しく動揺し顔を歪めた。
「痛い所なんてないよ?とても楽しい気分なんだ。何でだろう?」
「まさか・・・聴いてしまったのか?
だが、しかしそれなら何故・・・・・もしやお前まで・・」
「レイヴァン様?」
バッツはずっと笑っていた。
最初からずっと。
しかしその仕草や表情はレイヴァンの知る彼のものではなかった。
レイヴァンは彼を強く強く抱きしめた。
「すまない。すまないバッツ・・・」
レイヴァンは泣いていた。
バッツは何故レイヴァンが泣いているのか分からなかった。
「変なの。俺は大丈夫なのに」
バッツは笑い続けていた。
しかしその瞳からはずっと涙が流れ続けていた。
その事に彼自身全く気がついていなかった。
****
ファレンガイヤと呼ばれる大地のスノーウィン国と呼ばれるある森の中で一人バッツは途方に暮れていた。
「マズイなぁ。ステラどこに行っちゃったのかなあ?」
彼は孤児院で兄妹の様に育ったステラという女の子と故郷の教会を出てきた。昨日の夜まで一緒にいたのだがバッツが離れた間に移動してしまったらしい。
「うーん。まぁ考えてても仕方ないか」
きっとステラの足ではそこまで遠くに進めない筈だ。
きっとすぐ追いつくだろうと先に進む事にした。
しばらく歩いていると空が突然暗くなり太陽が見えなくなる。
(雨?こんな急に?)
バッツが不思議に思って空を見上げた瞬間。
空から物凄い轟音とともに凄まじい勢いで雷が落ちた。
「!!!!!」
自分の少し前方に落ちた雷は辺り一面の木々を燃やし地面を振動させながら前へ伸びていく。
バッツは反射的に後ろを振り返った。
(ステラ!!!)
すると間を空けず今度は反対側に雷が落ちて行くのが見える。バッツはそちらに駆け出そうと身を翻す。
しかしその足をピタリと止めた。
「た、助けて・・・・・」
今にも消えてしまいそうな、か細い声がバッツの耳に飛び込んで来たからだ。
「誰か、たす、けて」
バッツは辺りを見回し、倒れた木の下敷きになっている女の子を見つけた。
さっきの雷で倒れた木のようだ。
バッツは駆け寄るとサッと地面に手を当てる。
すると土が盛り上がり彼女の身体から木が離れていく。
「大丈夫?」
バッツはそっと女の子を木と地面の間から出してあげる。
しかし大丈夫じゃなさそうだ。
木の下敷きになったのだから当たり前なのだが。
「どうしようかなぁ」
バッツは困って空を見上げキョトンとする。
空が元どおり晴れ上がっていたのだ。
「う・・・・・」
「う〜ん」
きた方向を見て女の子を見る。
バッツは短い間に考え。
進行方向を決めた。
(とりあえず手当しないと。薬草を探そう)
バッツは進んでいた道を引き返さずそのまま進んで行った。
かなり進んだその先で女の子は目を覚ました。
「あ、起きた?」
「なっ!!」
彼女はバッツを見るなり慌てて身体を起こそうとして失敗する。
「あっ!うぅ!!」
身体中痛い。
思わず痛みに涙が溜まり身体が震えだした。
「大丈夫?かなり痛めたみたいだから本当は医者に見せようと思ったんだけど・・・」
バッツは微笑みながら困った顔をした。
「もしかして、私を木の下から助けてくれたの?」
女の子は怯えながらも半信半疑に聞いてきた。
「うん。助けてって聞こえたから。余計な事だったかな?」
「・・・・いいえ。ありがとう」
彼女がお礼を言うとバッツはニカッと笑った。
「どういたしまして。それで今、薬草と薬湯を用意したんだけど大丈夫?飲めそう?」
多分痛み止と腫れを抑える薬だろう。
女の子は薬を確認し頷いた。
「あと、少し身体を起こすのに触るけど大丈夫?」
これは多分さっき彼女が動揺して身体を急に動かしたから聞いているのだとわかり、彼女はこれにも頷いた。
バッツはそれを聞いて今までバッツの太ももにあった彼女の頭と肩に手をかけた。
「うっ・・・」
バッツが寄りかかっていた木に彼女の背中を当てて倒れないようにしてあげる。
「味はあまり美味しく無いけど。痛みは楽になると思う」
バッツは力が入らない女の子の為に器を支えて飲ませてあげる。
彼女は抵抗せず素直にそれを飲んだ。
バッツは薬草も当てて布で巻くと彼女のおでこをそっと触る。
「まだ熱は大丈夫そうだけど・・・・これから上がるかもしれないね。仲間は近くにいないの?」
彼女は首を振る。
バッツはうーんと考える。
「実は俺、ラーズレイに向かう途中なんだけどあそこなら君も治療を受けられると思うんだ。すぐ医者見せたいけど、この辺りの人間はあまり信用出来ない。もし、嫌じゃ無ければ君も付いてくる?」
彼女は霞む意識の中バッツの言葉に頷いた。
それを確認するとバッツは荷物をまとめ彼女を寝袋で包み込んで抱き上げた。
「君はそのまま寝てて。多分明日には着くと思う」
重い瞼の裏でそんな筈ないと彼女は思った。
ラーズレイからここまで早くとも一週間ぐらいはかかる。
バッツは微笑みながらすぅっと大きく息を吸い込んだ。
「楽しみだなぁどれぐらいの速さで進むんだろ?」
彼女はそんなバッツをみて子供みたいだなと思い、次の瞬間意識を失った。
「あれ?私・・・」
彼女が次に意識を取り戻したのは部屋のベッドの上だった。隣には見覚えのある人がいた。
「気がつきましたか?骨には異常なかったですよ。幸い打撲程度で済んだようです」
「ナナミさん。どうして?」
「ここはラーズレイですよ?覚えていますか?貴方は旅の途中で助けられたのですよ」
そう言われハッとする。
(そうだ。私確か男の人に助けられたんだった!)
