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78話 ストップ

 

 制服一式をユキに着せてもらった千聖(ちあき)は、ユキよりも一足先に寮を飛び出した。

 校舎とは逆方向に向かい、校門を抜け住宅街を疾走する。

 千聖が出発した10分後には、本物のユキが寮を出て校舎に向かう手筈だ。


『千聖、意外と派手なの履くんだね』


 そう言いながら、直前まで千聖が履いていた下着を持ち上げて広げ、まじまじと眺めるユキの姿が脳裏にちらちらと現れては消える。

 自覚はないのだろうがあのお姫様、意外と積極的らしい。

 惚れさせてやる! なんてつもりで彼女に近づいたが、向こうから来られると一歩引いてしまう情けない自分がいる。

 食うつもりできたが、これは油断したらこっちが食われるぞ。


 これから大事な局面を迎える予定だというのに、おかげですっかり調子が狂ってしまった。

 先ほどのパンツ事件については、全ては自らの思慮が足らなかったがために巻き起こった茶番であり、自業自得といえば自業自得かもしれない。


 とはいえ過ぎたことを思い返し続けても仕方がない。

 呼吸を乱さないように走りながら、ちらりと肩越しに後ろを見やる。


「釣れたな」


 閑静な住宅街。

 多少の人影はあれど、皆この辺りの住人と思われる者ばかりで怪しい人物の姿はない。

 が、寮を出てからずっと何者かに監視されている気配がする。

 それはいつも人間がしてくる下手くそな尾行とはまるで質が違っていた。


 思った通り5日が限度だったらしく、しびれを切らし動き始めた大元。

 運良く簡単に騙され、釣られてくれたらしい。

 このまま人気のないところに誘い込んで、やってしまおう。

 それにしても──


「はぁ……はぁっ」


 この身体、体力がない。

 先ほど使用した写し身の魔法は、相手の姿を纏うだけの幻覚魔法の類ではなく、身体の造りをそのまま真似し、一定時間だけ自分の身体を作り替えるものだ。

 幻覚を纏っただけであれば、相手に触れられてしまえば勘づかれてしまう。

 今回は戦闘が起こることを加味して、身体を作り替える方法を選んだのだが、体力が影響するのは盲点だった。


 呼吸に気を付けていても、体力が低すぎるせいで足が上がらなくなってくるし、気が付けば肺も痛くなってくる。


(そもそも歩幅が……)


 視界の低さ、歩幅、腕のリーチ、脚力。

 わかってはいたが全然違う。

 他人として見る分には美しい銀の長髪も、いざ自分の物となるの邪魔くさくて敵わず、ユキにお団子にして纏めてもらったが、そうすると今度は頭皮が引っ張られる感覚がずっと付き纏う。


(それにパンツ見えないように気を付けろって言われてもなぁ)


 見せるなというには難しい長さのスカートを気にして、走りながらそっとお尻に触れる。


(これは無理だよ、うん無理だ。逆にパンツ履いてるからちょっとくらい見えても大丈夫だよな?)


 体力の違いやらスカートの丈なんかを考えながら走っていれば、気がつけば人気のまったくない一角に入っていた。まっすぐ続く一本道の果てに見えるのは突き当りにある一軒の家と、その家を取り囲む塀。

 行き止まりに見えるが、その塀の手前には「左、展望公園」と書かれた小さな看板が見える。その文字を確認して、千聖はもう一度後ろを振り返った。

 やはり、姿は見せないが付けられているのは確かだ。


 ごく自然に、相手には見失わせないように注意しながら、タイミングを計算して左に曲がる。

 もちろんここに辿り着いたのは偶然ではない。ここは昨日調べたこの辺で一番人気のなさそうな場所だ。

 左に曲がれば、先程まで広がっていた住宅街などまるで別世界の事であったかのように木々が生い茂る林に出る。その林の真ん中を割るようにして取り付けられた簡素な木の階段を駆け上がっていけば、すぐに開けた場所に出た。

