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南国の首都【3】


「フレデリック様って、怒るんだ? あんなにすぐ怒る人だとは思わなかった……」

「まあ、普段は国民の理想の王子然としてやがるからな。身内の前じゃあ、割と我儘で短気なガキみてぇな人だよ」

 

 意外!

 まぁ、でも寝相がアレだしなぁ。

 国民の理想の王子様。

 まるで御伽噺に出てくるような、民を思い遣る優しい王子様。

 そうあろうと意識してるってこと?

 そうか……。

 

「責任感の強い人なんだな」

「そういうこった。ガキの頃から両親がそりゃあもうキッツくってなぁ……。俺はピーピー泣いてるだけだったが、あの人は絶対泣かなかった。親や家臣や国民の期待にも全部応えてしまうほど、何事にも真面目に全力で向き合ってきた人だ。責任感の塊みてぇな強い人なのは間違いねぇ。ただ、王族としての意識がちぃと高すぎるところと、持ち前の短気さでたま〜にこうなっちまう」

 

 狭い部屋でリゴたち、労働用奴隷がゴクリと息を飲む。

 王子様?

 そう呟く者に、顔を見合わせる者。

 反応はそれぞれだが……まあ、やっぱり驚くよなぁ。

 

「王子……って、ご主人様はグリーブトの王子なのか?」

「え? なんでグリーブト?」

「この国の王は娘しかいないはずだからな……って事はグリーブトだろう? ベルゼルトンは王政じゃあなくなっちまったから」

「おお、そっか! でもフレデリック様はグリーブトの王族じゃないぜ。っていうか、あの人がグリーブトの王族なら、グリーブトにはもう奴隷制度はなくなってるよ」

「どういう事だ?」

「なかなか興味深い話をしているが……その話は風呂の後にしな。チビ、こいつらが風呂に入っている間にこいつらの服買ってくるぞ」

「おう、わかった! あ、でもフレデリック様は……」

「あの人は少し一人にして頭冷やさせておけ。ったく、ほんと自分の立場を分かってねぇ」

 

 あー……、ジョナサンって結構ブラコンなんだ……。

 心配でたまらないって顔してる。

 

「お使いなら俺一人で行けるぜ」

「テメェ、この街に来て何人の奴隷商人に声かけられたと思ってやがる。ダメだ。テメェになんかあると今度こそフレデリックがブチギレる。あの人キレるとマジで俺じゃ手に負えねぇ」

 

 そ、それほどまでに……。

 けどなー、俺だって荷物持ちとしての仕事をリゴに奪われてなんかしたい。

 役に立つところをちゃんと見せたいんだけど……。

 

「けど服買うくらい……」

「あの人は一度従者として迎えたら、後は甘やかすだけだ。お前はもうあの人に従者として認められてる。お前になにかあれば街が消えるぞ。言っておくがあの人、俺より強ぇかんな? この規模の街なら五分もあれば跡形もねぇだろうさ」

「え、いや……そ、そこまでしなくても、っていうか、え?」

 

 フレデリック様の従者……!

 あの人に従者として認められてる!

 一瞬メッチャ喜んじまったけど、続く言葉に狼狽えた。

 だって、え?

 五分で首都が跡形もなくなる?

 ジョナサンより、フレデリック様の方が強い……?

 

「それって魔法使いとしてって、事……?」

「全体的にだ。肉弾戦でも勝ったことねぇ」

「「!?」」

 

 え、うそ!

 だって体格差ってやつがさ、もう全然違うじゃん!?

 

「言ったろう、俺じゃあ手に負えねぇんだよ。これ以上怒らせるようなことすんな。沸点低いんだよ、あの人」

「は、はーい」

「テメェらは風呂に入って大人しく部屋で待ってろ。あと……こいつでその邪魔な枷を外しておけ」

 

 ジョナサンがリゴに放り投げたのは手枷と足枷の鍵だ。

 驚いたリゴたち。

 俺も外された時はマジで驚いた。

 

「え、いえ、しかし……!?」

「とりあえず首輪があれば所有されてるって周りに認知されんだろう? んな枷してるとフレディが余計機嫌を悪くする……あんまり刺激したくねぇんだ」

「あ……。い、いや……だが……我々は奴隷で……」

「なんだ、逃げたいなら逃げてもいいぜ。俺は正直どっちでもいいからな」

「リゴ、大丈夫だ! この人、俺の扱い雑だけど見ての通りただのブラコンだから」

「よーし、さっさと行くぞクソガキ〜」

「いってぇ!!」

 

 脳天にゲンコツぶち込まれた〜!

