余談〜王都アルバニス〜【3】
その他にも、食事処や温泉もあるという。
とにかく一日中どころか、数週間、数ヶ月浸り込む研究者や学者が後を絶たないせいで、変に充実しているんだそうだ。
「理想郷ですか⁉︎」
「理想郷です」
「その横の紫色の女神の転移陣は城に仕える士官たちや、国のために呼ばれた客人、観光客などが泊まれる大型ホテルだ! 元々は捕虜や罪人などを捕らえておく場所だったそうだが、牢獄は湖の地下に移されたので、現在は災害時の国民の避難場所などにもなっている。通称『慈愛の庭の城壁』だ! 君たちもしばらくは『慈愛の庭の城壁』に住むといいだろう!」
「で。向こうの青い転移陣の剣と盾と杖のオブジェは『力と守りの城壁』。要するに闘技場です」
「闘技場⁉︎」
それはまさか、肉体派の奴隷が最も恐る場所…闘技場!
金持ちや平民の道楽のために殺し合いをさせられる…。
恐ろしさにガタガタ震えだすと、ランスロットが笑顔で「ああ!」と頷く。
「闘技場は年に一度陛下の誕生日に行われる『剣舞祭』で、戦闘力を競う場所だったり、国民が運動会に使ったりする! 温泉も付いている…所謂健康ランドだ!」
「要するにクソだだっ広い運動施設です。プールもあります。因みに殿下達の誕生祭には『力と守りの城壁』は『豊穣肉祭』でえらいことになるです」
「ラック好きによるラックたちのためのラック祭のようになるぞ! なんというか、食べたり競ったり戦ったり愛でたり逃げられたりだ!」
…とりあえず肉肉しいのだろう。
だいぶ大混乱感漂っているが…。
なんとも気の抜ける。
考えていたのと違いすぎる。
「で、緑色の花のオブジェのところは研究施設が詰まっているです。国のための研究施設とか、さっき言った天気のあれそれとか…。他にも国民の戸籍管理をしたり、地方都市の偉い人が集まって会議したり…つまりお役所です。一般人立ち入り禁止です」
「あの転移陣は起動にアイテムが必要になる。貴君らが乗っても移動はできないから安心したまえ!」
「とはいえ、勉学を極めたい者にとってはあの地こそ目標とすべきです。通称『国光の城壁』は、研究者や学者の最高峰…! この国のあらゆる叡智の詰まった場所なのです…!」
「あ、あらゆる叡智の詰まった場所…!」
ゴクリと息を飲むリゴ。
数多の知識の詰まった場所と、その最終地点。
再び胸が高鳴り始めた。
奴隷として生きていたら、きっと一生見ることのできない理想郷があの先には広がっている。
「そして白の転移陣。クリスタルのオブジェがあるあの地は貯蔵庫になっている。通称『眠りの城壁』。王城の中にも貯蔵庫はあるのだが、それよりも更に膨大な水や食糧、衣類、魔石などあらゆる物が貯蔵されている!」
「『眠りの城壁』は氷の魔法で覆われているです。我が国は大災害などはあんまりないです。が、やはり数百年単位で大地震には見舞われるです。これは仕方ないです、大地の営みなのです。王都に限らず、地方でも大地震で被災した地へ送るべく貯蔵してあるです。勿論、あまり考えられませんが戦の時などにも備えられているということです」
「それと、これもあまりないんだが大飢饉にも備えている。食糧と水はいくら保管してあっても困ることはないからな! まあ、そういう場所なので用がある者以外は『眠りの城壁』には立ち入らんな! 貴君らも間違って入らないようにな! 一応施錠された扉はあるが、それでもめちゃくちゃ寒いぞ! 言うなれば超巨大冷蔵庫だからな!」
「氷点下です。一時間もしないうちに死ぬです。洒落でなく」
「き、気を付けます…」
「気を付けます…」
コクコク頷くザールとコゴリ。
しかし必要なものなのは間違いないので納得だ。
では気を取り直して、とハーディバルとランスロットに続き赤い転移陣へと乗り込む四人。
次の瞬間、目を開いた四人の見たものは左右に騎士のオブジェが並んだ門だ。
その奥には武器や防具、本屋や装飾品屋などの店。
中央には白い石畳の美しい通路。
真っ正面には同じく純白の立派な建物が聳えていた。
遠くから男たちの怒号のような声とともに、剣を交えるような金属音も聞こえる。
「通称『騎士の城壁』です。騎士団宿舎の他に訓練施設、武器屋、防具屋、装飾品屋、我々魔法使い用の本屋、それと宿舎の中には趣向品の店も入っています。宿舎の反対側は専門的な訓練施設とエアドラゴンと馬たちの小屋があるです」
「ドラゴン…本当にいるのか…」
「? アバロン大陸にはドラゴンがいないです?」
「はい…空想上の生き物です…」
皆神妙な面持ちになる。
空想上の生き物が現実に存在する…それだけでも緊張してくるのだ。
逃げたり、人を襲ったりしないんだろうか?
