ハクラと銀翼のニーバーナ【7】
「瞬間移動って一度行った場所じゃないと出来ないんじゃないの⁉︎」
「それは貴様ら人間の話だろう。我々ケルベロス族はその括りではない」
「ツバキさんに記憶を見せたんだよ。今のでハクラと出会った時のことやニーバーナ王の件も全部理解してもらえたと思うよ」
「な、なにそれ⁉︎ 記憶を見せ…?」
「ツバキさんのデコに黒い模様があるだろ? あれはケルベロスの第三の目。一族同士の記憶や知識を共有出来るんだとさ」
「僕らも一応、ケルベロス族の血は入っているからね…」
「まあ、見ようと思えば人間ごとき低脳の生物のものも見れんこともないがな。興味がない」
ボロクソ!
「…でも二人にはおでこに模様とかなくない?」
「う、うーん…まあ、第三の目や獣の姿になったりは…受け継がなかったんじゃないかな。前にも言ったけど幻獣と半神半人のハーフなんて僕らくらいしかいないんだ」
「ああ、それなら今後増える可能性もあるからあまり気落ちするな」
「え⁉︎」
え、それは…。
「…あいつを殺して俺も死にたいが、この間発情期だっただろう?」
「ツ、ツバキさん…無理に聞きたくないです、その手の話題…!」
「そう言うな、俺の絶望を貴様らも味わえ…!」
「親のそんな話聞きたくねーよ!」
この人出てきてから何度泣きそうになってるんだヨナ。
…親の性事情か…俺は母さんが奴隷娼婦だったから今更感…。
そもそもツバキさんの顔が怖ぇ…。
…それより、ラべ・テスなのは間違いないけど…この辺りはうちの奴隷商店の反対じゃないか?
…川が見えるから…あ、やっぱり!
俺のいた格子の小屋が見える!
…なんにしてもラべ・テスが崩落に巻き込まれてなくてよかった。
街もいつも通りって感じで賑わってる。
「だいたいヨナはここ喜ぶところだろう? よかったな、あと数年でお兄ちゃんだぞ」
「お、お兄ちゃん…?」
天使かよ。
あのガタイのいい時に聞いてたら思わず噴いてたけど…なんだあの可愛い生き物、キラキラしやがって天使かよ。
「……ま、まあ、その辺りの話は国に帰ってから聞きますから…。我々の用事を済ませてきてもいいですか?」
「…構わん、さっさとしろ」
ええ〜…いきなり巻き込み始めてそれは…。
いや、なんも言うまい…。
「お、お兄ちゃんか…」
ヨナが可愛いから、なんも言うまい。
可愛いヨナを眼球と記憶に焼き付けて、対岸へ渡る。
なんつーか、初めて街をフレディたちと巡った時よりも遥かに人目がすげぇよ…。
主にツバキさんが!
だって、なんかさすが二人のお母さんって感じで超美人だもんな!
服もアルバニスの物っぽいから、物珍しさも相まって目立つ目立つ。
その分、睨みの破壊力というか威圧感も半端じゃねぇんだけど。
だからだろう、一瞬声をかけようとしたにいちゃん集団が一睨みされて口を噤むのを五回は見た。
そう、一瞬で黙らされるんだ。
美人の眼力がこんなに凄まじいなんて知らなかった。
フレディも笑いながら怒るから怖いけど、ツバキさんの比じゃねぇや。
マジで殺すぞオーラ出まくりだもんな…。
「おい、ハクラ」
「ん? なに?」
「…も、もし俺に弟が生まれてもお前の方が最初に弟分になったんだから、お前も兄貴ヅラしていいからな」
「は? 天使かよ」
「…? あ? なんて…?」
「なんでもねぇ…」
あぶね…!
まさか声に出るとは…。
咄嗟に口は塞いだけど、言葉そのものはヨナが聞き慣れない事もあってスルーされたようだ。
歳ばっかりは覆せねぇけど、そもそも今、俺の方が年上に見えるんだぞっつーの。
フレディは変わらずにフレディっぽいのに、容姿の年齢が下がっただけでヨナがこんなに可愛くなるなんて…。
「…あれはなに、褒め言葉?」
「人間の中には天使は無垢な愛らしい、庇護欲を掻き立てるものというイメージがあるそうですよ」
「天使なんてろくな奴いなかったけどな…」
「…さ、さすが…天使もご覧になったことがあるんですか…」
「ケルベロスは異世界修行というものがあるからな」
なんて話は俺の耳には入りません。
橋を渡り、街の端っこ…奴隷商店へ…戻ってきたな…。
もう二度と来ないと思っていたのに。
「?」
あれ…この店こんなに小さかったっけ…?