「彼が妖精に伝言を頼んでくれたようです。貴方がエルフだと気づいて、人よりその方が確実だと思い至ったのでしょう。彼も心配してましたから連れて来ますね?お礼は貴方から伝えて下さい」
そう言われ彼女は慌てた。
エルフはあまり人間を良く思っていないのだ。
人間族もエルフの印象は悪い筈だ。
見つかると迫害の対象に合いやすい為、普段はフードで耳を隠している。
コンコンと扉がノックされる。
彼女はひどく緊張した。
「身体の具合はどう?治った?」
その青年はドアから顔を出して聞いてくる。
その顔は人懐こいクリクリな瞳で幼さが残る少年のような顔をしている。
彼女はその顔を見てなんだかホッとした。
「うん。もう大丈夫。あの、色々と助けてくれてありがとう」
「そっか!良かった〜あんま反応しなかったから死んじゃうかなと、思って・・・・」
バッツは笑いながらゆっくり床に崩れ落ちていく。
エルフの女の子は慌てて駆け寄った。
ギュルルルルルーーーーーーーーー!
「・・・・・・・・・」
「・・・お腹、すいて・・・・・・死にそう」
彼女は手を伸ばした体制のまま目が点になった。
「ハァーー生き返ったぁ!」
バッツは満足気に微笑んだ。
お腹も満たされている。
「こちらこそ。お礼が出来て良かった。本当にありがとう」
そう言いつつバッツが食べたお皿を数える。
凄い量である。
「え?でも凄い量だよ?俺ここに来て少しだけど稼いだから自分で払うよ」
そう言われそんな訳にはいかないと思う。
何かお礼をしなければ。
「あ、俺バッツって言うんだ!スノーウィンの教会で暮らしてたんだけど、ちょっとした事情で旅をしてる途中なんだ。君は?」
無邪気に話かけてくるバッツに毒気を抜かれ彼女は少し微笑んで名乗った。
「私はネオン。見ての通りのエルフです。今は冒険者になって各地を旅しています」
「そうなんだね?仲間はいないの?」
この言葉にネオンは苦笑いした。
エルフは人間にも嫌われているがドワーフとも犬猿の仲だ。個人でではなく種族同士仲が悪い。しかしそれは中々の影響力がありその関係でエルフは冒険者のパーティに入り難いのだ。
「そうなの。エルフは嫌われてるから・・・」
ネオンの言葉にバッツは首を傾げた。
その仕草が幼く見えてネオンは笑ってしまう。
「じゃあ俺とパーティを組む?人を探しながらだから、それに付き合って貰わなきゃならないけど、それ以外ならネオンの行きたい所に一緒について行ってあげるよ?」
思いもよらないバッツの誘いにネオンは驚いた。
ネオンはラーズレイに来てから誰にもパーティに誘われた事がない。
面倒だからだ。
エルフは一部の人間から狩りの対象として狙われやすい。
厄介事に巻き込まれる可能性が高いのだ。
「でも、いいの?邪魔じゃない?」
「邪魔?何で?妖精に聞いたけどネオンて射撃の腕が凄いんだよね?俺すぐ突っ込んで行っちゃうから後方から援護してくれたら凄く助かるけど」
バッツのその言葉にネオンは頬を染めた。
冒険者になって初めて誰かに認めてもらえた彼女は正直に嬉しかった。しかも大怪我をしたネオンを助けここまで運んでくれたのだ。何て優しい人なんだろう。
「あ、それと明日ギルドの依頼を消化しに行くんだけど一緒に行く?魔法で治して貰ったんだよね?」
「うん。もし良かったら連れて行って」
ネオンは笑ってバッツの提案を受け入れた。
何の依頼だろう。採掘にでも行くのかな?と考えていたネオンの耳にとんでもない言葉が降って来た。
「グズリオンが近辺の村を襲ってるらしいから、その退治をして欲しいんだって!危ないからネオンは後ろにいて前に出て来ちゃダメだよ?」
「・・・・・・・・え?」
グズリオンは確かベテラン冒険者でも手こずるGランクの依頼である。因みにネオンはD3である。
「楽しみだなあ。どんな魔獣なんだろぅ」
無邪気に笑うバッツにネオンは目が点のまま固まっていた。