 俺が文句を言ってもそれ以後無視!

 クッソー、子供かよ!

 

「正直さぁ」

「なんだ?」

「俺はまだよく分かんねぇ。フレデリック様があんなに怒る理由」

 

 宿を出てから歩きながら思ったことを素直に口にする。

 こんな事、ジョナサンやリゴにしか話せない。

 だって本当に、よく分からない。

 奴隷を『人間』として扱ってくれるあの人が素晴らしい人なのは分かるけど。

 俺たちはずっと奴隷だったから……その真っ直ぐな気持ちを、どう受け取っていいのか分からないんだ。

 

「そーゆーの奴隷根性っつーんだぜ」

「いや、だってさ……フレデリック様やジョナサンは生れながらの王子様だろうけど、俺たちは生れながらの奴隷だぜ? ジョナサンだっていきなり王子じゃなくなったら戸惑うだろ?」

「ふーん……成る程そういう考え方か。確かに戸惑うかもな。けど、例え王子でなくなっても多分やることは俺もフレデリックも変わらねぇだろうさ」

「?」

「俺もあの人もあの国が好きだからな。王族でなくなっても民のために尽くす。民に尽くすっつー事は国に尽くすつー事だ。俺たちはそれが幸せなんだよ。死ぬことが民のためになるんなら、俺もあの人も喜んで死んでやる」

 

 生まれながらの奴隷と、生まれながらの王子。

 なんとも晴れ晴れしく答えられると二の句が継げない。

 だって街の中は、奴隷を買い漁る金持ちや権力者で溢れているんだぜ? この差はなんだ? 俺たちは、奴隷ってなんだ?

 

 この国の、この大陸の、権力者たちは――なんだ?

 

 考えれば、歯の根が合わなくなる程に、震えた。

 フレデリック様とジョナサン……二人といると、俺は、生れたこの世界が間違っていると思えてならなくなる。

 

「まあ、俺とフレディはそれが王族ってもんだと信じて生きてきた。今もそれが王族のあり方だと思ってる。アバロン大陸の民が科学を発展させて、バルニアンに……俺たちの国に喧嘩を売るっつーんなら俺は民を守るために戦う。だが、戦争っつーのはどうしても人が死ぬ。民も暮らしが苦しくなるし不安になるだろう。俺の親父は……まあ、フレデリックもだが……戦争は避けたいと考えているのさ。共生していけるんなら、貿易でもしてのんびりと良き隣人として付き合っていけたらってな。それが理想さ。だが正直な話、一国の首都のこのザマを見ると……」

 

 悲鳴と喘ぎ声と泣き声。

 響く鞭の音。

 そして、笑い声。

 音が遠くに聞こえる。

 これが当たり前の光景だった。

 これが世界だと思っていた。

 リーネ・エルドラド。

 俺の住む世界。

 世界の半分が海に囲まれ、三つの国が科学の進歩にしのぎを削る。

 しかし、どんなに科学が進歩しても人間の浅ましさは変わらない。

 なんでそう思うかって?

 俺は奴隷だった。

 鉄鋼の鎖に繋がれて、見世物小屋の中で街行く平民様たちを眺める毎日。

 

 でも世界はもう半分存在した。

 世界の裏側。

 いや、もしかしたら俺たちの世界が裏側なのかもしれない。

 バルニアン大陸。

 俺の知らない世界。

 奴隷の、いない場所。

 王族が国民全てを平等に愛して守ってくれる世界……。

 

「ジョナサンの国の人は、きっと幸せなんだろうな……」

「どうかねぇ? フレデリックはたまにふらっと居なくなってはバルニアン大陸のあちこちを旅して、その確認をしてるみてぇだが……俺はそこまでしねぇからなぁ」

 

 放浪癖ってそういうことだったのか。

 あの人は、そこまで……。

 