「ハクラ?」
「あ、いや、なんでもない」
ちらりと元いた格子の部屋を見る。
俺がいた頃はなかった天井には厚手の布が掛けられていた。
中にはオークション会場で何度か見かけた男の奴隷…。
あの布…日除けだろうな。
…ボルネのおっさん、奴隷に優しくしてくれるようになったのか。
なんか、嬉しい。
意を決して扉を開く。
中には今まで見たことのない数の奴隷が檻に収まっていた。
みんな首輪をしてる…お買い上げされてる奴隷の証じゃんか…!
「いらっしゃいませー! 本日は…って、ハクラ!」
「…あ、た、ただいま?」
…っていうのはなんかおかしいか?
でも、十三年間ずっとここに住んでたしな…。
「………。……バカモン、お前はもううちの奴隷じゃないぞ」
「うん、そうだけど」
「たくさん集めてくれたんですね」
「………? ええと…」
あ、そっか。
おっさんはフレディたちがこのサイズになったの知らねーんだ!
更に超美人なお兄さんが新たに加わってれば困惑必至か。
「フレデリックです。諸事情により縮みました」
「ち、縮むんですか⁉︎」
…意外と理解が早かった。
まあ、元々母さんと父さんに仕えた一族だもんな…普通のアバロン人よりは耐性がある…のか?
「ニーバーナ王の件は無事終わりましたよ。今日はそのご報告と、我々が帰った後のことを貴方にお願いしたくて参上しました」
「! ニーバーナ王はどうなったのですか⁉︎ 先ほど天をドラゴンが飛び去ったと街が大騒ぎになったのですが…」
「これ」
「これ?」
卵になった父さんを見せる。
母さんが愛した無二のドラゴン。
「バルニアン大陸で、転生するって約束してくれたんだ。だから俺、父さんをバルニアンに連れて行くよ。…あと、俺も。もっと勉強して、訓練もして、強くなって帰ってくる」
「⁉︎ 帰ってくる⁉︎ アバロンに戻るつもりか⁉︎」
「うん。帰ってきて、俺がアバロンをバルニアン大陸の人たちに認めてもらえる場所にする」
変わるしかない。
だけど簡単じゃない。
だから俺が変える。
やれるかどうかじゃなく、やらなきゃいけないから。
「………。…そうか…。…ワシに出来ることはあるか?」
「……うん、あるよ」
このまま奴隷を集めて、バルニアン大陸に来てもらえるように説得してほしい。
そして、アバロン人が少しでも変われるように…見守ってほしい。
あんたにこんなこと、頼む日が来るなんてな……。
(……金の瞳…黒と白の混色の髪……似ているとは思っていたけどお前の甥だったのか、ソレブ・シンバルバ…)
********
………それからの話を少しだけしよう。
俺はアルバニス王国に暖かく迎えられた。
リゴたちとも再会したし、あいつらが生き生きやっているのを見て驚いた!
リゴはフレディたちに勧められた通り研究者や学者を目指して朝は早くから図書館で本を読み、学校が終わった後も閉館するまで本を読み耽る生活をしている。
他の連中はアルバニス王国の生活に慣れながら、自分にできる職探しをしたりしてるんだってさ。
俺はというと、当面はフレディの計らいで本来なら王族に仕える士官が住む区域で寝泊まりさせてもらえることになった。
俺もリゴと同じで勉強漬けだ。
成長に合わせた戦闘訓練や魔法の訓練も組み込んでもらいながら、色んな人に色んなことを教わりながら日々驚きの連続を体験している。
人間の時間は有限。
俺の目的のタイムリミットは五年。
そう考えると、寝てる時間も惜しい。
無我夢中で勉強しなきゃ。
勿論、その合間にフレディやヨナの新たな一面を知ることにもなったよ?
フレディは子供の姿になってからそりゃもうあざとく我儘放題になったし、ヨナは天然で女子っぽい。
お菓子作りが趣味だったらしく、毎日中庭でツバキさんに手作りお菓子を振舞っている。
聞いた話だとツバキさんは甘いものに目がないんだって。
フレディたちも甘党だけど、そこは遺伝なんだな。
お母さんとは呼べないけど、お母さんに喜んでほしいからお菓子作りを毎日頑張ってるなんてヨナ、可愛すぎるんじゃない?
それからフレディたちのお父さん…アルバニス国王にも会わせてもらった。
話に聞いていたより、ツバキさんよりも威厳と威圧感たっぷりの人だった。
でも若干…ヨナはお父さん似なのかな?
