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南国の首都【8】

 

「ぶえーーっくしょい!」

「え、お前風邪ひいたの? すごいじゃないか、ケルベロスの免疫力を持つお前が病気……しかも初歩的な風邪にかかるなんて! 幻獣と半神半人のハーフでも風邪をひくんだね!」

「ちっげーよ、なんか急に鼻がムズムズしただけだ」

 

 実に酷いこと言ってる。

 鼻を指で擦りながら高い建物の屋上から見下ろす、公道。

 どんちゃん乱痴気騒ぎは二十四時間、オークションが終わるまで続く。

 

「それより、そろそろ助けるか? 一応釣れるには釣れただろう?」

「捨てられた〜、って泣き喚いて絶望してるわけでも、今すぐ殺されそうって訳でもないんだろう? じゃあまだ大丈夫なんじゃないか?」

「お前ってそういうとこあるよなぁ……。変なトラウマとかになったらどうするんだよ」

「平気平気、ハクラみたいなタイプは過ぎれば気にしなくなる」

「(否定出来ん。フレディもそういうとこあるし)……分かった。監視は続ける。ヤバくなったら俺の判断で助けるぞ」

「うん、それで構わないよ。さてと、それじゃあ僕は【招待状】を貰いに行くとするかな……」

 

 オークション会場に入る人数は制限がある。

 かなり広めのコンサートホールで行われるようだが、世界中から為政者や金持ちが集まるためどうしても『常連』や『それなりの資格』が必要らしい。

 その場をジョナサンに預けて消えたフレデリックが、どんな方法で明日のオークション会場へ入るのかは大体想像がつく。

 大方無茶するんだろう。

 おかげで弟は深々と溜息をつく。

 

(分かってねぇんだよなぁ、フレディは。人間の心ってのはそんなに強くねぇんだよ。体よりも脆いやつだっているくれぇなんだぜ。『英雄』のあんたには分からない。みんながみんな、あんたみてぇに……強くねぇ)

 

 だが、あの強さに惹かれるのだ。

 だから立ち上がり、手のひらの上で黒い炎を燃やす。

 親から受け継いだ大切な力。

 

(俺じゃあんたの背中は守れても隣には立てねぇ。あんたの隣に立てるのは……あんたと同じ資質のある者だけだ。分かってるんだよ……別に不満はねーけど、さ!)

 

 

 ********

 

 

 はあ、はあ、という荒い息。

 やっと終わった?

 兄弟同士で、だなんてこれだから金持ちは頭のおかしいやつばっかりで……!

 

「シェリム、宿に一人で戻れるな?」

「いや……こんな状態のシェリムを一人で出歩かせるなんて、兄様……シェリムがどうなってもいいんですか……?」

「仕方のない子だな……」

 

 がたがた、ばたん。……かつ、かつ、かつ……。

 足音は一つ。けど、なんとなく重みがある音だ。

 げえ……弟を抱えたか背負って出てったのか。

 そして俺は放置かよ!

 いや、変なことされるよりはずっとマシだけど。

 なんとか目隠しだけでも取れないか、試してみるか……?

 

「チチ……!」

 

 ひぃ!? ネ、ネズミ!?

 肩! 肩に気配と鳴き声と感触……!

 そりゃ地下室なら居そうなもんだけどよ!?

 あれ? 逆にいないもんじゃねぇの?

 どどどどっちでもいい!

 どっちにしろ俺、ネズミは好きじゃねぇーんだよ!

 奴隷の天敵! 変な病気を持って来る疫病神!

 

「んん、んん!」

『オイオイ、落ち着きな。俺だ俺』

「!?」

 

 え、そ、その声は……。

 あ、轡が外れた……声が出せる……。

 ジョナサン!?