そんな四人の様子に、ハーディバルが腕を組む。
「…見たいならスヴェン隊長に申し出るといいです。スヴェン隊長は天空騎士隊の隊長です。でも、ドラゴンであることは間違いないです。絶対からかったりしない方がいいです。霊とドラゴンには尊敬の念を忘れてはいけませんです」
「れい? れいってまさか幽霊…? こ、この国は幽霊も見えちまうのか…⁉︎」
「はっはっはっ! 幽霊が見えるのは霊感がある人だけさ! 私も魔法は嗜んでいるが、霊感はないから見えないな! 見て見たいんだが…」
「団長は霊と相性最悪です。一生見えないとお墨付きを贈呈するです」
「ハーディバルくんは生まれつき見える体質なんだろう⁉︎ 羨ましいなぁ!」
いやいや、あんまり羨ましくない。
首を横に振る四人。
そして、なんとなくさっき公園まで案内してくれた騎士が「ハーディバルが呪いとかいうと洒落に聞こえない」と言っていた理由が完璧に理解できてしまった。
…成る程、洒落に聞こえない…。
「賑やかだと思ったら…もうお戻りになられたんですか、ランスロット団長、ハーディバル隊長」
そこへ声をかけてきたのは、淡い金髪の好青年。
二人よりは幾分薄手の青い騎士服が実によく似合っているかなりの長身美形。
絵に描いたような貴族紳士然とした騎士だ。
思わず口を開けてしまう。
「…団長の音量が大きいからスヴェン隊長が引き寄せられたです。手間が省けたです」
「え? なんのことですか?」
「さっきスヴェン隊長がうちの兄と別れた話を団長にして差し上げたです」
「ゲホッゲホッ⁉︎」
同じ反応だ。
(恋愛も結婚も自由って王子たちが言ってたが…お、男同士でも…? しかもこんな騎士の隊長のような人が…はぁぁ…)
多分、リゴだけが違う意味で口を開きっぱなしにしている。
「……なんて話をしているの…」
「そうです、そろそろうちで預かっているホワイトドラゴンが馬小屋に収まらなくなってきているです。今日は金曜日なので兄が帰ってくるです。土日のどちらかに引き取りに来ないです?」
「そ、そういうあからさまなのやめてくれるかな…。生憎明日と明後日は魔獣討伐の任務があるから、行けたとしても来週だよ」
「具体的な日取りが決まったら教えてください。兄に連絡しておくです」
「別れたって言ったよね? そういうのほんとやめてハーディバルくん」
「ふふふ、人の傷に塩を塗るのは楽しいです、愉快痛快です」
「…もう、本当に酷いなぁ…。それ、許されるの子供のうちだけだからね?」
にこ、と困ったように…けれど優しく笑うスヴェン隊長。
雷に撃たれたかのような衝撃。
(か、かっこいい〜…!)
(…や、優しいいぃ…!)
(め、めちゃくちゃかっこいい…!)
(す、素敵…!)
アバロンでゴミのように扱われてきた奴隷たちにしてみれば、こんな好青年見たことない。
衝撃だった。
子供にからかわれれば大人でもマジギレするのがラズ・パスの男だというのに。
しかもこんなに整った顔立ちなのに、嫌味な感じもなく、やんわりと…。
フレデリック王子もかなり物腰穏やかそうに見えたが、その実、割と鬼畜でらっしゃった。
なのでまさか、この世に顔と雰囲気と性格が一致する人間がいるなんて誰も思っていなかったのだ。
「そうだぞハーディバルくん! 今のは酷すぎるぞ! 失恋したての相手にエゲツないぞ!」
「黙るです甲斐性なし。魔獣相手に発揮されるその勇気がなぜうちの兄相手だと出ないですか」
「………………」
…あの団長が押し黙った…!
「それはそれとしてスヴェン隊長、こちらアバロン大陸からのお客人たちです」
「! 今朝団長がフレデリック殿下とお話しされていた…外界の民ですね」
「ん、うむ! ちょうど我々が魔獣討伐に出掛ける直前にいらっしゃってな…! 申し訳ないのだがスヴェンくん、私が戻るまでの間、彼らを頼んでも構わないかい」
「勿論、私でよろしければ承ります。宿舎内でお待ち頂くだけでよろしいですか?」
「そうだな…できれば彼らの今夜泊まる場所の確保をしておいてほしい!」
「分かりました。お任せ下さい」
胸に手を当てて、軽く会釈する。
その様があまりにも様になっていて四人は変に感心した声を上げた。
「僕ら夜には戻るです。今夜は兄様と一緒に帰るです」
「帰ってくる時は一瞬だからな! もっと早いかもしれないな!」
「『トコヨノ森』に行くまでが遠いです…戦闘は二秒で終わらせられる自信があるです」
「早めに魔獣が見つかることを祈ろう!」
「そんなの僕の探索魔法で一発です」
「はっはっはー! さすがハーディバルくん、頼りになるなー!」
「ハーディバル隊長、団長のお守りを宜しくお願いします」
「代わってくれてもいいです」
「生憎、森の中はエアドラゴンがあまり得意ではないです」
じゃ!