天然なのか素で余計なこと言うから、ツバキさんをめちゃくちゃに怒らせる人のようだ。
謁見の間が随分見晴らしいい作りだなーと思ってたら、夫婦喧嘩(一方的)で破壊されるから今の作りになったという…あまり面白くない話を後から聞かされたよ…。
「ハクラ、次は帝王学やるよ」
「あ、うん!」
「四年以内でアバロンを変えるには、三ヶ国の為政者たちを説き伏せるのが手っ取り早い。彼らに舐められない程度の知識はつけないと」
「うん!」
自分でもアルバニス王子に手取り足取りほぼ付きっ切りで教えてもらえるのは幸運だと思う。
俺は本当に運がいいなって。
体は逆転したけど、やっぱりフレディはすごいまま。
「そういえばニーバーナ王の卵はまだ変化ないの?」
「うん、全然。ドラゴンの卵って普通どのくらいで孵るものなんだ?」
「うーん、種族によるらしいよ。翼竜なら五十年くらい」
「は、五十年⁉︎」
予想を軽やかに越えて行きましたよ⁉︎
「とはいえ、あの卵の中身はもうニーバーナ王とは別のドラゴンだろう。魂は同じでも、記憶は君の母上とともに消えてしまったからね」
「! …そっか。じゃあ新しく名前つけてあげたほうがいいのか」
「そうだね、まあ、ニーバーナという名そのものが王名だ。王になった時の名だから…」
「あ、幼名がハクラなんだもんな…」
「すぐに決めることはないさ。卵の方は急いでいるわけじゃないしね」
「うん」
五十年…なんか途方も無い。
少なくとも背も今より高くなってるはず。
…けど、また大人になったフレディに届くかな?
フレディはすごい。
俺にとって恩人だし、師匠だ。
王子様だし、次期国王だし、みんなに尊敬されて、立派だ。
中身は城の中の人しか知らない。
そんなところも魅力的だと思う。
成長した姿だって思い出しただけで鳥肌立つくらいカッコよくて、美人だ。
…うん、好きだ。
「…俺、頑張って追いつくよ」
「うん?」
隣に立てる男になるよ。
でも、今はアバロンの事だけを念頭に頑張ろう。
あの大陸を変えられたら、俺はちゃんと成長して、一人の人間、男として、変われた事になる気がする。
フレディに認めてもらえるカッコよくて強い男になれたら、その時は…。
「あれ?」
「? どうしたの?」
俺が借りている部屋に入ると、卵がない!
入り口の側の本棚の上にクッションに包んで置いてあったのに…。
あれ、でも殻は残って……殻?
…まさか…いや、でもなんかクッションの下の方動いた気がする。
恐る恐る、クッションをめくってみる…と!
「ピー?」
「⁉︎」
「⁉︎」
う、生まれてるうぅぅーーーーーー⁉︎
「…………」
「……。こ、こんなに早く生まれてくるなんて…。ハクラ?」
め、めちゃくちゃ目が逸らさない。
なぜかすんげー凝視されてる。
なに? なに? なに???
「ピーー!」
「うああ⁉︎ まじでなにーー!」
「…刷り込みかな…? ドラゴン族は初めて見たものを親と思い込む習性があるそうだから…今のでハクラを親だと認識したんだと思うよ」
「ええええ⁉︎」
カバっと翼を広げて俺に飛びかかってきた幼竜。
人の腕くらいの体、その倍はある翼。
俺の顔なんて簡単に覆われてしまう。
っていうか爪!
痛い! 子供なんだろーけど鋭い鋭い!
しがみつかれると食い込むって⁉︎
「あーあ、すっかりパパだと思われたみたいだね。どうせ元々生まれたら君が面倒を見るつもりだったんだろ? まずは名前をつけてあげたらどうかな? パパとしての最初の仕事だね」
「そんな思いっきり他人事みたいに…!」
「程よく他人事だからねー」
「ひ、ひど!」
…でも確かに名前は必要だ。
名前がないのは不便だし、この子は父さん…ニーバーナ王の生まれ変わりなんだもんな。
アバロン大陸を何千年も支え、守ってきたドラゴンの王様。
なんとか顔から剥がして、暖かい胴体を両手で抱えて顔を覗き込む。
銀の鱗。
金の瞳。
姿形はニーバーナ王をミニにしたような感じ。
…綺麗だな。
「……………。うーん。……ティル」
「どうして?」
「ハーディバルがこの間貸してくれた本の主人公の名前!」
「…そう…」
「やっと友達になってくれたみたいで嬉しかったから…。あ、でもハリィって愛称で呼んだらやっぱり「家族以外に呼ばれるのは不快です」って怒られた…まだ早かったみてぇ…」
「あの子も気難しいからね…。でも、いいんじゃない? 記念と記念で」
「うん! お前は今日からティルだよ、ティル! 俺はハクラ! よろしくな!」
「ピィ〜〜♪」
俺の手の中で翼を広げるティル。
伝説の、『八竜帝王』の一体だったニーバーナ=ハクラの生まれ変わりのーーー銀翼の竜。
たくさん守った王様。
今度は俺が守って、たくさんお世話するから!
宜しくな、ティル!
終