 公園とは名ばかりで遊具らしいものなど何一つとしてなく、簡素なベンチがいくつか設置されてるくらいだ。だが、"展望"というだけあって真下に広がる街並みはよく見える。


 広場の端まで進んだ千聖は、転落防止の為に設置されている木製の柵に足を掛けて身を乗り出し、眼下の景色をじっと眺めた。


「おれの家はあっちの方向か。最悪、退路としてはここから飛び降りるのもアリだな」


 ある程度の地理を把握し終え、柵から降りて絶景を背にして敵が追いつくのを待つ。人気はまるでない。おそらく、相手も待っていたであろうこの状況。


 最近の敵は人間ばかりだったから思うような戦いはできなかったが、今日は違う。姿かたちはユキのものを借りていても、流れる死神の血は変わらない。体力がないことを考慮して最速で敵を無力化する必要はあるにせよ、普通にやって朝飯前だ。多少遊んでやってもいいだろう。

 やっと晴らせる鬱憤に、千聖は薄く弧を描く唇を舌で湿らせにやりと笑う。


 ふわり、と風が長い横髪を揺らし、さわさわと木の葉の擦れる音が上から聴こえてくる。それらに微かに混ざってこちらに届く、殺意。


「ごきげんよう」


 そう囁くと同時、背後に防壁(プロテクト)を展開。

 ふふっと笑った姫──の姿をした千聖が展開した防壁によって、殺意を込めた斬撃による一撃目は弾かれ、ガキンッと音が響く。

 振り返りつつステップを踏んで距離を取れば、予測通り団服に身を包んだ男の天使が、美しく広がる街並みを背景に翼を広げている。

 空中で防壁に弾かれた剣を構え直す天使は、目の前でにやりと笑う姫のその顔に驚きを隠せていない。

 それは “姫は戦えない” と思っているなによりの証。


「そのまま驚いてればいーさ」


 ぐっと拳を作り、腰を落として構える。

 武器を持った相手に対して素手などどう考えても分が悪いが、今日は武器を持っていないし、大鎌は使いにくいからまだ出さない。


 視線がかち合った直後、天使が勢いをつけて剣の切っ先を光らせながら飛び込んできた。

 ひらりと身を翻して最低限の動きで剣先をかわし、一歩前へ踏み込んで思い切り右ストレートを鳩尾に食らわせる。

 もろに入った手応えはあったが、普段の自分以上に威力がない。よろけて2、3歩後ろに引いたもののそんなに堪えていないその様子に、千聖は一旦後ろに引く。

 拳がダメなら蹴りだ。

 天使に向かって走り出すと足に蒼い光を纏わせて頭上へと飛び上がり、一度視界から消えて見せた。


 天使は、その軌道に残った蒼い閃光を捉え、その光の意味に気付く。


「まさか……!」


 一部の死神が使える瞬き──秩序なき神速(イレイズオーダー)

 現帝国軍に所属する死神で自在に使いこなせるのは将軍のみと言われている。

 騎士団の中では肩書きを持たない一兵卒は、蒼い閃光を見かけたらまず逃げろと指示されるくらい有名だ。騎士なら誰もが知っている。

 だがその将軍がここにいるなどありえるだろうか?

 まして姿をアスガルドの姫に変えている。もしかしたら将軍以外にも神速の使い手が存在するのかもしれないが、どちらにせよ状況が悪い事に変わりはない。

 ただひとつ確実に言えることは、ここにいるのは姫ではなく死神であるということだ。


「おい……逃げろ……」


 騎士が頭上へと視線をあげた時、まるで炎のように燃える蒼い光を脚に纏わせながら、身体を捻らせている我が国の()()と視線がぶつかった。

 直接御目にかかった事などないが知っている。

 姫の瞳が赤ではない事くらい。


「コイツは……コイツは姫じゃない!!」


 男は、動けないままに、それでも力の限り林の中に向かって叫んだ。

 姫の姿を纏った死神の蹴りをこめかみ辺りに受け、そのまま回転しながら吹き飛び数メートル先の地面に身体を打ち付ける。


「逃げろ死神だ! 死神がッガあッ!」


 男は痛みに顔をしかめながらも、まだ逃げるという判断に至っていないだろう仲間のためにと声を張った。しかしそれも直ぐに追い討ちかけてきた姫、もとい死神に馬乗りにされて中途半端なものとして終わってしまう。