「奴隷のいない世界って、どんな国?」

「国民一人一人がなにかの職についている。学校……ってのは分かるか? 勉強するところさ。十六歳以下のガキは皆そこに通ってやりたい事、なりたいもんを見つけて、その職に就けるよう努める。職っつーのは民の生き甲斐の一つになるからな。まあ、勉強が嫌いな奴も体を使う仕事に就けばいい。学問を学ぶだけが勉強じゃあねぇ」

「学校……勉強のできる場所……!」

 

 この大陸のにもある。

 だが、それは金持ちの特権だ。

 学ぶ権利は、お金の有無に直結している。

 バルニアンにはその自由があるのか……!

 

「どんな、どんな仕事があるんだ?」

「そうだな……女に人気なのは娼婦と王城に仕える女官、男なら勇士や、王国騎士、傭兵や運動選手。男女ともに人気なのは学者や博士、ドラゴンに仕える竜祭司……かね」

「ドラゴン!? ドラゴンって空想上の生き物だろ!」

「馬鹿言え、バルニアンには人間と共存するドラゴンが何体か存在している。彼らが人間と子供を作った事で生れた竜人族も、普通に街にいるっての」

「りゅ、竜人族……!? ドラゴンと人間の、ハーフってこと!?」

「そ。これも親父や国民たちの長年の努力だな。力を貸してくれるドラゴンが居るおかげでバルニアン大陸は豊富な魔力に満ち溢れ、人の暮らしは豊かになった。勿論いい事だけじゃねぇけどな」

 

 人間とドラゴンの共存……!

 人間とドラゴンのハーフ、竜人族!

 ほ、本当に御伽噺の世界じゃんかー!

 

「この世界、リーネ・エルドラドは元々人間とドラゴン、そしてこの世界を作った幻獣が地権を争っていた。人間は自然の力の根源であるドラゴンや幻獣へ感謝を忘れ、逆に肉として狩ろうとした。彼らは怒り、その身を隠した。世界はそれで一度滅びかけてる。アバロンは間もなく滅ぶだろうよ。原始の獣たちの存在すら忘れているんだからな……」

「え……!? アバロン大陸にも、元々はドラゴンが居たの!?」

「アバロン大陸にいたのは『八竜帝王』の内の四体。獄炎竜ガージベル、賢者ザメル、雷鎚のメルギディウス、銀翼のニーバーナ」

 

 おお! どれもかっこいい!

 

「…………」

「?」

 

 なぜかそこで俺をじっと見つめるジョナサン。

 まるで俺の様子を伺ってるみたいな、観察してるみたいな、そんな目。

 けれどそれも、俺が首を傾げると逸らされちまう。

 なんだ?

 

「いや、つまりだ……この大陸にも遥か昔、ちゃんとドラゴンと共存してた。原始の力は自然の力。つまり、資源を生む力だ。この大陸の、国の首都に来れば面影くらいは残っていると思ってなぁ」

「竜を祀っていた面影?」

「それがあれば多少は分かり合えるかもしれねぇ。信仰心が残っていれば、バルニアンの『八竜帝王』もアバロンとの交流を考えてもいいと言うかも……って事さ」

「ドラゴンの王様たちか〜!  見てみたいな〜」

「残念。一部のドラゴンを除いてドラゴンと幻獣とは不可侵条約を結んでんだ。彼らの領域には立ち入る事は許されねぇ」

「え〜っ! 見てみたい! 幻獣っていうのも見てみたい!」

「幻獣ならうちの城に一人……っていや、そうじゃなくてなんの好奇心だよ、それ……」

 

 だってドラゴンだぜ!?

 幻獣っていうのはよく分かんねーけどさ、ドラゴンなんてリゴの考えた物語でしか聞いた事ねぇよ!

 俺とリゴって自分たちで考えた物語を披露し合うという暇潰しをしてたから、なんだか夢が叶ってるみたいでワクワクが止まらねー!

 バルニアン大陸ッスッゲー!

 

「ところでよ、服屋は? そもそもここどこら辺だ?」

「え!?」

 

 お互い道分からず歩いてた?

 顔を見合わせる。

 迷った?

 

 

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