 

「ジョ、ジョナサンがネズミ……?」

『失礼なこと言うんじゃねぇよ。これは『動物操作』。動物の体をちぃと借りてる。声は思念で飛ばしてるんでお前にしか聞こえねぇ』

「ま、魔法すげー、そんなことも出来るんだ……じゃ、なくて! 俺が捕まってるの気付いてくれたんだ⁉︎」

『あー、まぁ……』

 

 煮え切らない声だな、珍しい。

 あ、もしかして……。

 

「フレデリック様と一緒に俺のこと嵌めた? 俺のこと囮か何かにした!?」

『げ……ッ、もうバレたのか? なんで分かった?』

「おかしいと思ったんだよ、フレデリック様が寝るの早過ぎるし、ペゴルが俺を取っ捕まえに来たのもホテルの中だし! ジョナサンがペゴルが尾行してるのに気付かないの変だろ! ジョナサンがネズミになってるのは驚いたけど……俺のところに来るタイミングも抜群だし!」

『お、おお……全問正解……。よく俺たちがもやし商人の尾行に気付いてるって分かったじゃねーか』

「分かるよ! 泊まってるホテルまで付いてきたっていうのは俺も気付いてたし!」

 

 でも、二人が一緒なら大丈夫かなって思ってたんだよ!

 元々諦めが悪くて執念深い奴なんだ。

 なにしろ数年前から俺を買い取りたいとうちの主人に、毎年毎年オークションで会う度に交渉していた。

 その都度値を釣り上げて提示するうちの主人のガメツさに、いつも負けて出直してたけどさ。

 でも今年はついに俺が売られてて、焦りも限界だったっぽい。

 その理由が、まさかベルゼルトンの死の商人だったとは思わなかったけど……!

 

『ふーん、思っていたより鋭くて驚いたぜ』

「待って! 目隠しは取らなくていい!」

『え? なんでだよ?』

 

 ネズミの気配が動く。

 そして、目隠しが緩んだ。

 だが俺はそれを拒む。

 

「ネズミ、苦手……」

『乙女か……』

「だ、だってそいつら噛むんだぜ!? 人の飯には手を出すし、病気持ってるし……寝てた時に頭の横でフンされた時の俺の気持ちがあんたに分かるかよ!」

『ン、ンン……そりゃ、分かんねーけど……。分かった分かった、ネズミはやめてやるよ。本体で助けてやるから少し待ってな』

「え、ジョナサンが来るの? フレデリック様は?」

『我儘言ってんじゃねーよ! 俺で我慢しやがれ!』

 

 チッ。

 でも、夜だとしたら……いや朝でも……あの人起きてないか。

 あ、いや、待て。

 

「待ってジョナサン、俺を囮にして何しようとしてたんだよ? そっちの目的は達成したのか?」

『チッ、勘のいいガキだぜ全く。ああ、しっかり炙り出されてくれたよ。今フレデリックが“交渉”しに行っている』

「え、じゃあもう昼間なのか? 俺随分気絶してたんだな……」

『いや、あいつにしては珍しく魔法で覚醒を促した。おかげで今猛烈に機嫌が悪い! 会う時は注意しな』

「は……ちょ、そんな状態であの人を一人にしていいのかよ? 街なくなっちまうとか言ってなかったか⁉︎」

『そこは祈るしかねぇなぁ。けど、まあ、大丈夫じゃねぇか? お前の耳や腕がなくなってるとかじゃねぇ……し……髪はどうした?』

「え、切られたっぽいけど……やっぱねぇの? 背中スウスウするしな〜……」

 

 目隠しされてるからどんな状態なのかはわからない。

 ジョナサンもネズミの小さな体では、判断できかねているようだ。

 まあ、多分……切られてるとは思うけど……。

 

『まぁ……大丈夫………た、多分……大丈夫……だよな?』

「ものすごく確証なくなってるんじゃんんん!?」

 

 その時だ、ガシャンと大きな音。

 扉が開いた音か?

 なんかちょっとそれにしては派手なような……。

 次の瞬間本物のジョナサンの声で「あ〜あ」と落胆された。

 

「ヤバイな〜、あいつ大丈夫かな、本当に……結構気にするんだよ、人の髪……」

「そうなの? なんで……」

「ツバキさんが長いから。俺も一応髪には気ぃ使ってるし……まぁ、ぶっちゃけ髪フェチなんだあの人」

「意外! まさかの髪フェチ! そんな素振り感じた事なかった! でもいい事聞いた、ありがとう!」

「黒髪のサラサラストレートセミロング派だしな」

 

 細けぇ! いかにもフェチっぽいこだわり!

 そういえばジョナサンもフレデリック様ご本人も黒髪サラサラストレートのセミロングだ!