「もう一人はそっちか、逃すわけにはいかないな」


 声も、姿も女。だけどその動きは女のそれではなかった。

 馬乗りになったその身体を力づくでどかす事など簡単だろうが、しかしいつのまにか姫の手に握られている大きな鎌を目の前にして、身体が震えてしまい動くことが出来ない。

 蒼い閃光、大きな鎌。

 その二つが示すは帝国将軍の証。

 間違いなく、目の前の姫の中身は帝国軍将軍、その人だった。


 何故、ここに。何故、姫の姿で。

 こんな話は──帝国が絡んでいるなんてことは()()()ない。

 闘ったところでかなわない。逃げなければ。

 いや、逃げられない。

 死にたくない。


 姫は、本来であれば持つことのない大鎌を構えて、妖艶な笑みを浮かべている。

 姫と一人の少年が行動を共にしていたのは把握している。

 そいつがなかなか厄介だと感じてもいた。まさか、それが帝国軍将軍などと誰が思うだろうか。

 彼と相見えた者からそう言われれば、その可能性を視野に入れただろうが、“将軍が魔界にいる” という前提など無い状態では気付けなかった。


「ぁ……あぁ、あ」


 無意識に剣を出現させようとしている手のひらが、空気を掴むように何度も開閉を繰り返す。

 しかし集中力が途切れてしまった状態では何も生み出すことが出来ない。


「おまえ、利き手──」


 “右かぁ” と言いながら鎌の刃とは反対側の石突の部分を、虚しく空を掻きつづける手のひらに容赦なく突き立てた。


「ぎゃあぁあぁぁぁぁぁぁッ」


 挿絵(By みてみん)


 石突といえど槍のように鋭い剣身は、ひと突きで手のひらを貫通して地面に突き刺さる。

 涼しい顔で悲鳴を聞き流しながら鎌を消滅させれば、手近なところにあった先の尖った木の棒を掴み、今度はそれを鎌の代わりに手のひらにできた穴に埋め込んだ。

 まるで杭でも打ち込むかのように、手から生えた木の棒を踏みつけて深く地面に食い込ませながら立ち上がる。


「うアァアァァッ……くあぁ…はッ」

「死にたくなきゃじっとしてろ、左は残してやる」


 地面に右手を固定され起き上がれないまま身を捩り、痛みに呻く男に向かって冷たく言い放ちながら、視線ではどこかにいるはずのもう一人を探す。

 "逃げろ"と言われても結局、目の前で繰り広げられたその光景に絶句し、とどまる事しか出来ずにいるもう一人の天使は真後ろにいた。


「あ……あぁ」


 数歩後退り、ようやっと走り出そうとするもう一人に向き直る。こちらの天使も男だが全くもって負い目は感じない。

 何故なら今、とても──


「逃げるなよ」


 一瞬で距離を詰める。

 怯えながら、それでも観念したらしい男は逃げる事を諦めて応戦する構えの姿勢を取った。

 先ほどの天使よりも体術は心得ているらしく、千聖が繰り出す拳や蹴りを交わし、反撃の機会をうかがっている。


「色々やってくれたじゃない? すこしくらいそのお返しをさせてくれって」


 今にも歪んだ笑い声を上げそうなほどに、ニヤリと口角を吊り上げて迫ってくる姫の狂気じみた瞳。隠しきれない “楽しい” というに感情に、男の腰が引ける。


 怯んだその一瞬を逃さず捉え、キツい後ろ回し蹴りを顔面に食らわせる。

 そのまますっ飛んでいく男の腕を掴んで引き寄せ蹴り上げてから、落下してくるタイミングで今度は横蹴りをみぞおちに決めた。

 今度こそ、遠くに飛ばされる男に追い討ちをかけるべく、地を踏む利き足に力を込めた時だった。


「千聖、ストップ」


 誰かに腕を引かれ、そのまま正面からキツく抱きしめられた。

 視界いっぱいに広がる制服には、見覚えがある。


(おれと同じ学校の制服……?)


 固い胸を押し返し、見上げたその先には──

 鏡の向こうでしか見たことのない、少年の姿があった。


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― 新着の感想 ―
[一言] エロい(エロい) なんなの千聖くんなんなの。カッコいいしエロい。え?踏んでくださいませんか???← 悪い顔をする千聖くん(ユキちゃん)に見下されたい人生だった…
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