…と、実にシンプルに挨拶されてハーディバルの肩に手を置いたランスロット団長。
その瞬間、二人はその場から消える。
「消えた⁉︎」
「ハーディバル隊長は詠唱なしで転移魔法が使えますから…。でも、『トコヨノ森』にはまだ行ったことがないそうなんです。あそこはかつて幻獣たちが居を構えていたとも言われる聖域ですからね…正直、そんな場所に魔獣が現れたというのも信じ難いですが…」
「……あの、気になっていたんですが…その、魔獣っていうのは…?」
聞くだけでもなんだか危なそうだ。
さっきから討伐だのとやたらと物騒だし。
恐る恐る聞くとスヴェン隊長がやんわり微笑む。
「アバロン大陸には魔獣が出ないんですか? 平和な地なのですね」
「え…い、いえ…」
へいわ?
顔を見合わせるウィーゴとコゴリ。
平和とは?
あまりにも無縁な言葉に思わず首を横に振るリゴ。
お隣、ベルゼルトンは絶えず内戦を繰り返している。
奴隷は消耗品。
穏やかに生きていられるのは檻の中だけ。
それを平和とは言い切れない。
顔を上げると首を傾げたスヴェン隊長が、急に真顔になった。
「魔獣はその名の通り悪しき獣です。自然界の物や動植物…人や家畜が邪気や負の感情を吸い過ぎると魔獣と化して理性を失い、目につく全ての生き物に襲いかかり…そして食らう…」
「⁉︎ ひ、人も⁉︎ 人が魔獣に…⁉︎」
「人の方が多いくらいですよ。まあ、一定のダメージを与えれば邪気や負の感情は傷口から抜け出ていくため助かる可能性は大きいのですが…野生動物の場合は大変ですね」
なにそれ聞くからに痛々しい。
しかしスヴェン隊長の話によれば魔獣化する人間は大体心の問題を抱えている事が多い為、この国ではカウンセリングやケアが充実しているんだそうだ。
それに王国騎士を始め、魔獣と戦う事を生業にしている者は殺さずに助ける術をきちんとマスターしているんだとか。
「ご案内します。続きは歩きながら話しましょう」
「は、はい…」
「元々、魔獣化というのはこの世界に初めから組み込まれているシステムなんだそうです」
「システム?」
「はい。この世界、リーネ・エルドラドは幻獣族が創造したと伝えられています。創造神はリーネ・エルドラドを生み出した際、人間が棲めない環境にした。しかし、順応能力の高い人間は勝手に生まれてくる。それを想定した創造神は、せめて人間が愚かな争いを起こさぬようにと邪で愚かな感情が高まると魔獣になるようなシステムを組み込んだのです」
だが、太古の昔…創造神の思った通りのことが起きた。
どんなに人間が棲めない環境に作り変えてもドラゴンたちは、豊かな環境に作り変えてしまう。
その環境に人間は勝手に生まれて、そして勝手に争いを始めた。
闘争と生存の本能に忠実な人間たちは大地を血で汚しながら、瞬く間に増える。
耐えかねたドラゴンと幻獣の何体かは、人間に知恵や文字を授け、文明を築かせる事で本能的な殺し合いをやめさせる事に成功した。
だが今度は、文明を持ったが故の戦争…土地の奪い合いが始まったのだ。
人間の欲望はエスカレートし、ドラゴンや幻獣の住処にまで侵攻を始める。
彼らの血肉に延命の力があると知れば、権力者たちは永遠の若さと命を求めて土地よりも優先的に狙ってきた。
争いや欲望は魔獣を生む。
人間たちはその事に気付いていても、魔獣になった者を殺して新たな魔獣を生み続けた。
苛烈になるドラゴン、幻獣との戦争。
更に人間と人間の戦争。
終わりの見えない地獄のような時代はそうして幕を開けた。
渦巻く欲、邪心、復讐心、野心…。
あらゆる負の感情が一体のか弱いドラゴンまで飲み込んだ時、人々は魔獣の真の恐ろしさを知る事になった。
「魔獣と化したドラゴンは邪竜となり、その力は普通のドラゴンと比べることも出来ないほど凄まじかったといいます。邪竜によって大陸の半分の国が消えた頃、幻獣の一体がその邪竜を喰い殺した」