 

「ンン……さすがに切れた髪は戻せねぇ。どうしたもんか……」

 

 次にバキ、バキバキ、と鉄が壊れるような音。

 目隠しが取れると植物の種みたいになった鉄が落ちてる。

 え、まさかだろ?

 

「これまさか手枷とか言わねぇよな?」

「悪ぃ、つい力を込めすぎた」

「こ、これも魔法……?」

「いやー」

「素!? 素でこんなこと出来る握力!?」

「まあ……。いや、親父が半神半人で母親は幻獣って言っただろ。俺もフレデリックも人間じゃねぇんだよ、このくれぇ楽……」

「え……!?」

「え?」

 

 き、聞いてない……!

 親父さんが半神半人っていうのは聞いたけど……お母さんも人間じゃなかったのか!?

 しかも幻獣って……。

 

「げ、幻獣って、この世界を創ったって……」

「あれ、言ってなかったか? ああ、そういや言ってなかったか……。そうだな、そう聞いてる。つっても俺たちを産んだ人……人じゃねーけど……その人が世界を作ったわけじゃねぇよ。その人はその子孫。まあ、だから俺とフレデリックにも寿命らしい寿命はねぇな、力も魔力もドラゴンとそう変わらねぇし、体も無駄に頑丈だし……」

 

 な、なんだってーーー!?

 

「うちの家庭事情はとりあえず今置いとけ。それよりフレディと合流するぞ」

「そして扉もベッコベコじゃん!?」

「え、今?」

 

 ジョナサンに連れられて夜なのに悲鳴や笑い声で騒がしい大通りを進む。

 ほんと、飽きもせず……。

 

「フレディ」

「ヨナ。ああ、ハクラ、助けてもらったんだね」

「あ、う、うん!」

 

 場所は蒸気機関車の駅!

 フレデリック様はいつもの笑顔……なんだけど、なんだ?

 ピリピリする。

 

「首尾は」

「うん、明日にはアバロンの民の為政者たちにご挨拶できるんじゃあないかな?」

「誰も殺してないだろうな?」

「はは、僕が手ずから沙汰を下す価値のある人間がこの街にいると?」

「んー……」

 

 お、おおう……。

 

「まぁ、この国のこの状況を見れば『理性と秩序の番犬』はお怒りになるだろうね。アバロンの民は既にドラゴン族の逆鱗にも触れているし……彼らに挨拶したら僕らも国へ帰ろう。多分、父も今後、アバロンへは不干渉と定めるだろう。ただ奴隷たちは可哀想だな……なにか救済措置など設けようか……」

「挨拶ねぇ。最終通告の間違いだろう? ところでよ、例の件、ちとチビにも話してみねぇか? こいつを拐かした男が妙なことを言っててよォ……」

「妙なこと?」

 

 例の件?

 

「まぁいいけど。結局特に確証も進展もないし……」

「なんの件?」

「ニーバーナ王の件だ」

 

 ニーバーナ?

 どこかで聞いたような………あ!

 

「ドラゴンの王様の一人! いや一匹?」

「そう、銀翼のニーバーナ……って、『八竜帝王』のことも話していたのか? 手間が省けていいけど……お前教えすぎだよ」

「いや、反応を見るのに話しただけだ。やはりこいつ自身はニーバーナ王について何も知らねぇみてぇだったしな」

「それなら今話す必要はあるの?」

「この国……いや、アバロンにいる間の方がいいって思ったんだよ」

「お前がそこまで言うなら。けど一度宿に戻ろう。街の中は僕の気が滅入る」

 

 なんだかよく分かんない。

 けど、俺も仲間に入れてくれるっぽいし、まあいいか。

 それにしても、俺の知らないところで色々話してるんだな……。

 さすが王族!

 

 

 ********

 

 

 宿に戻ると、早速ジョナサンは上着を脱いだ。

 ……何故、脱いだ?

 フレデリック様は薄手だけどケープを着ていたから、それを脱ぐのは当たり前と言うか。

 ジョナサンは元々一枚しか着てなかったんだから、完全上半身素っ裸じゃねーか。

 

「それで? ハクラを拐かした者から何を見聞きした?」

「こいつの母親だとか言われていた娼婦、預言者とか言われていたぜ」

「預言者? それじゃまるで……、……まさか……!?」

「だろ? やっぱそう思うだろ?」

「あのー……俺置いてけぼりなんだけど……っていうかジョナサン、あの場にいたの!?」

「ネズミの体を操って、監視をな」

「むー……」

 

 まあ、俺は囮だったんだもんな。

 正直なんで囮にされたのかまだ分かんないけど……俺を欲しがってる奴を探してたってこと、だよな?

 いや、それもだけど……じゃあつまりジョナサンもあの兄弟の……。

 

「あのさー、なんで俺、わざわざペゴルに捕まらなきゃいけなかったの? あと、事前に言っといてくれても良かったような……」

「ごめんごめん、それもそうだったね。君を欲しがっていた人物が“高貴なお方”らしかったから、明日のオークションの招待状を譲ってもらえないか交渉したかったんだよ。さすがに王族貴族の類は僕らみたいにウロウロしていないだろう?」

「う、うーん……」

 

 まあ、確かに。

 成る程……その高貴なお方を誘き出す餌になってたわけか。

 二人はこの大陸の為政者に挨拶するのに、明日のオークションに行きたいって事、だもんな?

 

「そっか、確かに関係が微妙なラズ・パスとベルゼルトンとグリーブトの王族貴族、あと政治家が一様に集まって喧嘩もせず仲良く楽しむお祭りっていったら、オークションだけだもんな〜!」

(マジかこいつ。納得しちゃうのかよ!)

 

 捕まってギリアム・リー・シェルフリーが出てきた時やその息子と二人きりになった時は生きた心地がしないくらい怖かったけど……ま、そういう事情なら仕方ねーなー。

 それに、自分で思ってたより絶望しなかったよな。

 きっとなんとなく、心のどこかでフレデリック様とジョナサンが来てくれる気もしてたんだ。

 信頼だよな〜。

 で、フレデリック様はちゃんと招待状を入手できたって事か。

 え、ちょっと待った。

 俺を欲しがってた奴って……ベルゼルトンの死の商人だぜ!?

 

「あ、あのさ、フレデリック様……俺を欲しがってた奴って、ベルゼルトンで武器商人をやってためちゃやべー奴だったんだけど……」

「そうだったの? 紳士的な人物だったけど……。……まあ、どちらにしろ我が国は引き続きアバロン大陸とは交流を断絶する事になった。父も他の族長たちも意見が一致したからね、僕はそれを彼らに伝えてくるだけだ。このまま立ち去っても良いんだけど、今後無駄に干渉されたくもない」

「やはりドラゴンたちが許さなかったか」

「そりゃそうだろう。よりにもよってドラゴンの森に突っ込んだんだもの。飛竜や翼竜はアバロンの民を食い尽くす勢いだったしね」

 

 ものすごく物騒な事言ってる……。

 そして、いつの間にバルアニスの人たちとそんな話したんだ?

 

「はい!」

「はい?」

「フレデリック様たち、いつバルアニスの人とそんな話したの!? ドラゴンの森って何!? 何が突っ込んだの!? ドラゴンっていろんな種類がいるの!? ドラゴンの王様の件は!? あと、今後どーするの!?」

「うーん、どれから話したら良いもんか……」

「う、うーん……君の好奇心というか、着眼点が多いのを忘れてたな」

 

 あ、やべ、困らせちゃった。

 えーと、えーと、じゃあ……。

 

「ドラゴンの王様のことから教えてくれよ! 俺の母さん……かもしれない人が関係あるんだろう?」

「あー、じゃあそっから話すか。とはいえそろそろ夜も遅いからそれだけ話して今夜は寝るぞ。オークションの件は明日の朝な。俺は割と何日でも起きてられる質だけど、フレディはガッツリ寝ねぇと体調と機嫌がすぐ悪くなりやがる」

「双子なのになんでだろうね? お酒は僕の方が強いけど……」

 

 雰囲気や体格、寝起きのさっぱり感と食の好みも真逆だよな。

 むしろ双子だからなのか?

 っていうか体調も悪くな――。

 

「寝ないと破壊衝動みたいなものが強くなるんだよね……。やっぱり片親が獣だからかな?」

 

 さ……さっさと寝ていただこう。

 

 

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